王都シリーズU
王都人形騒乱録
T 一見する所のほほんとした若旦那の依頼と説明
登場人物紹介(イラスト付き。
シリーズT『王都猫狩始末記』の
あらすじも分かります)
翌日の午前、タンジェスはファルラスに呼ばれて書斎にやって来ていた。どうせこの建物に下宿しているので、別に面倒はない。ここは経営に失敗したとある商人の自宅兼店舗をファルラスが買い取って自分の店として使っているのだが、ファルラス自身には以前から住んでいる自宅が別にあるので通って来ている。エレーナも近くに部屋を借りているそうである。よって現在住みついているのはこの店の営業に直接には関わっていないタンジェスのみ、そんな奇妙な状況だった。
茜商会、それがこの店の名称である。業種は人材派遣業、店主は新時代の需要を満たす新事業だと主張しているが、とりあえず今の所赤字であると認めてもいた。
「昨日は失礼しました」
外出用の上着をエレーナに預けながらファルラスが詫びを入れる。タンジェスはかぶりを振った。
「いえ、とんでもない。家族を大事にするのはいい事だと思います」
通常の自分であれば決して出てこないような偽善的な台詞がすらすらと出る。人間とは便利にできているものだと、タンジェスはふとそう思った。
しかし普通であればほぼ毎日父親についてやって来ているサームの姿が見えない。それを詮索する気は、毛頭なかった。
「それより、何事ですか。そう言えば昨日はノーマ卿がいらしていましたが」
当日は全く気づかなかったが、国王の側近である彼が動いているとすれば、もしかしたら何か重大な事件かもしれないのだ。ファルラスも否定はしない。
「かなり厄介な事件が起きましてね、あなたの剣士としての力をお借りしたいのです」
「ノーマ卿からの依頼ですか」
「直接そうではありません。あの方と利害が共通していたので、情報の交換をしていました」
「それは?」
「その前にお断りしておきますが、この一件は今から非常に高い危険が予想されています。先日はこちらの失策で危険な目に遭わせてしまって申し訳なく思っていますが、今回はそれ以上です。はっきり言えば関わった以上命の危険もあると思って下さい。それでもまず、聞きますか?」
釣りと昼寝と子供の相手をするのが趣味という、本来のほほんとした人が、表情を厳しくして問い掛ける。当然、タンジェスは慎重になった。
「それは条件次第ですよ。命がけでも得られる見返りがあれば考えます。士官学校に入る時に戦う覚悟していますし、この前実戦も経験しました。少なくとも剣を取って戦うのを恐いとは思いませんが、しかし無駄に命を張る気はないですよ」
ファルラスはうなずいて笑った。
「とりあえず今回は無給でやっていただけないでしょうか」
普通それじゃやらないだろう、とタンジェスは眼で言った。ファルラスも馬鹿ではないのでもう一度うなずく。
「成功すれば士官学校への復学、それが条件です」
「どういうことですか」
ファルラスは一市民だ。当然王立の士官学校の学生管理にも介入などできないはずだ。
「ノーマ卿にうかがったのですが、士官学校では今あなたの復学が検討されているそうです。先日の猫の一件で不法な魔術師を倒した実績を評価してのことですね。ただ、反対意見もあります。商人、これはつまり私なんですが、私から金をもらって仕事をしていた点、そして戦闘の際に暗器を使った点が、将来騎士となるべき人間にはふさわしくないと、そう主張しているそうです。ここで無給で手柄を立てられれば、つまり騎士としてふさわしい行動をすれば、ノーマ卿としてもあなたを堂々と推せると、そうおっしゃっていました」
タンジェスが考える間に、ファルラスの説明は続く。
「ま、多分に詭弁的なやり方ですが。形式にこだわる人に黙ってもらうにはこれで十分でしょう。逆にもちろん、危険に見合った正当な報酬をあなたが求めるのであれば、私はきちんと支払います。まあ、手数料や必要経費その他は引かせてもらいますけれど、それでもしばらく遊んで暮らせる額にはなりますよ」
「具体的にいくらですか?」
