六文銭の城下町 信州上田

長野県上田市

上信越自動車道を使うと、信州上田も首都圏から日帰りドライブ・コースだ。長野
冬季オリンピック以来、長野県の交通アクセスは非常に便利になっている。
 「真田太平記」「真田十勇士」「真田軍記」と信州上田は戦国フアンにとっては
聖地とも呼べる土地だ。真田昌幸、幸村親子がこの土地を治め、400年程前に
徳川家康の大軍を二度も撃退している。関が原へ向かう徳川秀忠の大敗は有名。
 上田の町を訪ねると町中に真田一族の旗印である六文銭が目に付き、決して
大きくはない天下の上田城は多くの観光客が見物していた。カメラを片手に熟年
夫婦、外国人、歴史フアンらしき団体・・・・。黒板張りの櫓が真田親子の武勇を
物語っている。
 武田信玄の若き参謀として活躍した真田昌幸。次男の幸村は大阪の陣で豊臣
家とともに運命をともにした悲劇の武将として記憶されている。長男の信之は徳川
につき江戸時代は近くの松代藩真田家10万石の大名として明治まで続いた。
 信州の上田、松代を歩けば真田一族一色であり、戦国武将としての武勇と悲劇
を思いつつの信濃路は楽しい。

上田城

城跡は小規模だが戦国の香りがする櫓がたまらなくいい
ですね。武門の真田一族らしい城郭だ。
天正12年(1584)に千曲川の河岸段丘上に、真田昌幸
により築城。

上田藩藩主邸跡

藩主が住んでいた邸宅跡は上田高校
の敷地になっている。

藤井松平家 5万3千石

歴史・物語の舞台を歩く
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武田信玄の旅
真田の城下町松代

城跡近くで目を引く洋館を発見。

上田原の古戦場

上田市街から千曲川の対岸に上田原の古戦場がある。天文17年(1548)
甲斐の武田信玄と信濃の村上義清が戦い、信玄が大敗した場所。信玄の
重臣である板垣信方、甘利虎泰が討ち死に。若き信玄が学習をした大敗北。
上田周辺は正に戦国時代の大舞台だ。

北国街道 海野宿

周辺散策

信州小諸「千曲川旅情のうた」

江戸時代に、幕府の圧制に苦しむ庶民の
間で、徳川を二度も撃退し、大坂の陣でも
大活躍の真田は庶民のヒーローになった。
真田昌幸は、徳川家康を苦しめた武田信玄
の遺臣であることも人気の理由の一つかも
しれない。昌幸の兄である信綱、昌輝兄弟
は長篠の戦いで戦死。

戦国ロマンの旅 長篠・設楽原 

秋の青空と屋根の朱色とのコントラスト
がなかなか美しかった。上田の町にうま
く溶け込んだ洋館だ。


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※明治の政治家である板垣退助は
板垣信方の末裔らしい。

桂浜 坂本竜馬

上田城を訪ねると、城跡前の観光会館
で真田六文銭のロゴが入った袋を買って
しまう。
戦国ファンは六文銭に弱い・・・・。
幸村人形も今度は買ってしまうかも。