The Adventure of Van Rood Quester

ファン・ルード・クエスターの冒険

その1−冒険者のお仕事

「ゴブリン退治」
それが依頼された仕事の内容だった。
俺の名前はファン・ルード・クエスター
一応冒険者だ
「通り名」は……まだない。
「通り名」ってのは、そこそこ名が売れた冒険者なら、「疾風の某」とか「豪腕の誰それ」とかその冒険者のスキルや特徴に合わせ呼ばれる俗称の事だ。
けれど、俺にはまだそれがない。
これは実は、冒険者家業にとって、まさに死活問題。とっても、すげぇ重要なことだった。
冒険者なんて仕事は、ほんとにヤクザな家業だ。
名前が売れないとやっていけない、まさに信頼第一。
だから、ほとんどの名の売れた有名どころの冒険者は通り名で呼ばれてる。
呼ばれてないのは駆け出しか三流の冒険者ぐらいだろう。
そんなわけで、俺のような冒険者は、碌な仕事もまわってこない。
まぁ、ここまで言えばわかると思うけど、俺は間違いなく通りな名すらない、駆け出しでかつ三流だ。
それでもまぁ、一人立ちしてからは、何とか幾つかの小さな仕事をこなしている。
世界の果て、ニンゲンとは比較にならないほど強力な亜人の宝庫、混沌半島とも呼ばれるこのグローランサ半島。
そののさらに北方辺境で、ただのニンゲンながら冒険者をやって生きていけてるだけでも、御の字かもしれない。
でも、いつか「閃光」のファンとか、「神業」のファンとか呼ばれ、英雄譚に歌われるような超一流の冒険者になるのが俺の夢だ。
間違っても「迷子探しの」のファンとか、「届けモノ屋」のファンなんて呼ばれたくはない。
そんなわけで、名を売るため、俺は町の冒険者向けの依頼所で今までにない大口の仕事を引きうけていたのだ。
それが「ゴブリン退治」の依頼と言うわけだ。
ハイリスクハイリターン、名を売るためには駆け出しの俺にとっては少しやばめだが大きな仕事をこなす必要がある。
害虫駆除という名の下水道の大ねずみ退治や、畑を荒らすイノシシを追いかける仕事では、英雄譚になりはしないのは明白だ。
そして何より、懐事情にもとっても良くない。
「ネェ、ふぁん、ご飯たべる?たべる?」
そう、今回の仕事「ゴブリン退治」こそ、まさに冒険者にとって王道、定番の仕事だ。
ゴブリン、いままで数度その死体だけは見たことがある。
体格は小柄な人間型の生物で、邪妖精のなれの果てとか、このハイランド世界を統べる七柱の女神達に滅ぼされた邪神の手下とか言われている緑色の肌(グリーンスキン)のまさに冒険者の敵役という奴らだ。
「ネッ、たべる?ふぁん?たべる?」
その姿は、醜悪で文化的と言えないが、群れで行動し、武器や防具なんかの道具を使うだけの知恵がある。
そして何より、奴らは、村の畑や家畜を襲う凶暴な略奪者なのだ。
「ふぁん、たべる?たべる?」
「ああぁ、もううるさい!静かに、リー!」
ゴブリンの生態について復習している思考を邪魔され、俺はついに我慢できず、頭の上に怒鳴り声をあげていた。
「たべる?」
その俺に、無邪気な笑顔が悪びれず答える。
はぁっと思わずため息もでてしまう。
俺の頭の上、そこに身長三十cmほどの小さな少女が座っていた。
彼女はリ・クリル、ノッカーと呼ばれる鉱石妖精だ。
その姿はニンゲンの女の子をそのまま小さくしたような元気溌剌の可愛らしい姿だ。
だけどそれに騙される人間はこのグローランサ半島にはいないだろう。
こいつらノッカーは、ひどい悪戯好きで有名なのだ。
リ・クルリもノッカーの例にもれず、いや例外以上にやっかいな小妖精だった。
もともとは鉱山ギルドからの「坑道でやかましい害虫がいるからどうにかしてくれ」って依頼で捕まえたのが、この妖精リ・クリルだった。
本当なら、鉱山から追い出したところで妖精らしく気ままにどっかに去っていくはずだったのに、なぜか俺に懐いて、それ以来一緒に旅をしている。
得意な事といえば、人の靴紐を両方結ぶ事と、ポケットの中に小石を詰める事、それにいつも腹を空かしている事だけって……まったく役にたたないどころか、ただの邪魔な奴だけど。
一人旅の寂しさになんとなく連れて歩いている始末だった。
「たべる?」
頭の上から小さい手がにゅっと差し出される。
そこには半分かじられピクピク動くトカゲ。
「……いらない」
「そっ、じゃあ、クリル食べる、むしゃむしゃ食べる」
可愛い顔で、生でトカゲを食べないで欲しい。
それと食べカスを俺の頭にボロボロこぼすのも、やめて欲しい。
「むしゃむしゃ、トカゲたべる、むしゃむしゃ、あっ、しっぽ落ちた、ね、ふぁん、しっぽ食べる?」
「とほほ」
何を言っても俺の意見なんてこのチビが聞くわけがなく、もちろん黙ることがない事は、今までの経験で十分身につままされている。
そんなわけで、しかたなくノッカーに代わって俺が黙って歩き出した。
リ・クリル達、ノッカーは種族的にとってもおしゃべり……いや、もう公害並みに騒がしいと言って過言はないだろう。
よく洞窟の奥や、薄暗い鉱山の中でひそひそ声が聞こえてくる時がある。
そういのは大概ノッカーが無駄にしゃべっているって相場が決まっているのだ。
「トカゲ、トカゲ、しっぽがピクピク〜♪」
しかもリ・クルリは歌が大好きで、そして並外れて下手だった。
俺は、そんなリ・クリルの調子の外れた、狂ったようなキンキン響く歌声を聞きながら黙々と歩き続ける。
そう、目的地は、すでに見えている。
夕暮れ近くの森の奥にチロチロと見える焚き火の明かり。
そこに今回の依頼「ゴブリン退治」を受けた冒険者の先発隊がいるはずなのだ。
まぁ正確には俺が遅刻したんだけど……

