2005年夏の調査に向けての会議


2005年1月7日(金曜日)の午後1時30分〜5時45分、モンゴル教育大学生物学部6階の608室で、2005年夏のダルハディン湿地調査に向けての会議をおこなった。当初の予定では午後1時からの開催であったが、通訳のオトゴンさんと一緒に買い物と昼食を済ませ、5分間ほど定刻に遅れて会場に着いてみれば、まだ会議は始まっていないばかりか、これから会場のセッティングを始めるところであった。

午後1時30分、調査隊長の○○さん(統計学、金沢学院大学)の主旨説明から、この会議が始まった。それによると「ダルハディン湿地は、2002年8月の自費による私的調査を皮切りに、2003〜2005年はファンドを取得しての調査をおこなっている。2006年以降のファンドを取るためにも、2005年夏の調査が重要になって来る。そのため今年の8月は、1日から3週間の調査(移動に必要な日数を含めると4週間?)を予定しており、その調査では何が必要なのかを話し合って欲しい」ということであった(1)。

会議に参加しているのは、日本側が5名、モンゴル側が18名の計23名、それとウンドラさんとオトゴンさんの2名の通訳であった。まず、モンゴル側の窓口であるタミルさん(Jigmed Tamir: 動物生態学、モンゴル教育大学)から、自己紹介と、これまでの調査結果と今後の展望に関する話があった。私のところまで通訳の声が届かないので、彼が何を言っているのか分からないでいたが、なぜか皆が私のほうを見ているので、後でオトゴンさんに説明してもらった。彼女によると「羽角バクシが朝から晩まで調査をしている姿を見て、私たちモンゴル人は感心している。モンゴルでは、そういう調査の仕方をしないので、これからは彼を見習って行きたい」ということを、彼が皆に話したそうである。それを聞いて、こそばゆいものが込み上げて来るのが分かった。「私は、いつも通りに遣っているだけなんだがなあ」と......。

次は、プパさん(Gaadan Punsalpaamuu: 植物生態学、モンゴル教育大学)の話であった(なぜか彼女は自前の通訳を連れていた)。それによると「フブスブルクには540種類の植物があり、そのうちダルハディン湿地では395種類の植物が確認されている」ということであった。以前から彼女らの種の同定法に疑問を抱いていた私は、これを機会に質問をしてみることにした。「植物の種は、どうやって同定しているのか? また、変種(variety)をどう扱っているのか?」と......。その回答は実に面白く「モンゴルの植物を同定するための図鑑は、1982年発行のものが1冊ある。あなたの言う『変種』という概念が、どういうものか分からない」というものであった(2)。

その後、順に以下の各氏の話が続いた(敬称略。モンゴル人の名前に関しては、キリル文字の英語表記に準じた)。この辺の話からは、通訳の声が届くように、隣に座っていたタイワンに言って席を代わってもらった。ちなみに、ジャムスランは入院中なので、モンゴが代理で話をしていた。
・モンゴ(Erdenechuluun Munguntulga: 植物生態学、モンゴル教育大学)
・ハタ(Sandag Khadbaatar: 地質学、モンゴル教育大学)
・ズラ(Tsagaan Hongorzul: 生化学、モンゴル教育大学)
・ビャンバー(Ayush Byamba: 遊牧民の人口学、モンゴル教育大学)
・ナランチェスト(Natsagdorj Narantsogt: 分析化学、モンゴル教育大学)
・ドゥガルジャブ(Chultem Dugarjav: 森林生態学、モンゴル科学アカデミー)
・ジャムスラン(Tseden Jamsran: 植物生態学、モンゴル国立大学)
・佐野智行(Tomoyuki Sano: 経済情報学、姫路獨協大学)
・中川雅博(Masahiro Nakagawa: 保全生物学・魚類学、近畿大学)
・羽角正人(Masato Hasumi: 動物生態学・両生類学、新潟大学)
・藤則雄(Norio Fuji: 地球科学・花粉分析学、金沢学院大学)

この他に、オブザーバで会議に来ていたテルビシさん(Khayanhyarbaa Terbish: 環境科学・両生類学、モンゴル国立大学)が「(ダルハディン湿地調査には)各分野の専門家の参加が必要である。動物は調査する人数を増やせ。両生類は調べる種類を増やせ(3)」という意見を述べていた。ちなみに、彼は私たちの調査への参加を希望しており、ズラは、もう参加が決まったような話をしていた。どうもモンゴル人という民族には、おいしい話があると横から割り込んで来る性質があるようで「私たちにとって、彼が調査に参加するメリットは何も考えられないのに、論文の共著者に彼を加えなければならないのか?」と思ったら、急に気力が萎えてしまった(4)。

ダルハディン湿地調査の目的は、地球温暖化と生態系との関連を解明することである。地球温暖化が永久凍土に与える影響に焦点を当て、それに関わる生態系という文脈で論じなければならない。ところが、モンゴル側の教員の調査には、地球温暖化の視点が全くと言っていいほど欠けている。「これをいかに修正して行くか?」が、当面の課題であるのかもしれない。

[脚注]
(1) このときの○○さんの「ダルハディン湿地調査の成果を2004年9月にロシアで発表したところ、参加希望者が多数あった」という発言には、ちょっと驚かされた。ロシアに行ったことは初耳であったし、ただでさえ人数の多い調査隊に、更にロシア側の人員を加えようとする意図が、私には理解できなかった。
(2) これらの質問の背景には「分類学の確立した日本でも、植物の種の同定には未だに混乱があり、研究者や図鑑によっても種名が違っているのが当たり前なのに、なぜモンゴルでは何の混乱もなく種の同定が出来るのか?」という疑問があった。
(3) 「両生類は調べる種類を増やせ」というのは彼の勝手な意見で、そんなことをしても学術論文が書けるだけのデータが得られるとは思えない。研究の目的が、私とは根本的に異なっているのである。
(4) 理想的な共同研究者は「単名でも学術論文が書けるだけの能力のある人」である。こういう人と組めば、お互いに第一著者で書いて、後は「共著者に誰を加えるか?」の問題だから、私の学術論文数は一挙に増える計算になる。でも、国際専門誌に英語で学術論文を書いたことのない研究者では、私たちの調査に参加されても寒いだけである。


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