石の森 第 121 号   ページ   /2004.5

 TOUCH

奥野 祐子


男でも女でもいい
裸の胸を抱くときの
肌と肌とが触れ合うときの
あの ためらいと
もう どうなってもかまわないような
あの あたたかさを味わわせてくれる
いきものが欲しい
父だという男が
気まぐれにいつも握っていたあたしの手
あの手のあたたかさから始まった
肌のぬくもり ヒトのぬくもり
いけないことをしているようなときめき
そして ためらい
手を切り落とし逃げ出したいほどの恐怖
怖いのに それでも飢え渇くように
接触を求めてしまう本能
崇高な愛や情熱ではなく
食欲や排せつのような
本能の反射運動
男でも女でもいい
あたしと抱き合い触れ合っても大丈夫
愛も宗教も何も生まれない
ただ 身をそぐような恐怖と
一瞬の絶対の沈黙とだけが
ウィルスのように 口うつしで
あたしからあなたへと感染するだけ
ほんとうはたくさんのニンゲンたちと
ひとつの地球で群れなして生きている
それがむしょうに恐ろしいんだ怖いんだ
全身を爆弾にして一人
今青空の下で粉々に炸裂してしまいたい
だから おねがい
男でも女でもいい
あなたのその柔らかな手で
バラバラにちぎれ飛びそうな
あたしをそっとなだめてほしい
衝動と恐怖が
大きな波になってやってくる
左右から大きなかぎ爪が伸びてきて
あたしを生きたまま
まっぷたつに裂き始めるのだ
はやくはやく
傷の見えない
血の見えない
暗闇に連れ込んで
静かにあなたの肌を重ねて
あたしを止血して
とじこめて 拘束して
平凡な何の変哲もない
あなたのその小さな手だけが
あたしを救う最期の手段
愛も情熱もいらない
ふれていて
物と物との確かさで
しめつけて
ワインボトルとコルク栓
あんなふうに
あなたの重さで
どうかあたしをこの世にとじこめて


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