モンゴルへの渡航準備


日本国内では、どこでも普通に手に入る品物が、モンゴルでは見つからない。そのため、調査に必要な道具や試薬の類いの一切合切を用意し、携行しなければならない。

モンゴルの首都ウランバートルに、有りそうで無いものの代表格が「発泡スチロール性のクーラーボックス(商品名: 発砲キャリークーラー)」と「精製水」である。発砲キャリークーラーは、アクリル板で間仕切りをし、それぞれにミズゴケを詰めて、捕獲したキタサンショウウオの個体を一時的に入れておくためのものである(そう言えば、園芸用のミズゴケも見当たらない)。これが、昨年の調査終了後、リュックサックに詰めて機内に預ける荷物として運ばれた際に壊れてしまい、新しく購入したわけである。

精製水は、土壌pHの測定に不可欠なものである。土壌pHの測定には「純水」がベストだが、蒸留水や脱イオン水も使用可能で、要はイオンを全く含まない水が求められているわけである。市販の飲料水の場合、硬水・軟水と表示されるように、何がしかのイオンを含むのが普通で、使用に耐えるものではない。昨年の調査では一日あたり120ケ所(40本の倒木の下3ケ所ずつ)で土壌pHの測定をおこない、かなり節約したにもかかわらず、0.5リットルの精製水を使用した。1リットルの精製水のボトルを、2日間で空けたことになる。昨年は調査期間が短く、1リットルの精製水のボトルを3本ばかり持参して事足りていた。ところが今回、仮にセレンゲ県シャーマルで1週間、ダルハディン湿地で3週間の調査をおこなえば、1リットルの精製水のボトルが14〜15本ほど必要になり、それだけで荷物が優に15kgを超えてしまう(1)。

そこで私は、ウランバートルに先乗りする中川雅博さん(近畿大学)に「カー用品のバッテリー補充液を探して欲しい」と事前に頼んでいた。6月30日(木曜日)、この件で彼からメールが入った。「今のところ、精製水は見つけられません。また、仮に見つかったとしても、必要量を確保できないことは確かのようです。代替案をお考えください」と書いてあった。バッテリー補充液は「精製水100%」で出来ており、土壌pHの測定に代用可能なものであるが、中川さんの話では、それすら見つからないらしい。代替案も何も、こちらから土壌pHの測定に必要な水を持って行くことは、もはや避けられない情勢である(ちなみに、モンゴル教育大学の設備は乏しく、脱イオン水や蒸留水を作る装置すら無いらしい)

今回は、他にも色々な製品を買い込んだ。全て自腹である。まずは、調査道具のメンテナンスに関するものである。「胴長(SUPER WADER 420D.NYLON-OX, alpha tackle): 4,280円(本間釣具店黒埼店)」は、昨年の調査で使用した胴長のソール部分が両方とも外れてしまい、買い換えを余儀なくされたものである。次に、切幅の広いゴムバンド(オーバンド#30、共和。120mm(折径)×18mm(切幅)×1.1mm(厚み)、6本入)。これは、キタサンショウウオの個体に麻酔をかけずに体のサイズを測定する、私が手作りした装置の一部で、昨年の調査の際に磨耗して切れてしまっていた。また、土壌pHを測定するためのpHメータを毎朝、補正するのに不可欠なpH4とpH7の標準液も残り少ないので、今回の長丁場を無事に乗り切るために、予備の標準液を業者に発注せざるを得なかった。更に、pHメータの電源であるボタン電池=マンガンリチウム電池(maxell CR2032, 3V)2個を2つ、PITタグを読み取るリーダーの電源であるアルカリ乾電池ダイナミック(maxell 6LF22(W) 1B, 9V: 6LR61同等品)1個、デジタル温湿度計やGPSなど、その他諸々に必要なアルカリ乾電池の単3形20個、単4形10個を買い揃えた(2)。

昨年の調査で、キタサンショウウオの個体を探すのに倒木を起こしたり、バラバラにしたりする作業をずっと素手でやっていたが、さすがに手の皮がぼろぼろになるので、今回は「作業用の皮手袋(得背縫皮手袋)」を購入して持って行くことにした。また、モンゴルの夏は低湿度で空気の乾燥が激しく、すぐに洗濯物が乾くことが分かったので、今回は持って行く着替えの数を減らして自分で洗濯をすることにした。そこで、持ち運びに便利な分包タイプの「ワンパック・アタック(27g×10袋/箱)」を持参することにした。更に、今回の長丁場では、どんなアクシデントが起こるか分からないので、予備のメガネも購入した。

