石の森 第 110 号   ページ  /2002.7

 波紋

奥野 祐子


生きているか死んでいるかなんて
川の水面から
顔をちょこんと出しているのか
ださずにもぐっているのかぐらいの
そんなかすかなちがいでしかない
この川の流れの中では
たった一つの細胞から始まった
いのちの川の流れの中では
たいしたことないじゃない
たったひとりの
けしつぶみたいな人の死なんて
だけど今宵
けしつぶみたいなニンゲンたちが
けしつぶみたいなひとりの死を偲んで
暗い水底で泣いている
その声で
川の水面が震えているのだ
こんなにもかすかな
押し殺したような嘆きの歌で
川の水面が乱れるのだ
いくえにもいくえにも
音もなく広がっていく波紋のせいで
シリウスや三日月や木や花までもが
ぜんぶゆがんで見えるのだ
川は流れていくのだろう
あなたが死んでしまっても
あなたの亡骸を
洗いながら 溶かしながら
川はひたすらに海をめざしていくのだろう
だけど波紋は止まない
あなたがおこした小さな波紋が
少しだけ川の流れを変えたのだ
かすかな潮の香りが ほら するだろう
もう一歩 あと一歩 さあ、海のほうへ
いっしょにたどりつこう
青の中で
わたしたちはいつもひとつだ


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