ロバート・ブロックの「星から訪れたもの」に代表される、「いらん事しー物語」の一つです。「好奇心は猫を殺す」というか、ストレートな知識欲で身を滅ぼす者達の話ですね。なぜダオロスが「ヴェールをはぎ取るもの」と呼ばれるのかという事も分かります。たしかに邪悪さは微塵もありません。星の精みたくとって食う訳でもなく。
ギルソンは大英博物館でネクロノミコンを読んだ事がある(しかし内容は漠然としか理解できなかった)と言うのですが、バリバリのオカルティストには見えない彼でも読めるようなものなんでしょうか?キャンベルの「城の部屋」では、主人公が別の調べものの間についでにネクロノミコンを読ませてもらってますし、ネクロノミコンは彼の作品の中ではやや扱いが軽いようにも思います。
「ドリームクリスタライザーの一種」の効果はダオロスが教えてくれる可能性のある呪文「向こう側への旅」とはちょっと違うようです。彫像を持って帰ってますから。描写からするに、常に作動または待機状態なのかも。
ダオロスの彫像の効果は、やはり「ダオロスの招来/退去」の成功率を大幅に上げるものなのでしょう。
イギリスの作家ジョージ・エリオット(George Eliot)の小説に「引き上げられたヴェール」"The Lifted Veil"というものがあります。(国書刊行会「悪魔の骰子」収録)
「予知・透視・遠隔視・精神感応」という超常知覚を得た主人公が、しかし本来知り得ない事実を知る事によって苦しみ、結局は幸福を得る事無く幻滅のうちに死んでいくという、スティーヴン・キングの「デッド・ゾーン」によく似た物語なのですが、こちらは1859年の作品です。
本来決して引き上げられるはずのない、自己と他者(あるいは世界)を隔てているヴェール。しかしそれが引き上げられてしまった時、そこにはいかなる世界があるのだろうか……。どうも私は「ミレニアム」といい「神幻暗夜行」といい、このようなシチュエーションの話が好みのようです。
この作品の題は、シェリーのソネットの、「生ある者の人生と呼ぶ色あざやかなヴェールを引き上げることなかれ」という冒頭部分から取られているそうです。
まあ、「ヴェールをはぎ取るもの」の方は、ダオロスなどというとんでもないものの助力を得ようとする段階で既に悲劇に終わる事は分かりきっているのですが。そもそもクトゥルフ神話ですし。
小説内でフィッシャーによってその存在に言及されている「ドリーム・クリスタライザーの守護者」に関して、けえにひ様から"Ye Booke of Monstres II"における“クトゥルフの呼び声TRPG”用データを提供していただきました(和文訳出は私です)。ありがとうございました。
上述のジョージ・エリオットの小説「引き上げられたヴェール」に関して、研究書「ジョージ・エリオットの時空――小説の再評価」(海老根宏、他:編 北星堂書店)に収録されている論文「『ひきあげられたヴェール』の評価」(山本紀美子:著)の中に、着想の元となったP.B.シェリーのソネットの一部分が載っていました。
生きている人々が人生とよぶ色どられた
ヴェールをひきあげてはならない。
そこには非現実的な形をしたものが描かれており、
われわれが信じているすべてのものは模倣にすぎず、
むなしい色でおおわれているけれども、
――その奥には 深い裂け目の上に
目には見えないが、わびしい影、自分たちの影を
織っている双子の運命の女神、恐怖と
希望の女神がひそんでいるのだ
(以下略)
「深い裂け目の上」にひそむ神……フィッシャーが初めてダオロスと遭遇したのも確か……。偶然なのでしょうか?