今回の仕事「ゴブリン退治」は俺が生きるグローランサ半島の北方の隅っこ、タイタン北方辺境域にある比較的大きな国、アランシア王国のこれまた隅っこ、つまりはド田舎の村からの依頼だった。
アランシアの王都の方で何やら大きな事件があったらしく、辺境警備にいつもなら常駐している騎士が派遣されて留守らしい。
さらに悪い事に村のほうでも収穫の時期が迫ってきており、せっかく育てた畑を荒らすゴブリンに腹をたて、何組かの冒険者を雇って駆除して貰おうって話が持ち上がったそうだ。
そんな訳で比較的大きな町の冒険者向けの依頼所に依頼書が張り出された訳だけど……実際、報酬はあまり良い方じゃなかった。
十数匹のゴブリン達が住み着いたのは、村から丸1日以上離れた森の中にある、盗掘され尽くした古い遺跡の跡地だったらしい。
ゴブリンは畑を狙う厄介物だが、わざわざ村人が危険を押して駆除に行くほどのことでもなく、かといって放っておいても厄介という中途半端な状況。
そのせいで報酬も非常に中途半端なものだった。
具体的にはゴブリンの首一つで500シリン。
五匹以上なら村特製の蜂蜜酒が一樽おまけについてくるって程度のものだった。

