ペットとの別れの悲しみを乗り越えるために

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 〜目次〜

■関連項目




■ペットを失った悲しみから立ち直るには

 
 愛するペットとの別れが起こったとき、わたしたちはどのように日々を過ごせばよいのでしょうか。また、その悲しみから抜け出すために、何かできることがあるのでしょうか。死別後の喪中(もちゅう)の過ごし方や悲嘆の対処方法について考えてみましょう。喪った悲しみを乗り越えて立ち直っていくために、わたしたちは以下の5カ条を提案しています。

 

1.悲しみを押し殺さず、素直に出す

 ペット(伴侶動物)をわが子のように大切にして深く癒されたり、安心や安全をペットから得ていた人ほど、亡くしたときの悲しみとショックは大きいものです。
 しかし、ペットロスからいつまでも立ち直れずにいたり、重くこじれる方の場合はペットの死を嘆き悲しんでいるには違いないのですが、実際には別れに伴うさまざまな感情や起こった出来事に翻弄(ほんろう)されてうまく悲嘆を解放できずにいるために、回復できないでいることが多いのです。

 これは悲嘆の作業が何らかの理由によって妨げられているために、うまく悲哀を進められなくなっている状態といえます。この状態では、深く悲しむことが抑えられているために先に進めずに止めてしまっているか、他の心身症状や行動―たとえば、無断で職場を欠勤する、浴びるほどお酒を飲む、仕事に逃げ込んでワーカホリック(仕事嗜癖)になるなどーに置き換えるなどして別の表現手段をとっていることがあります。

 したがって、適正な対処ができずにうまく悲しめないでいる状態というのは、じゅうぶんに悲しみの感情を出しきっていないためにストレートに大泣きして純粋に悲しんでいるよりもある面でもっとつらい状況に陥っているともいえます。

 死別の悲哀とは、別離を心から認めて、もう二度とこの世ではあの子に会えないのだと知ったときに生まれる失意とあきらめの感情であって、心のなかであの子の死を心底受け入れずに、生前と同じように生かし続けているのであれば、深く嘆き悲しむこともありません。

 飼い主さんのなかには、自らが生きている実感を得るためにペットが必要だったため、ペットの死後もペットを生かして飼い主であり続けようとする人がいます。ですが、この状態を続けることは現実にはあの子はいないのに、いることにしているというあたかも半死半生のような矛盾した状態をつくりだしているため、悲嘆者は葛藤と緊張を常に強いられて心休まることがありません。

 悲しむことは、ペットと別れたときに起こる悲嘆の症状であるとともに、自らを深く癒している行為でもあります。したがって、悲しみを強く抑えこむことは、正常な立ち直りを阻害してしまうことにつながりやすくなります。「他人に知られたら恥ずかしい」などと考えず、悲しみが襲ってきたら思い切り泣いて、悲しみをすべて吐き出すことが、回復につながります。

 人は悲嘆することによって、悲嘆を乗り越えることができます。そして、たくさん泣いてあげることが、失った子へのいちばんのご供養であり、深く愛していることを伝えるもっとも確かな表現といえるのではないでしょうか。

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2.早く立ち直ろうと、がんばらない

 ご家族でペットの死別を迎えたとき、家族成員の一人ひとりはペットへの思いや愛情の程度が異なるため、回復する速度も異なることがよくあります。通常は、ペットをもっとも大切にして支えられていた人が、立ち直りにいちばん時間を要します。そのため、当初は家族全員が等しく悲しんでいても、しばらくすると家族間の回復に差が生まれることから、思いもよらない不協和音が生じることがあります。

 妻が悲しんでいると、「いったい、いつまで泣いているんだ。おれまで悲しくなるじゃないか!」と言って、おこりだす夫。「お前が代わりに死ねばよかった」と落ちこむ夫に言われて、さらに落ちこむ妻(これは実際の話です)。「お母さん、もういい加減にしてよね」と、いらつく娘。「早く前のような明るいお母さんにもどって!」と、せがむ子どもなどです。

 そのため、悲嘆者は早く立ち直ろうとがんばったり、家族とのあつれきを避けるために、無理して立ち直ったそぶりを見せるようになります。しかし、心はいつまでもついていけずに、ほどなく余計に疲れて落ちこんでしまうことになります。これは、職場や学校の人づきあいでも同様です。