"THE KEEPER'S COMPANION"における「グラーキの黙示録」、「ドリーム・クリスタライザー」及び「ドリーム・クリスタライザーの守護者」の“クトゥルフの呼び声TRPG”用データをけえにひ様から提供していただき、翻訳しました。ありがとうございます。
「英米故事伝説辞典(増補版)」(冨山房)によれば、"Behind the Veil"「とばりの後ろで」という言い回しがあるそうです。同辞典では次のように解説されています。
旧約聖書(Leviticus 16:2)[湖の隣人註:「レビ記」第16章2節]に、"Within the Veil"という言葉がある。その意味はエルサレムの聖所のうち最も神聖な所をさすが、同時に俗人の見ることのできない所となっている。
"Veil"はエジプト・アラビアなどの宗教にも最も神聖なものをおおう幕という意味に用いられている。
この解説の中の「最も神聖な場所」というのは、モーゼの十戒を記した石板が収められているという「契約の箱」(映画「レイダース 失われたアーク《聖櫃》」でインディ・ジョーンズとナチスが奪い合っていたあれです)が安置される「至聖所」の事です。そこは年に一度だけ大司祭が生贄の儀式のために入る事を許される以外は、何人も決して立ち入ってはならない場所とされているのです。もし許されざる仕方で立ち入った者があれば、たとえいかなる理由があっても、死をもって罰せられます。状況は異なりますが、この契約の箱を運搬中に、箱がひっくり返りそうになるのを支えようとして触れた者が、その場で不敬の罪により神に打たれて殺されたというエピソードもありました。神が人間へ恩恵を与える際の基準が、その人間が納得するかどうかには関係ないように、神が人間に裁きを与える際の基準も、その人間の納得を求めるものではないのだそうです。
Chaosium社の"Call of Cthulhu"サプリメント"Ramsey Campbell's Goatswood and Less Pleasant Places"に収録されているダオロス関連の資料を、「ダオロス関連資料 from "Campbell's Goatswood"」にまとめてみました。
フランク・ベルナップ・ロングの短編「ティンダロスの猟犬」に登場する薬物「遼丹(リャオタン/りょうたん)」――基本ルールブックでは「冥王星の薬」という名称で記載――は、物語では服用者の精神を時間軸に沿って過去へと送り込むという効能を持っています。シナリオ集"Unseen Masters"“見えざる支配者”にはBREW LIAO DRUG「遼丹の調合/遼丹を調合する」という呪文があり、遼丹の製法とその効果について記されています。
遼丹の調合/遼丹を調合する
BREW LIAO DRUG一服分の遼丹を調合するためには、合わせておよそ1000米ドルの費用がかかる希少な物質を混ぜ合わせなくてはなりません。この調合による直接的な正気度の喪失はありません。ひとたび服用すると、服用者の精神は時空間をさまよい始めます。POWの5倍以下のロールに成功したなら、服用者は自身の精神をいずれかの方向に導く事が出来ます。薬が効果を発揮した後の毎分ごとに、服用者はマジックポイントを消費していきます。薬の効果は服用者の持つマジックポイントと同じ分間だけ持続させる事が出来ます。
服用者はまず、自分の周囲が次第に暗くなっていくのを感じます。周りの物がだんだんと姿を消していくのです。そして服用者は、何となく部屋から離れていくかのような、引き離される感覚を得ます。それと同時に、何かを予感する強烈な感覚があります。服用者はあらゆる時空間を同時に見たり感じたりし始めているのです。この感覚は幻惑を伴う恐ろしいものです――1/1D4ポイントを喪失する正気度ロールを要求し、狂気の徴候かと勘違いしそうにさえなります。さらに別の危険があります。服用者の精神があまりにも遠い過去あるいは未来へとさまよって行った場合、神話のゾッとするような陰謀に気づき始め、さらなる正気度ロールを要求される可能性があるのです。
服用者がはるかな過去へと向かって行った場合、周囲に角度と曲線が出現しだし、あらゆるものの形が歪み変形し始め、見る者の心を(1/1D6ポイントの正気度を喪失する)恐怖の念で満たします。服用者は言葉では言い表せないような刺激臭を感知し始めます。それはかろうじて耐える事が出来る、吐き気を催させるような臭いです。この時点で、服用者はティンダロスの猟犬と遭遇する可能性があります。このような遭遇は服用者にとって破滅的なものになりかねません。
遼丹の効果が切れるか、マジックポイントを使い果たすかした時、服用者は意識不明の状態に陥ります。身体を友人に揺さぶられたりしたなら、服用者の精神は現在の時間へと急速に帰還する事が出来ます。
他方、現代を舞台にした短編シナリオ集“星辰の座正しき時!”"THE STARS ARE RIGHT!(2nd Edition)"の一編では、遼丹には服用者の精神を次元間のヴェールを越えて移動させる効能があると設定する事により、この薬物をダオロスと関連付けています。また、小説ではダオロスの司祭は「物体が到達する最後の次元を知る事が出来る」という記述がありますが、このシナリオにおいてはその「最後の次元」をダオロス自身の住処であると設定しているのです。シナリオにおいて遼丹はカプセル状になって登場し、以下の様なルール上の効能が設定されています。