半ば興味本位で聞いてみると、ファルラスは手元の紙に走り書きをしてそれを見せた。取引上の理由から、基本的に商人は金額を声に出す事を嫌う。
「基本給はこれだけです。条件によってはもう少し上がります。経費はこちら持ちです」
「そりゃ凄い」
家が建つんじゃないかと、一瞬そう思えた。もっとも将来設計を考えるような年齢ではないので、実際建てようとするとどれほどかかるのかは良く知らない。
「上客ですよ。多少の危険は覚悟であれば、実に魅力的な話です。ただ、これを続けてしまうと復学は絶望的ですね。素行が悪いと評価されるでしょうから。そうするととりあえずは、こういう傭兵家業をするしかなくなります。あなたならその仕事でも十分にやって行けるでしょうし、傭兵の斡旋も一種の人材派遣ですから私からも仕事の口を紹介できます。ただ、私としては復学の努力をすることをお勧めしますよ。傭兵なら宮仕えに嫌気が差したらいつからでも始められますが、学校にいられるのは今しかありません。ま、これだと私の丸儲けになりますけれどね」
タンジェスが考え込んだのも、そう長い時間ではなかった。
「それなら、無給でやらせてもらいます。自分が騎士に向いているっていう自信は取り戻せていませんけれど、でもここまでやってきたことをあっさり捨ててしまえるほどふっ切れてもいませんからね」
「分かりました。じゃ、そういう事で。今聞いた話はすっぱり忘れてください。あなたはあくまで善意で、騎士道精神にのっとって私の頼みを聞いたのであって、利益や見返りを求めてではない。そういう事情です」
ファルラスはいたずらっぽく笑って指を立てた。タンジェスは方をすくめて苦笑する。
「意外に悪どいですね、若旦那も」
「ま、商売人ですから。何が正しいかではなくどうすれば利益になるかを考えています。悪どいと言えばそうでしょうが、そう考えていた方が安全なんじゃないかと私は考えていますよ」
「安全ですか」
「正しさを追求するって、結構偏った考えになりがちなんですよね。丁度あなたの停学を決め、復学に反対している士官学校のお偉方のように。彼等だって、自分が正しいと思う通りに実行しているんですから。しかし得になるかならないかを考えればすぐに分かります。そうしたって、あなたが騎士への道を閉ざされるだけで別に誰が喜ぶわけでもない、そういうことですよ」
「それは分かりますけれど。若旦那だって、正しい正しくないを考えて行動する時ももちろんあるでしょう」
「最終的には。ただ、損得勘定とは言っても目先の自分の利益だけを考えるんじゃなくて、将来的なものや、周囲のことを考えて行けば正義に頼らなければならない場面はごく限られます。大事な物は安売りすべきではありません。ま、これも商売人の考え方ですけれどね」
「なるほど」
芸のない返答は、内心の複雑さを逆に表すものであった。一理あると認められる反面、そこまで割り切って考えるのもどうかと思う。その対立の結果、明確に賛成とも反対とも言えなかったのである。ただ、ファルラスは特に賛同も対立も求めていなかったらしい。
「話がそれましたね。それこそ何の得にもなりはしません。本題に入りましょう」
一つ肩をすくめている。タンジェスもうなずいた。
「それでは、事の起こりは…」
ファルラスの知人である商人の一人娘、彼女が若い魔術師と知り合ったのが、この一件の始まりであった。魔術師とは言っても先日タンジェスが対峙した違法な者ではなく、現在魔術の研究が唯一認められている王立魔術研鑚所の正式な研究員である。
魔術は素質を持つ人間が限られ、かつ習得すれば強い力が得られるため古来より畏怖の対象となってきた。特にこの数百年間は禁断の邪法として全ての国家、更には宗教界からも禁止、弾圧を受けてきたほどである。しかし先の大戦の終結には複数の魔術師が貢献し、また国王が開明的な思考を持っているため、少なくとも全面的な禁止は廃されている。その巨大な力を国家国民の利益に役立てようと、そのような判断である。