普通の冒険者なら間違っても受けそうにない依頼だが、ここらで一度ゴブリン退治でもして度胸をつけ、さらなるステップアップを目指す俺にはいいチャンスに思えたのだ。
まぁ、本音言えば、駆け出し三流の身とっては選ぶ権利なんでありはしない、明日のパン代30シリンさえままならない実情なのだ。
そんな訳で依頼を受け、勿論持ち馬なんて持っていない俺は、辺境にある村の近くを経由する乗合馬車に乗り込んだ。
なぜ乗合馬車なんて、金のかかる移動手段をわざわざ取ったかと言うと……
何でも依頼紹介所の話では、驚いた事にこんな実りの少ない依頼に興味を示した物好きな冒険者パーティが俺の他にもいたらしいのだ。
こんな依頼を受けるぐらいだから、彼らも俺のような駆け出しか、三流なのは間違いない。
折角なので、俺はそのパーティに加えてもらおうと思ったのだが、依頼所の紹介者の話では、彼らは既に出発しているらしかった。
下手をすると、ゴブリンを全て退治し終えた後に、俺が現場に到着だなんて、洒落にならない事態になりかねない。
幸運にも急げばまだ間に合うって時間差だったこともあり、俺は奮発していつもなら徒歩の旅路を乗合馬車に切り替えたのだ。

だけど、これが裏目にでた。
初めて乗る乗合馬車に興奮したリ・クリルが馬の尻尾を引っこ抜くわ、馬糞を御者に浴びせるわ……あげく車軸に小石を詰めて壊してしまったのだ。
俺は、何事かと騒ぐ乗客に心の中で謝りながら、そっと馬車から逃げだしていた。
わざわざ、なけなしの100シリンもの大金を払って乗った馬車だったのに……
そんな訳で、件の村に着いた頃には、先発していたパーティはもうすでにゴブリンが潜む古い遺跡に向け、村を出た後だったのだ。
俺は、依頼主である村長さんに、ペコペコ謝りながら、鶏の後を追い掛け回すリ・クリルの首を引っ掴んで走り出していた。
なんとしても、先発した冒険者達に追いついて、「ゴブリン退治」の一行に加えてもらうために。
最低でも乗合馬車の料金100シリン分以上は稼がねばならないのだ。明日のパン代のためにも!


そして、現在に至ると言う訳だ。
俺はなんとか、日が落ちる前に、件の先発隊が野営しているキャンプらしき場所まで追いつていた。
日頃から歩いて足を鍛えていて良かった。まぁ本当は馬を買うお金が無いからだけど。
「ふぁん、あそこ、ご飯ある?ご飯?」
「どうかな?きっとキャンプの準備してるから、あるかも」
村長の話では、ゴブリン達が根城にしている古遺跡の跡地があるのは、此処から更に東北に後二、三時間ほど歩いた山の麓だと聞いている。
きっと先発している奴等はここで夜を過ごし、明日の昼にでも夜行性のゴブリンを攻めるつもりなんだろう。定番だが手堅い作戦だ。お陰で追いつけた事に感謝するしかない。
俺はその時は、ただ彼らに追いつけた事だけが嬉しく、無造作にざくざく下草をふみわけ小走りにキャンプの明かり近づいていた。
と、その時。
すぐ側の木の上から、背後に何かが飛び降りてくる。
「動くな」
「へっ?」
ぐいっと首に突きつけられる鋭利な刃物の感触!
「何者だ」
押し殺した低く剣呑な声が、俺の耳元に囁かれる。
「まっ、待ってくれ、俺はゴブリン退治を依頼された冒険者だ」
だらだらと冷や汗を流しながら、相手を刺激しないように、ゆっくりと言葉をはく。
反射神経には多少なりとも自信があったんだけど、まったく気がつかなかった。
これは相当格が違う相手だ、下手に抵抗するだけ無駄だと、覚悟を決める。
「……他の冒険者?」
背後からの声に多少動揺の響きが混じるが、首に当たったダガーはぴくりとも動かない。
背中から脅され、まったく身動きが取れない俺の目の前、今度は手前の木陰から、新たな人物が現れた。
その人物は、薄闇にもまぶしい純白の……ローブと言っていいのだろうか、不思議な衣をまとい、弓を構えている。
「その子、嘘は言ってないようよ」
その声は、凛としており、耳にいつまでも残る心地よい響きだった。
そんな美声を発した人物は、大きな長弓を構えた東洋系の目も覚めるような涼やかな美貌の女性だった。
その美貌は、強さ秘めた気高さを纏っており、こんな状況にもかかわらず思わず目が惹きつけられてしまう。
女性は、長く黒い艶やかな髪を後ろで縛り、神秘的な黒い瞳でこちらを見つめていた。
その手に構える弓は、弦の大きく張った東洋独特の大弓。
それにハマ矢と呼ばれる呪力のこもった矢を収めた矢筒を背負っている。
おそらくあの白い上着と紅いスカート風の変わった服装は、巫女装束とかいう、特殊な神官衣だろう。
確か霊視や浄化のスキルに長けた巫力とかいう力を行使できるプリーストにのみ許された姿だ。
そして、その凛とした白皙の美女の額には、二本の角が突き出ていた。
一瞬、俺と同じニンゲンかと思ったが、どうやら鬼族の女性らしい。

