石の森 第 110 号   ページ  /2002.7

 八匹のネズミ

美濃 千鶴


少女の持つ楽譜のなかで
八分音符がネズミになる
トウボウスルノダ トウボウスルノダ
かび臭い街の頁から

♪♪♪ ♪♪♪ ♪ ♪
逃亡するのだ 逃亡するのだ
ラッシュアワーの足元を
ポルカのリズムでひらひらと

窓の外には大看板
「北島三郎大いに歌う」
八匹のネズミも大いに歌う

 世界という楽譜のなかに
 音符もことばもあふれかえって
 わたしはしっぽをはずしたくなる
 旋律は音も立てずに流れるけれど
 ほんとに欲しい歌じゃない

摩天楼が空を刺し
青灰色の雲が飛ぶ
老婆が終焉を悟る時
どこかで赤子の声がする

トウボウネズミは帰っていく
少女の弾くモーツアルト
ソの音 ドの音 シの音 へ
♪♪ ♪ ♪ ♪♪ ♪
あと一匹
あと一匹はどこへいったの?
わたしはみんなに聞いてまわる
後ろ手がチュウチュウ鳴いている


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