ハンドアウト:
遼丹 [The Liao Drug]カプセルの一つを試飲するや否や、探索者は暗黒の波動が自分を圧倒するのを感じます。薬が効果を完全に発揮してしまうまでには、1ラウンドの時間しかありません。探索者は以下に概要を説明されているような光景を経験します。キーパーはこれらに、自分が適切と思う変更を遠慮なく加えるべきです。それぞれの探索者の経験は異なったものになるべきでしょう。暗黒は次第に霧に満たされた暗がりに取って代わられ、探索者は自分があたかも重量を失ったかのように浮遊し始めているのを感じます。自分の下方には、渦巻く霧によって覆い隠された、おぼろな姿が見えます。今や探索者は自分の身体を目撃しており、心をかき乱されてしまいます。初めてこの光景を経験した時は、1ポイントの正気度を喪失します。探索者は自身の物質に属する姿から、それがもはや判別出来なくなるまでさらに浮遊し続けます。混濁した暗がりの中に、探索者の見なれた周囲の光景がぼんやりとながら見えてきます。しかし、実在感のある三次元の外見はぼやけたものに移行していき、そして奇怪な事に、想像を絶するような四次元の――そして五次元の角度が視界に入ってくるのです。〈聞き耳〉のロールに成功した探索者は非常にかすかな、風に吹かれた葉のたてるようなカサカサという音を聞きます。〈目星〉のロールに成功した場合、脈動するオーラを一瞬だけ見る事が出来ます。信じられない事に、それは探索者のすぐそばとはるか遠方とに、同時に現れたかのように見えるのです。この時点で、探索者にD100ロールをさせてください。その結果は以下の通りです。
01-50: 幸運な事に、探索者はこれ以上何も経験する事はありません。しばらくの間この夢のような状態でさ迷うだけで、いかなる正気度の喪失も被らないでしょう。
51-75: 探索者はさらに離れた次元へと引き込まれていく事になります。周囲の見なれた景色は、その色彩が雲のように渦巻きさざなみを立て始め、消えていきます。秋のパリパリになった葉がたてるような、乾いたカサカサという音が聞こえます。脈動し、波状に動くオーラが遠方に見えます――あるいはすぐそばかも? そのオーラは至るところに同時に存在するように見えるのです。この次元に達した探索者は、1/1D3ポイントの正気度を喪失します。
76-95: 探索者は前述の次元を通り抜けて、さらに深い次元へと引き込まれていきます。そこではカサカサという音がより大きくなり、オーラも目も眩むような明るさです。渦巻く色彩は、あいまいながらも超次元的な存在の外見を帯び始めます。この渦巻く色彩の中心からは、長くどこまでも伸びる付属肢が現れて、探索者に打ちかかってきます。ここは時空間が歪んでいるので、この偽足を〈回避〉するチャンスは探索者にはありません。それは95%の確率で命中し、探索者の腕や脚、頭に巻きつきます。痛みの感覚はありませんが、しかし偽足が探索者の肉体に溶け込み、その色を同じような渦巻く色彩へと変化させていくように見える事に不安を覚えます。自身の三次元の世界へと帰還した際に、探索者は1D4ポイントの耐久力を失い、そして怪物に触れられて影響を受けた範囲の皮膚は、まるで大きなあざのように永久的に変色してしまいます。喪失する正気度は1/1D4ポイントです。
96-00: この探索者は本当に不幸です。前述の全ての次元を通り抜けるだけではなく、「ヴェールをはぎ取るもの」ダオロスが待ち受ける最後の次元へと、今まさに接近し始めているのです。探索者は、カサカサという音の発生源と明るいオーラとが同じものである事を理解します――そしてそれが間近に接近しているという事も! 自分が生命ある実体に、ねじ曲がった棒と円筒からなる複雑な構成物に取り囲まれているという事に気がつくのです。それは悪夢から発想された恐ろしい子ども用玩具以外の何物にも見えません。目に見えないつるが探索者の顔を軽くかすめ、むき出しの皮膚を触角が少しづつ探り、つかの間耳や鼻や口の中へと入り込んできます。この存在の本当の形態は理解不可能な気も狂わんばかりのもので、遭遇した探索者は1D10/1D100ポイントの正気度を喪失します。1D6をロールしてください。その結果が、探索者がこの次元に閉じ込められ続けるラウンド数になり、その間は逃げ出す事は出来ません。探索者がダオロスを目撃する事になる追加のラウンドごとに、さらに1/1D10ポイントの正気度の喪失が起こるのです。遼丹の効果は約三十分間持続します。平静な意識を回復した時、探索者は自分が消耗しきっている事に気がつくでしょう。この最後の次元まで旅をした者はおそらく、永久的狂気へと至る狂乱の門をくぐってしまっています。
なお、“エンサイクロペディア・クトゥルフ”の改訂版"The Cthulhu Mythos Encyclopedia"の"Liao"の項には、長年にわたって希少なものと考えられていたために、遼丹は単体で服用される薬物ではなく、混ぜ合わされた他の薬物に服用者の精神を拡大する効能を与える原材料の一つととらえられるようになった、というような追記があります。もしかすると、ヘンリー・カットナーの「触手/侵入者」において「妖蛆の秘密」の秘法によって調合され、神話的存在ニーハン・グリーを呼び出してしまうきっかけとなった「時間遡行薬」の原材料に、遼丹も含まれているのかも知れません。