 古来より喪中の四十九日間は、家にいて静かにしているのがよいと言われます。それは、遺族は心身ともにエネルギー切れの状態になっているため、がんばって何かに取り組むと事故や病気を起こすからです(近親死の遺族を隔離して人との接触を禁ずる昔の慣習は感染症の拡大を防ぐ意味もあっただろうと考えられます)。

 また、転職や引っ越しなど大きな決断を要することも避けたいことです。平常心ではなくなっているからです。職場でも大役はひかえ、残業も当分の間、しない方がよいでしょう。

 シングルの方の場合など、ペットを亡くした後、寂しさと不安に耐えられなくな って引っ越しをしようとする人がいますが、これも回避行動のひとつです。この時期の過ごし方としては、新たなことはせず、現状維持のまま、ゆっくり悲嘆と向き合うことです。

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3.無理がない程度の作業をする

 では、何もせずに、家でじっとしていればよいかというと、それも実はあまりよくありません。ストレスはその性質として、災いが通り過ぎるのをただじっと待っているように何もしないでいるほうが強く感じられてしまうものです。これは死別時も同様で、布団をかぶってただただ悔んで過ごしているほうが悲しみや苦痛のストレスは激しく感じられてきます。

 したがって、悲嘆の対処行動(心理学ではコーピングといいます)としては、無理は禁物ですが、少し努力をして体や手先を動かすなどの軽作業をするほうが、概して回復は早くなると言われています。具体的には、亡くしたペットの写真を整理してアルバムを作る、絵心があればペットの絵を描く、天国にいるペットに手紙を書く、お墓参りに行く、祭壇を手作りする、記念にブログを作るなどご供養になることで、これならできそうだと思うことから少しずつ始めるとよいでしょう。

 そのとき周囲の人は、後ろからそっと後押しする程度にとどめるのがよいでしょう。元気づけようとパーティー、カラオケ、飲み会、過密な旅行などに強引に連れ出すと逆効果になってしまうことがよくあります。行動は、あくまで本人の自主性にまかせ悲嘆者のペースで進めることが重要です。

 なお、飲酒量は平素以上に増やさないか、減らす努力をしてください。お酒はいっとき楽になるように感じますが、かえって悲しみを増すことがあります。

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4.悲しみをわかってくれる人に思いを話す

 死別後、「誰とも会いたくない」「どうせ、人に話してもわかってもらえない」と閉じこもってしまう人がいます。ですが、気持ちが少し落ち着いてきたら一人で別れをこらえるのではなく、同じ悲しみを経験したわかり合える人にペットとの思い出話やつらさを聞いてもらうとよいでしょう。

 ペットの死別体験者と自由に語ることによって苦痛を直視し、死と向き合う力をもらえるようになります。そうすることによって心を整理させ、徐々にペットのいない生活に慣れていくことができるでしょう。

 ここで注意すべきは、ペットロスの場合、わかってもらえると思って人に話しても、わかってもらえないということがあることです。家族、親族や友人からは、なぐさめの言葉の代わりに、しっかりするようきつくはげまされることがあります。

 また、ペット仲間や動物の専門者からは、途方に暮れられるか、「そこまでは、私には理解できない」と、いわれてしまうこともあるかもしれません。どうしても立ち直れないときは、ペットロス・カウンセラーなどの専門者に頼るのも一案です。

 なお、死別直後で激しく悲嘆しているときや非常に混乱しているときは、ペットロス体験者の集会や自助グループなどの集団への参加は、時期尚早といえます。しばらく間をおいてからの参加が好ましいといえます。また、症状が非常に重い方も一般のペットロス体験者のグループへの参加には向きません。

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5.周囲の無理解や偏見を気にかけない

 ペットロスに対する社会的認知は、残念ながら未だ低いと言わざるを得ません。「ペットが死んだくらいで会社(学校)を休むのはおかしい」「気のもちようだ」「たかが動物でしょ。すぐ次のを飼えばいいじゃない」などと、心ない言葉を浴びせられ二重に傷つくことがあるかもしれません。

 この落ちこみは、ペットの死による落ちこみというより周囲の人々から受ける二次的な被害、すなわち人災ともいえます。ペットロスでは、つねにこの問題がつきまとっており、このことがしばしば悲嘆者の回復を遅らせる誘因にもなっています。

