石の森 第 110 号   ページ  /2002.7

 ストリングス

大藪 直美


久々に聴いた響く音は
懐かしさと切なさが首を擡げた

お元気ですか
昔自分が紡いだ音を思い出す
今、どうしてますか

ピチカートが心地よくはもり
コンポーザーの奏でるハープシコードが
子兎のように走り抜ける
ボーイングの返しに体が揺れ
Eのサードポジションから光る高音は
脳の奥で凍って溶け出す
澄んだ水のように感じた

ビブラートの練習で傷ついた指先を
誇りのように大切にしたあの頃
思い出してしまったのは
魅了する音

お元気ですか

帰ってきた言葉は
子供の成長にも似た喜びと
大人になってしまった悲しみだった

 もう、ばらばらになってしまいました
 あの頃が懐かしい
 一つだったあの時代はもう
 戻ってきません
 弦もみんな変わってしまったんです
 同じ音はもう、出せません

新しい音に対する喜びと
二度と奏でられることのない音に対する悲しみと
思いで以外に居場所のない
ストリングスの音色が
ピチカートで弾みながら去っていく
音だけを残して


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