ただ、そのまま全面的に認めてしまうには危険が大き過ぎるし、民衆の不安を招く。そこで現在の所国王直属の組織下でのみ使用・研究が許され、政府、軍部、更に宗教界から監視を受けている。規模もごく小さく、研究員は数十人を数えるに過ぎない。しかしそれだけに、その研究員は選良中の選良と言える。魔術に関する天性の才能はもちろん研究者としての高い知性、強大な力を悪用しないだけの人格的な完成度、その全てが検討された上で、毎年若干名が採用されるのだ。一般高等教育機関として多数の上級官僚候補生を輩出する高等学院、将来は一軍の将となるべき人材を育成する士官学校など、他の王立学校と比較しても競争倍率は信じられないほど高い。
その難関を突破するほどの知性、人格に惹かれたのか、あるいは別の理由があったのかは、本人に聞いてみるしかない。確かに言えるのは、その魔術師と商家の娘とが恋仲になったことである。
順調な交際は、しかしそう長くは続かなかった。彼女に対して以前から想いを寄せいていた男が他にいたのである。娘の家の取引先、その次男というのが素性だった。彼は娘と魔術師の交際を知ると、娘の父親に対して彼女と結婚したいと申し込んだ。元来この父親としてはこの青年を婿養子にして後継ぎに、と考えていたらしく、何のかのと言いつつも結局はこれを承諾してしまった。この青年は少なくとも骨惜しみをしない性格で、未来の妻と決めた娘に対してもこの間積極的に働きかけを続け、そしてとうとう彼女の首を縦に振らせることにも成功した。後の話はとんとん拍子、取引があったため両家の関係も良く、また家の格という時として面倒なものもこの場合は問題なかった。正式に婚約、そして式の日取りまで決まってしまう。
当然これでは魔術師が納得しない。しかし話がここまで進んでしまうと娘に会うことさえできなかった。怒りの冷めやらぬまま今度は男の家に乗り込んだ。男らしく直談判で決着をつけようと、そう思ったのかもしれない。ここで彼が魔術師であるとの事実が、事態を更に悪化させた。魔術師と普通の人間では圧倒的に前者に分がある。それどころか、全力を尽せば店を丸ごと一つ何の道具もなしに焼き払えるのだ。下手をすれば殺される、と思った男は先手必勝とばかり店の者と協力して魔術師を不意打ちにし、袋叩きにしたあげく官憲に突き出した。言いがかりをつけて店を脅迫したのだと、そう口実をつけていた。
官憲の側も相手が魔術師であるから関わりを避け、調査を後回しにして重傷を負った彼をまず魔術研鑚所に送り返してしまう。事情をある程度知っていた研究員達は憐れな同僚に同情して彼を治療し、激しい怒りをもって店に抗議するとともに更に官憲に対しては暴行の罪で男を逮捕するよう強く申し入れた。こうして研鑚所と商店側が対立し、官憲がそれを解決し得ないどさくさに紛れて、最悪の事態が発生したのである。
一応神官の術による治療で傷はふさがったものの、激しく体力を消耗してしばらくの間安静が必要とされていた魔術師が、病室から姿を消した。同時に彼が研究していたある魔術全盛時代の遺産が、倉庫から消えていた。
「これはその新郎と、新婦の父親からの依頼です。何とか魔術師から娘を守って欲しいとのことです」
ファルラスはひとまずそうまとめたが、タンジェスはすぐに肯定的な返事ができなかった。
「何だかその魔術師がかわいそうじゃないですか。横取りをした男の方が悪いような気がしてならないですけれど」
世の中そう簡単ではないと、ファルラスは表情で告げた。
「それでも、彼女はもう、今は本心から結婚を望んでいます。例え魔術師が全面的に正しかったとしても、彼女の心はもう変わらないでしょう。彼と娘さんを正しいからと言って交際を戻させようとしても、もうどうにもなりはしませんよ。結局は彼のためにもなりません。正しさだけを求めて犯人探しをして皆を傷つけるよりは、私としてはなんとか事態を丸く収める方法を考えますよ。少なくともこうすれば、二人は幸せになります」
「しょうがないってことですか」
話が一回転したようだ。恐らくファルラスは、これを念頭において先程の話をしたのだろう。確かに彼の言う通り、恋愛を正義で割り切ろうとするのは愚かだ。