鬼族は、見た目はニンゲンとほぼ変わらず額に角があるだけなのだか、驚くほど高い胆力と精神力を誇り、そして何よりも神通力と言われる特殊な力を有する、この混沌半島グローランサでもすば抜けて潜在能力が高いエリート種族だ。
最も、その大半は高山岳地帯で徳と言われる伝統的な精神文化を重んじる質実剛健な暮らしをしているため、めったに見かけることがない種族だ。
たまに山から降りて来る鬼族は、神との親和性の高さを活かし巫女と呼ばれる特殊なプリーストになるか、その胆力と鬼族独自の刀術を活かし鬼武者と呼ばれる上級サムライとなる事が多いと聞いている。

目の前の、幻想的な白袴の麗人は、その鬼巫女なのだろう。
「間違いないか?」
俺の後ろに立つ人物が低く警戒した声をだす。
「本当だ、今依頼状だす……いいか?」
俺はできるだけゆっくりと懐に手を入れると、油紙に包まれた依頼所の書類を取り出す。
見る人がみれば一目でわかる、大きな口を開けた蝦蟇のマークの刻印が押された正規の依頼封書だ。
「へぇ、どうやら本物みたいだね」
背後に立っていた人物がそう言うやいなや、またしても唐突に気配が消え、今度は俺のすぐ横に姿を現す。
「すまなかったね、仲間がピリピリしていて」
そう言って俺にニヤリと豪快に笑いかけるのは、これまた女だった。
癖のある赤毛を跳ね上げたワイルドな歴戦の女戦士といった雰囲気の、豹のような野性味あふれる鋭い眼差しの美しい女だ。
俺よりも、頭半分ほど長身のスタイルは、まさに女性としての魅力に満ちた曲線を描く完成されたモノだった。
特に形よく突き出された豊かな胸と、腰のくびれからヒップ、そして長い脚へのラインは一級品だろう。
その抜群のプロポーションを誇る肢体に、赤く染めた鋲付きのライトプレートと脛当てに小手をつけ、頭には赤銅色の頬当てをつけている。
どの具足も十分に使いこまれ幾つもの実戦を経験している事を感じさせる。
そして、その赤い頬当ての後ろから伸びた三角の獣耳には、ふさふさと茶色の毛が生え、きゅっと引き締まった臀部からは、これまた柔らかそうな大きな尻尾が伸びている。
こいつは、獣人族か……