 また、悲嘆中にペットを失うつらさをわかってもらおうと一生懸命に人に力説しても徒労に帰して、さらに落ちこんでしまうことがあるかもしれません。

 こうしたことが度重なると飼い主さんは、意識的に悲嘆を回避するようになったり(これは悲しみが襲ってきてもパッと気持ちを切りかえたり、別のことを考えるなどして、悲嘆と向き合わないようになるということです)あるいは、無意識的に抑圧してしまうようになり、立ち直るきっかけを失ってしまうことがあります。

 よって、周囲の理解のない言動はいっさい気にとめないようにしましょう。これは消極的な対応策のようですが、現状においては、何を言われても気にせずに受け流す態度が求められます。

 ペットたちは、わたしたちに大きな喜びや癒しを与えてくれますが、その子との別れがおこったときには、悲しみやつらさもしっかり忘れずに与えてくれます。ことにペットの生前、いい思いをたくさんした飼い主さんほど、しっぺ返しを食らうように別れが苦しみと悔恨に満ちたものになっていきます。

 ですが、飼い主さんはペットが与えるこの貴重な体験を通じて哀しみを知る人間に成長していきます。ペットはわたしたちにその生涯をかけて生きることと、死ぬことの意味を問いかけているように思います。わたしたちは、遅ればせながらこの子らを失ってはじめてその問いかけに気づかされます。これは彼らがわたしたちに残していく小さくない課題であり、まさに身をあげて教えようとする最後の置き土産(みやげ)※といえるでしょう。

 わたしたちは、ペットを失った悲しみの中でさまざまなことを考え、感じていきます。しかし、そこでは失うことばかりではなく、新たに何かを得ることや知らなかった自分を発見することもあるでしょう。

 そして、亡くした子の生老病死を考えることから始まって、飼い主さんは最後には自身の生老病死を改めて考え始めます。喪中は遺される人が、いままでのことと、これからのことを見つめ直す大切な時間でもあります。そのような重要な時を与えてくれたのもあの子です。それゆえに、わたしたちはペットロスから立ち直るところまでいって、はじめてあの子とともに暮らしたといえるのだと思います。

※「みやげ」という言葉はアイヌ語のミアンゲに由来するといいます。アイヌの人々は、クマは神様が毛皮をまとって地上に降りてきたものであり、人に射とめられることによって食料や毛皮となって身をささげてくれるので人間は生きていけると考えました(このことは、梅原猛著「神殺しの日本」から教えられました)。このような動物に対するメンタリティは、現代日本人のペット観のなかに形を変えながら受け継がれているように思います。

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■ペットとの別れに備える〜ペットロスを重くしないために


 ペットとのお別れに備えてできることがあります。ペットロスを重くしないための 準備的対処として次の4点を考え、実行しておくとよいでしょう。

 

1.ペットは自分よりも先に死ぬものと自覚する

 人間に比べてペットは寿命が著しく短いため、たいがいの飼い主さんは最期の看取りを課せられます。そのためには、ペットが元気なうちから老いじたくや終末期ケアや火葬・埋葬はどうするかなどのお弔いの方法を考えておくことが大切であり、そうすることによって別れの衝撃やこうむるストレスの度合いを幾らかなりとも軽くすることができるでしょう。

 ペットが高齢となり病を得てつらそうになったときなど、最期まで延命治療を続けるのか、安楽死や尊厳死(病気が治らないとわかった時点で、痛みを取る緩和処置は最期まで行うが、過剰な延命のための治療はせずに病気の進行に任せて自然死を迎えさせる、呼吸や心臓が止まったら蘇生措置は行わないなど)を選ぶのかも、事前に考えておいてください。

 ペットを愛する人々にとって最大の脅威は、ペットに死なれることです。しかし、飼い主さんは普段、ペットに死があることを意識のかなたに追いやって、考えようとはしないものです。そんなことを考えたら、あの子が本当に死んでしまうと不合理に恐れる人は、案外多いです。でも、死を考えたから愛する子に死がやってくるということはありえません。考えなくても死はやってくるのですから。それならば、前もって死と向き合っておくほうが、そのときになっても慌てずに済むでしょう。

 また、ペットを擬人化し、わが子のように思っている飼い主さんであれば、親である自分よりも長生きするという錯覚も生まれやすくなります。その点から見れば、ペットロスは早世の子の死であり、逆縁の悲しみとなります

 よって、ペットとはそう遠くない将来に別れを迎えるという自覚や覚悟を心にきちんと持っていることが重要となります。飼い主としてできる最後の仕事は、ペットをしっかり見送ってあげることでしょう。