「それにしても、最近はどうも魔術師がらみの話が多いですね。何かあるんでしょうか」
「ああ、いえ、それは少し違います。確かに前回の件は偶然でしたが、今回は私の意図が入っています。あなたより経験の豊かな傭兵の心当たりもいくつかあったのですが、魔術師との戦闘経験があるのはあなただけですから。魔術師との戦闘が当然に予想される以上、選択肢としては最も妥当な線だ、とは言えませんか」
「確かに」
「と言う訳で、二つの事件が前後して起きたことは偶然ですけれど、それがあなたに結びついてきたのは一つの必然です。あなた自身に特別魔術師との因縁があるだとか、それが宿命だとか、そんなことはないと思いますよ」
「ですよね。それで俺は彼女の護衛をすればいい訳ですか」
「当たらずとも遠からずですね、それは。騒ぎが大きくなった時点で両家とも傭兵を雇って警戒を強めていますから、普通の護衛は彼等に任せます。あなたに求められているのは守備ではなく攻撃、目標の捕捉と無力化です」
「探し出して斬る?」
意図的に直裁的な質問をしたが、ファルラスは首を傾げた。
「その判断はあなたにお任せします。そうするしか彼を止める方法がないのなら、あるいはそうしなければあなた自身の生命が危険にさらされるのでしたら、迷わずに斬って下さい。官憲への話はもう一通りついています。説得して止めさせられるのであればそれに越したことはありませんが、しかし難しいでしょうね。殺したくないのなら気絶させて研鑚所に引き渡して下さい。普通の監獄では術を使って脱獄されるのが落ちですから」
「それで片がつきますか」
「私はそこまで要求しませんし、そんな仕事を引き受けてもいません。とりあえず一区切り付ければそれで良し、後はそれぞれの当事者の問題です」
「そうですね。しかしちょっと気になったのですが、例の魔術師ってこうまで問題が大きくなるほどの力を持っているんでしょうか。普通の人間に不意打ちを食らったとは言えあっさりやられるようなら、あんまり強くはないと思うんですが。ノーマ卿まで動くのは、さっき話のあった『魔術全盛時代の遺産』が絡んで来ているのでしょうか」
「ええ。本人は優秀な魔術師だそうですけれど、あまり戦闘向きではないらしいですね。まああなたも知っての通り、魔術師は概して接近戦には弱いのですが。ただ、かつての魔術師達もその弱点は十分に承知していて、合成魔獣や竜のような非常に強力な生体兵器を開発していました。これらを用いて敵を寄せ付けず、遠距離から魔術で攻撃する、それが基本的な戦闘の方法だったようです」
「戦史の授業で聞いた事はあります。その戦闘方法で高位の魔術師なら数千単位の軍勢でも壊滅に追い込めるって。ただ、魔獣の類でも寿命は百数十年が限度だって言いますから、まさか地上最強の生命体と言われる竜ですか? 冗談じゃないですよ、それ。俺の力じゃどうにもなりません」
圧倒的な力と巨大な体躯、鋼よりも固い鱗、鋭い爪と牙、その全てを備えるのが竜である。さらに始末の悪いことに、飛行能力を有している者が多く、また高熱ないし極低温など高い攻撃力を有する特殊な息を吐くことができる。寿命も少なくとも数百年単位、個体によっては人間より高い知性を持つ者さえいると言う。地上最強の生命体とは誇張でも何でもない表現だ。伝説の魔術師の中にはこの竜さえも自在に操った者がおり、その力の象徴となっている。
はっきり言って、タンジェスの勝てる相手ではない。いや、普通の人間の勝てる相手ではないのだ。タンジェスは自分の分を知っている。少なくともノーマ、あるいはそれ以上の力を持っていなければ、竜を倒すどころか互角の戦いさえできない。
「いや、私だってそこまで無茶な頼みはしませんよ。彼が今回持ち出したのは生き物ではありません。そもそも生き物なら『連れ出した』って言いますよ。魔術全盛時代の遺産、それは一体の人形です」
「人形、ですか」
魔術のかかった品であるから普通のものでないのは確かだが、しかしどうも迫力に欠ける名詞だ。例えば飾り人形が動き出して次々と人を襲う、そんな光景を想像してみる。怪談としては怖いかもしれないが、しかし戦力としては今一つだ。剣でばっさりやってしまえばそれまでである。その表情から察して、ファルラスは付け加えた。