6月27日(月曜日)、モンゴル教育大学のマスターコースの大学院生であるタイワンから、以下の、とんでもないメールが届いた。

Please bring all equipments of cutting when you arrive in Mongolia in July it takes 7 days from Selenge to Darkhad of Khuvsugul. At that time I want to do cutting myself.

要は「シャーマルでの調査が終わった後、ダルハディン湿地調査が始まる前の約1週間の日程を利用して、キタサンショウウオの年齢査定を目的とした、趾の骨の組織切片を自分で作製してみたい」ということを言いたいらしい(英語には難があるが、言いたいことは分かる)。以下は私の返信メールであるが、う〜ん、物事を知らないってことは、幸せなことなのかもしれないね。

Unfortunately, I cannot take all the equipments for histological methods to Mongolia. First, all the equipments belong to our laboratory, but not to me. Second, equipments such as optical fiber light source, paraffin oven, microtome, and paraffin developer are very heavy, with more than 100 kg in total. Carrying these equipments out of Japan is very costly and is not practical. Do you understand?

7月6日(水曜日)、やっと航空チケット(往復)が届いた。これで、一安心である。今回、届けられたのは佐川急便のパッケージで「セーフティーサービス(貴重品)」のシールが貼られていた。○○さんは書留で送るような話をしていたが、旅行代理店が宅配便で直接、私宛てに送って来たようであった。

さて、いつもの海外旅行保険の手続きは完了したし、10%中性緩衝ホルマリン溶液を詰めたマイクロチューブは240個ほど用意したし、後はデータシートの印刷を残すだけか......。ということで、7月13日〜8月26日は、モンゴル国セレンゲ県シャーマル、及びダルハディン湿地で海外学術調査のため、日本を離れることになる。それに加えた成田空港や関西空港への国内移動、その他諸々の事情で、7月9日〜8月31日は新潟を留守にする予定になっている。

[脚注]
(1) 今回の調査がダルハディン湿地に限定されたものであったなら、50mのガラス繊維巻き尺、標識テープ、ナンバーテープ、ハンドタッカー、等々の予備調査に使用する道具を改めて携行する必要性がなく、調査期間の増加と相まって増えた荷物の量を減らすことが、相殺とは行かないまでも可能であった。それが、シャーマルでの調査をおこなうことで、また同じ道具を持って行かなければならず、荷物の量が莫大なものとなってしまったのである。7月4日(月曜日)、機内に預ける荷物の超過料金の件で、○○さんからメールで回答があり「超過料金に対して助成金は出ない」という話であった(エンジン付きのパラグライダーを運ぶのに、20万円前後の超過料金が掛かっていること、そして、それらの超過料金が助成金から出されていることを、こっちは情報として知っているのだが......)。今回、他に同行者が居れば、預ける荷物を分散させて超過料金が掛からないようにすることも可能であったが、いかんせん、ひとりである。こうなれば、もはや自腹で支払ってでも、土壌pHの測定に必要な水を持って行くしかないようであった(1)。
(2) このように、調査道具の維持費だけでも、なかなか馬鹿にならないものがあるのだが、サンショウウオ・チームの他のメンバーは、一体どれくらい事の重大さ、大変さを理解しているのだろう?

[脚注の脚注]
(1) 機内に預ける荷物の件で、航空チケットを送付してくれた旅行代理店の担当者に尋ねてみた。それによると「モンゴル航空の預ける荷物は、個数関係なく、エコノミークラスの場合は1人あたり20kgまで。それを超えると、1kgあたり2,100円の追加料金が必要。モンゴル航空への事前申請で、1kgあたり1,370円のクーポン購入が可能」という話であった。う〜ん、1リットルの精製水のボトル1本で、2,100円の追加料金とはねえ。これはもう、なんとかして預ける荷物の重量を20kg以内に抑えて、他は10kg以内の手荷物として機内に持ち込むしか方法はないようであった。


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