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2.ペットに過剰に依存せずに、ほどよい距離を取る

 ライフスタイルがペット中心になりすぎている方や、お世話や介護でペットを献身的に支えることによって自らを支えている人の場合などは、死別により人生の目標を見失いアイデンティティ(自己の同一性)の危機を迎えることがあります。

 すなわち自分は何者なのか、何のために生きるのかなどがわからなくなって陥る自己喪失の危機です。飼い主さんのなかには、うちの子とともに楽しく暮らすことを生きる目標にしている人もたくさんおられます。

 ペットロスとは、その理想とする目標が危機に瀕することであり、幸福のイメージや自分は良い飼い主であるという自己イメージを失うことでもあります。

 この喪失感がひどく強い方の場合には、その背景にペットへそそぐ深い愛情とともに強い依存性があると考えられます。ペットは飼い主に依存しなければ生きて行けない存在ですが、飼い主さんのほうはペットに過剰に依存せずに精神的に独立していなければなりません。

 英語圏では、飼い主のことを「イヌのオーナー(所有者・持ち主)」the owner of a dogとか、「ネコのマスター(主人・支配者)」the master of a catなどと呼びますが、このような表現の背後には、個人として自立した人間がつねに上位に立って徹底して動物をおとなしく飼い馴らした者を飼い主というのだという主張が色濃く流れているように思います。

 これは家畜と長年暮らしてきた民族であれば、すんなり受け入れることができますが、畜産民を経験してこなかったわたしたち日本人には、容易に理解することができません。

 目下のところ、わが国では欧米のペットの飼養形態のうわべのみを取り入れて、ペットの室内飼育が急速な勢いで進行しています。それに伴ってペットがうちの子になり、家族の一員となることによって人間と同等に扱うような風潮も出始めています。そこでは、人間と動物の境界や、飼い主とペットの境界も不明瞭であいまいなものとなっていきます。

 また、そういったことを原因とする人間とペットの関係上の問題や病理もさまざまに浮上してきています(この場合、飼い主さんと家族の境界があいまいだったり、両者が遊離していることからペットに問題が起こることもあります)。

 よって、飼い主さんは日ごろからペットとほどよい適度な心の距離をとるなどして、つねによい関係を意識して築く必要があるといえるでしょう。

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3.ペットを介して友達をつくっておく

 死別したとき、気がねなく安心して悲しみを表明できるペット友達をつくっておくことも大切です。この苦しみをわかってくれる人や、本心を涙とともに語っても不利益をこうむらない人を、最低ひとりは持っておきましょう。

 近所の公園へ行きペットの散歩仲間をつくる、ペット同好会に入る、ペットショップや動物病院・動物霊園主催のサークル活動やセミナーに参加する、ウェブ上でペットのメール友達をつくるなどして、日頃からペット仲間を増やしておくとよいでしょう。

 ペット友達も、必ずいつの日かは順番にペットロスを経験しますので、その仲間と悲しみを共有したり、互いに支え合うことで死別を乗り越えていくことができます。

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4.ペットロスの正しい知識を持つ

 例えば、「ペットを亡くして悲しみが癒えないのは、おかしいのではないか?」などと、死後十日ほどで自他ともに不安やあせりになってくる人がいますが、ペットロスは、その頃がもっともしんみりとした深い悲しみに襲われて、つらい時期を迎えていることが多いものです。

 また、「ペットロスは悲しいだけかと思ったら、怒りの感情が次々にこみあげてくる私はどこかヘンなのでは?」と、自らの体験を異常視する悲嘆者もいます。これらはペットロスの正しい知識を持っていないための当事者や周囲の人間の誤解です。

 また一方では、「ペットロスは病気ではない」「ペットロスの悲しみは自然なので無くせない」とペット専門者などから言われ続けた結果、適正に対処するチャンスを失して危険な状態になる悲嘆者も散見されます。また、明らかな病的ペットロスが放置され続けることもあります。

 ペットロスに関する知識があっても、悲嘆がなくなる訳ではありませんが、味わう必要のない通常以上の不安や苦しみや混乱は防ぐことができるでしょう。したがって、ペットを愛する人もその周囲の人々もペットロスの最低限の知識を得ておくことが大切です。

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■ペットを亡くして悲しむと、あの子が安心してあの世に行けないか?