「身の丈が普通の人間の倍、幅は三倍あろうかという奴でして」
「普通それは『像』と言います」
冷静だかそうでないのか良く分からない突っ込みが入る。
「魔術師の間では慣用的にそう呼ぶのだそうです。術者の意のままに操られる、そういう意味ではないでしょうか」
「当然、腕力も相当に強いんですよね、それ」
「土木作業にも使える物だそうです。岩をどかしたり木を引き抜いたり」
「すみません、今の俺は物凄く断りたい気分なんですけど」
「まあそう言わずに。人形の類が合成魔獣ほどに普及しなかったのには、それなりの理由があります。まずそれを作る技術自体が非常に高度、難解なものだったのですが、その労力の割に得られるものが少なかったんですよ。巨大化させて力を強くすると動作が鈍くなり、それを克服しようとすると今度は強度に問題が出てくる、その二律背反にさいなまれ、そして魔獣ほどの知能を持たせることができませんでした。単独ではごく簡単な作業をさせるのが精一杯、高度な作業をさせる場合は魔術師がその場について細かい指示を出さなければならないと、その程度だったそうです」
「ごく簡単な作業というと、どのくらいですか」
「詳しくは私にも分かりませんが。例えば見える範囲で一番近くにある動くものを攻撃するとか、その程度のようです」
「やたら大雑把ですね。それはそれで恐いですけれど」
「例えば動物が普通に行っている『獲物を捕らえる』という行動も、相当に高度な知能が必要なのだそうです。五感で捕らえた情報を分析してまずそれが食べられるかどうかを識別し、悟られて逃げられないような道順を考えて慎重に動き、そして十分間合いを詰めたら飛びかかる、とこう言えばかなり複雑な作業をしていると分かるでしょう。いざやらせようとすると簡単ではありません」
「うん…それなら何とかなるかも知れません。大本の魔術師さえ倒してしまえば、人形の方は文字通りの木偶人形でしょう」
「あ、一つ言い忘れていましたけれど、その人形って背中に人が乗れる構造になっているそうです。魔術師は多分そこに乗って来るでしょうから、倒すのも楽じゃないですよ」
「そのくらいは何とかしますよ。楽な相手を倒したって手柄になりはしませんから」
こともなげにタンジェスは言った。別に敵を見くびっているつもりはない。ただ既に覚悟を決めているだけだ。勝算が十分にあるのなら、それは確実でなくても構わない。土台戦闘で、確実に勝てる保障などできはしないのだ。できると言う人間がいるなら、それはその結論が間違っている。
ファルラスはうなずいて立ち上がった。
「それでは、さっそく行動に移りましょう。式まであまり時間がありません。まずは依頼者に会って一通り詳しい話を聞いて、それからノーマ卿の所へ。あの方は例の魔術師を追っていますから、必要な情報は得られるはずです。仕事の上での入用なものがあれば、私なりエレーナさんなりに言って下さい。すぐに用意します」
「物と言うと今の所は思いつきませんが、魔術研鑚所に行って例の魔術師本人や、人形について詳しい話は聞いておきたいですね。戦闘するにしても、もしかしたら説得できる場合でも、できるだけ詳しい情報があればそれだけ有利になります。この前そっちにはコネがあると言っていましたけれど、何とかなりませんか」
「しますよ、何とか。万全を尽しましょう」
「お願いします。今の所思いつくのはこんな所です。それじゃ、俺はこれから出かける準備をしてきますから」
「はい。それではエレーナさん、少し使いをお願いします」
それまで傍らに控えていた彼女が、静かに進み出た。
「研鑚所ヘ約束を取り付けておくのですね。かしこまりました。簡単なもので構いませんが、書状があると話をつけ易いのですが」
淡々と、しかし雇い主であるファルラスにも遠慮することなく必要な事をこなして行く、そう言う女性だ。
「今書きます」
「ありがとうございます」
全員てきぱきと、それぞれの仕事を始めた。
続く