 ペットを失って泣くと、あの子が心配して居着いてしまうので悲しまない方がいいですよとか、泣いて悲しみを見せると、ペットがあなたのことを気にかけてしまい、心おきなくあの世にいけなくなるから泣かない方がいいですよ、と周囲の人からいわれたという飼い主さんはとても多くいます。

 このようなフレーズは現在、ペットを亡くして落ちこんでいる人にかける言葉の常套句(じょうとうく)のようになっています。そのため飼い主さんは、愛する子が仏さんになれなくなってしまうのはかわいそうなので悲しみをグッとこらえようとします。

 これは、ペットロスの悲嘆者を前にして人はなんと言ってなぐさめてよいのかがわからなかったり、どう対応すればよいのかの知識が乏しかったりするために、このようなことを苦しまぎれに述べてその場を取りつくろってしまうのでしょう。

 多くの人は、対面している相手に目の前で泣かれると、どうしていいのか困ってしまいます。それに、他人の悲しんでいる姿を見ると、こちらもつらくなったりもらい泣きしそうになって落ちつかない気持ちになります。私たちは、誰も好んで人の泣く姿なんて見たくないものですし、その影響を受けて不快な気分−これには、過去の自らのつらいペットロス体験が思い出されてしまう人もいるかもしれませんーにもなりたくないので、それ以上泣かれないように、相手の悲しみの感情を押さえこもうとします。

 そして、なるべく早くそこから立ち去りたいと考えます。それには、ペットの霊を持ち出して、あの子が不幸になるから悲しまないほうがいいよといえば、相手が悲嘆を止めることも、わたしたちはまた、よく知っているのです。

 多くの人々が、ペットロスの悲嘆者にこのような言葉を投げかけるようになった背景には、幾つかの理由があるように思います。ひとつには、わたしたちが動物霊の存在を認め、ペットたちも死後、あの世へゆくと考えていることがあげられます。

 これは、ペットたちは死後も霊魂が存続し、喜怒哀楽の感情を有し、生前と同じように飼い主のことを思いつづける存在だとみていることを示すものです。また、人間と同じように彼らも成仏してほしいと願っています。ペットたちの死後の幸せ、すなわち冥福(めいふく)(冥土での幸福のこと)であり、仏教でいう「後生(ごしょう)の安楽」の問題は、伴侶動物を愛する人々にとって極めて重要なテーマです。

 そして、あの子が飼い主を恨むことなく、心安らかな理想的な存在(これが成仏するということです)となって、あの世に旅立ってくれたと思えば、飼い主さんは寂しいながらもどこかで納得して立ち直っていくことができます。

 しかし、あの子がこの世に未練を残したり、生前あなたのことを気づかっていたのと同じように、死後もあなたのことを気にかけたり心配しているとしたら、飼い主さん達は、心おだやかに喪に服することができません。

 このように、ペットの死後の幸福は、私たち日本人がペットロスから回復していくうえでのキ−ポイントにもなっています。したがって、飼い主さんが泣いて悲しむことによってペットの霊が浮ばれないとなれば、彼らに対する大きな背信行為となってしまうので、悲しみを押し殺してでもそれだけは何としても避けようとします。

 しかし、このことは悲嘆の正しい対処法(コーピング)の点からみますと、大きな問題をかかえています。それはどういうことかといいますと、人が愛する大切な対象を亡くして深く悲しむことは、自然なことであり、その悲嘆を意識的にも無意識的にも抑えこむことは、立ち直っていくために必要な悲哀のプロセスを歩めなくさせていくことにつながりやすいからです。

 悲しみの感情はその性質として意識されたうえで表明されない限り、心のなかにとどまりつづけようとします。それは、ちょうどヘンな食べものを身体に取り込んでしまって食中毒を起こしているような状態に似ています。お腹にたまった異物をいつまでもそのままにしておくのは体によくないので、全部吐き出さなくてはなりません。

 それと同じように悲しみが襲ってきたら、そらしたり抑圧したりしないで涙とともに表に吐き出していく必要があります。嘔吐するときはひどく苦しい思いをするのと同様に、悲嘆を表に出してあらわにしているときはつらく苦しいのですが、その悲しみを出さずにいつまでも隠したり、絶えずグッと我慢する方が、心と体には悪く、それを無理に続けていると本当の病気(病的悲嘆)になってしまうことがあります。

 ですから、悲しみから立ち直るには、悲しみを避けたり排除するのではなく、むしろ反対に悲しみのなかにどっぷりとつかって悲哀の感情をじゅうぶん表現して解放することが大切になります。そして、そうすることが立ち直りのもっとも近道でもあるのです。

 したがって、それをさせてくれない周囲の人々の言動−「メソメソしていないで、しっかりしなさい」とか、子どもに「○○ちゃんは、強いんだから泣かないのよ!」などもそうですーは、ペットロスの体験者が立ち直れるはずのものを、立ち直らせなくしたり、悪化させたりしている可能性があることを知っておかねばなりません。

 これは、ペットロスの悲嘆者に直接ひんぱんに声をかける家族や友人・知人だけではなく、ペット専門者や宗教者、さらにはアニマル・コミュニケーターとか、スピリチュアル・カウンセリングを売りにしている人々にも同じことがいえます。とくに、マスコミ等で物言うのであれば、ペットロスのグリーフケアについてよくよく精通したうえで語ってほしいと思います。無責任な発言は、深く傷ついている悲嘆者をさらなる混乱と絶望に追い込んで、悲嘆を長期化させていくことになります。

 この問題は、前述しましたようにわたしたちが抱く動物の霊魂観や来世観を背景にもつテーマですので一筋縄にはいきません。しかし、ペットロスからの立ち直りを阻害させる大きな要因になっていますので、熟慮すべきことといわねばなりません。

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■どのような状態になったら医療機関や相談機関に行った方が良いか
〜 通常の(正常な)ペットロスと通常(正常)でないペットロスの見分け方


 ペットを亡くしても大半の飼い主さんは、悲しみを乗り越えて回復していくことができます。しかし、全体としてわずかではありますが、一部の方―おそらく数パーセント程度―は、正常とはいえない悲嘆のために立ち直りが困難になってしまうことがあります。

 ペットを失った飼い主さんやそのご家族に、次のような症状が現われたときには、ペットロスの悲嘆療法や悲嘆カウンセリングに精通する医師や臨床心理士、カウンセラーなどの専門家に相談することをお勧めします。

  • 体重の極端な減少、または増加が見られる(目安として、1〜2週間あるいは、3〜4週間以内の3kg以上、または体重の5%以上の増減)
    ただし、成長期の子どもは、体重の増加が正常なので体重が数週間から数カ月一定ならば要注意。
  • 死別後3〜4週間ほどたっても悲しみが癒えない、もしくはかえってひどくなる。
  • 食欲障害(食欲不振や過食)が長く続く。
  • 不眠や嗜眠(しみん)(睡眠過多)などの睡眠障害が、長く続く。
  • 胃痛・頭痛・胸が締めつけられる感覚が、長く続く。
  • 不安感や孤独感が非常に強い。
  • 生きていくことに価値がないと強く思う。
  • 「死にたい」と考えたり口にだす(自殺念慮)。具体的な計画を語る(自殺計画)。自殺をしようとした(自殺企図)。
  • 自傷・他傷(自分や他人または、他のペットのからだを傷つける)。
  • 罪悪感(申し訳なさ)や、罪業観(前世で悪いことをした報いを受けていると思うこと)が非常に深い。または、ペットの死にまつわること以外にまで罪悪感が広がっている。
  • 家から出ないなど引きこもりの状態が長く続いている。
  • 幻覚が継続的に起こる。幻視(ペットの姿を見る)・幻聴(鳴き声や足音が聞こえる)・幻臭(あの子の臭いがした)・幻触(あの子が触れてきた)などが、ひんぱんに起こる。
    ただし、一時的ならこれらはよく起こるので心配いりません。
  • 悪夢やフラッシュバック(ペットの最期の姿や死亡現場に引き戻される)にひどく苦しめられている。または、死別後1カ月以上たっても悪夢やフラッシュバックが続く。
  • (子どもの場合など)死別後1カ月以上たっても夜泣きが続く、あるいは暗闇などに恐怖を感じるなど



 日本では、ペットロス相談を専門的に行っている施設やクリニックはほとんどありませんが、近年、関心をよせる心療内科医やソーシャルワーカー、カウンセラーらもでてきています。ペットの死がきっかけで心身の不調が続くようであれば、我慢せずに相談機関や医療機関を受診することが好ましいです。

 日本ペットロス協会の相談室には、ペットロスの悲嘆カウンセリング・悲嘆療法を専門とするセラピスト・カウンセラーがいます。面接の他に、お電話での相談も行っています。どうぞご連絡ください。

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■亡くした子に手紙を書いてみる
〜死別からの回復に有効な一つの方法


 ペットとのお別れによる心の傷を癒し、立ち直りを促す方法の一つとして亡くしたペットにお手紙を書くことを勧めています。手紙など書けばかえって悲しみが増して心の傷を深くするだけだとお考えの方もおられると思います。また、そんなことをしても死んでしまったあの子が帰ってくるわけでもないのだから無意味だと思う人もおられるかもしれません。

 たしかに、こういったことをすれば悲しみに襲われてかえって苦痛を感ずるかもしれません。そして、そのような不快感を味わったところで愛する子は戻ってきてくれないのです。しかしわたしたちは、愛する子を亡くした方々でこの作業ができそうだという方にはお勧めしています(ただし、決して強制はしていませんので、念のため。無理強いはせずに、あくまでもご本人の自発性にお任せしています)。今こういったことを勧めるに至ったわけを述べてみたいと思います。

 失ったペットに手紙を書いてみるというのは、あるクライエントさんが死別で苦悶しているさなか、苦しまぎれに手紙を書き始めたことがヒントになっています。その人は愛猫を交通事故で突然失いました。ともに暮らし始めてから一年たらずのうちに急に逝ってしまったのです。彼女はひどいショックを受けただけでなく、愛する子に何の別れも告げられなかったことを悔やんでいました。

 その苦しみと悲しみのなかで、彼女はなす術もなく途方に暮れていましたが、愛する猫に少しでも自分の気持ちをわかってもらいたいという一心からペンを取りました。彼女はそこに、この一年間言葉に言い表せないほど幸せだったことや、感謝の念、言い残したことや、今の心情などを洗いざらい書きつづりました。この作業を彼女は、悲しみが押し寄せてきて耐えがたくなる度におこなったのです。そして四回目の手紙を書いたとき、彼女の気持ちはやや落ち着きを取り戻していました。

 この方は、亡くなったペットがその手紙を読んでくれることを信じ、そこに思いのたけを吐き出しました。そうすることによってつらく混乱した感情を整理し、飼い主としての責任をしっかり果たさなかったという自責の念や突然去られた不安感を少しずつ解放できるようになっていったのです。

 そして、この理不尽でどうすることもできない現実をゆっくりと受け入れることで、死と向き合っていきました。彼女は、内面の吐露(とろ)によって抑え込んでいたもろもろの感情や記憶を意識化する作業を経て、認めがたい事実をありのままに受容し、いたらなかった自分を容認していったのです。

 今は亡きペットへの手紙は、返事のない片道行路の伝言です。わたしたちはそれでもペットに手紙をさしだします。人は自らしたためた手紙を愛する動物があの世でひもとき、その真意を理解してくれることを期待します。その期待が信念に変わったとき、失った動物とのきずなは、より強いものに感じられていきます。

 わたしたちは、愛する対象が死してもなお、精神の内界では引きつづきその対象との交流を必要としています。むしろ姿や形が目の前から掻き消されてしまったほうが、情愛はいっそう深まるのかもしれません。動物への葬儀やご供養が今日、盛んにとり行われる所以もここにあり、そのような行為を通じて動物愛はさらに深まっていきます。しかしこのことはまた、ペットロスによって遺(のこ)される人間の側の精神的ダメージがいかに大きいかを物語っています。

 先のクライエントさんは、ペットに宛てたお手紙をわたしたちのところへも送ってくださいました。そういうことがあってからペットロスの方々には、天国にいる子にお手紙を書いてみませんかと勧めています。また、「手紙はどこに送ればよいのですか?」とお尋ねになる方には「こちらの会でもいいですよ」と言うことにしています。ですので、こちらは天国に差し出すお手紙の預かり所(?)のようにもなっています。

 そのお手紙は勝手ながら読ませていただいています。亡くした子に宛てた大切なお手紙なので、しっかり読ませていただいています。そうするのは、その方が置かれている状況や心理状態がよくつかめるからでもあります。そこにしたためられたことは書いたご本人と亡くしたペットしか知らないことになっているので、公開しても構わないという人以外は非公表にしています。

※「亡くした子へのお手紙を弊会にお送りいただいた場合、ご返事は差し上げておりませんのでご了承ください。

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