ちなみに獣人とは、グローランサ半島で最もメジャーな人型種族で、その祖先は七女神の一柱である獣女神と人間の英雄の間に生まれた子孫だと言われており、様々な動物の特性を生まれながらにして持っている。
個人によってその特性の発現形態は異なるが、一般的には、耳やら尻尾それに体毛などに獣の名残りが現れる。
そして、獣人は総じてニンゲンよりも遥かに優れた体力や生命力、それから元なった獣を起源とする有利な特徴を持っている。
中には獣化と言われる、血の中に流れる祖先の力を引き出し、途方も無い力を発揮できる獣人さえいるらしい。
おそらく、俺の背後から現れたこの女戦士は、ハンターとして獲物を狩ることに特化した狩猟系の獣の血を引いているのだろう。
道理で気配も音もなく歩き回れるはずだ。
「遅れて来たのは俺の方だし、すまなかった……俺はファン、ファン・クエスター、あんた達と同じでゴブリン退治の依頼を受けてきた」
俺は、できるだけ丁寧に受け答えをする。第一印象は大切だからな。
まぁ、ダガーを突きつけられた時点で、もう使えない奴だと思われているかもしれないけど……
「あたしはセスティア・ゼルフ、「赤牙」のセスティアと呼ばれている」
狩人の特性を備えた獣人の荒々しい美女、セスティアはそう自己紹介しながらダガーを腰の後ろの鞘にしまう。
「おい、フィーセリナ、もういいぞ」
セスティアがそう言うと、向かいの木上の茂みから更にもう一人、人影が音も無く降りてくる。
えっ、まだいたのか、全然気がつかなかった……
三流とはいえ、腐っても冒険者として食べてきた俺が、ここまで取り囲まれていたのに気がつかなかったとは、不覚だ。
とほほほ、本当に自分が情けなくなってくる。
「………」
無言のまま、木の葉をふむ音一つさせず木の上から身軽に降り立ったのは、すらりとした細身の女性だった。
濃緑色のサラサラとしたミディアムヘアに、可憐かつ華奢な人形のように整った容姿。
そのスレンダーな肢体を、動きやすそうな若草色の革の胸当てと、長くほっそりした脚に張り付く黒いパンツルックで覆った典型的なレンジャースタイルだ。
白い淡雪のような頬にかかるその緑髪と、その髪の隙間からのぞく大きく尖った耳が、彼女の種族の特徴を端的にあらわしていた。
エルフ族、それも森林地帯に暮らす森エルフだ。
森エルフは、ニンゲンにくらべ遥かに長命で、高い敏捷性としなやかな身のこなしを持つ、森林での生存に長けた種族だ。
その森エルフが、緑色の前髪から覗くアーモンド形の綺麗な瞳で、ジロリと俺を射殺すように見つめている。
何やら、俺の第一印象は彼女にとって最悪なようだ。
まあ、森エルフと言えば、自分たちの管理する森と植物以外には大抵興味を示さないし、時にはそれ以外には敵意さえ持っている場合もある。
悪く言えば傲慢で狭量な自分大好き自己中種族なので、気にしたら負けだ。
といっても、あのクールな美貌は男なら気にせずにはいられないんだけど。
「よっ、よろしく頼む」
俺は、どきまぎと挨拶をする。
どうやら、この三人の女性が、先発して依頼を受けた冒険者パーティのようだ。
そして、俺はこの三人の冒険者に多少の驚きを禁じえなかった。
パーティ全員が女性と言う事にではない。
女性がこのような戦闘職種、たとえば冒険者や傭兵、はたまた宮仕えの戦士や騎士なんかになるのはそう驚くことじゃない。
むしろ、男性ばかりの冒険者パーティだったらもっと驚いただろう。
何せ、このハイランド世界で最も信仰を集めている神様は、七柱の女性神であり、女性は生まれつきこの七女神達の恩恵を受けることができると言う特典を持っているのだ。
遥か昔、七女神達がこのハイランド世界に光臨する前は、筋力に長けた男性が戦闘職種につくのが当たり前だったらしい。
だが、今ではその比率は大きく逆転している。
いくら男が鍛錬で筋力やら体力を養っても、生まれつき女神の恩恵を受けている女性の方が、スタート地点から圧倒的に有利な立場にあるのは間違いないのだ。
まあ男性だって女神神殿に寄付するやら、祈るやら、はたまた女神に気に入られるやらすれば恩恵を受ける事は可能だが、それ相応の結構なお金や、時間や、努力が必要となってくる。
では、何に驚いたかと言えば……
三人が三人とも、俺が今までに見た中でも抜群に美しい容貌と、肢体を持っている事だ。
大概にして、冒険者になるような人達は、力と見栄えが反比例する傾向にあると勝手に思っていたのだが、これは考えを改める必要がありそうだった。
「こんばんは、クエスターさん、私は旧神アマテラスに仕える巫女、「静謐」の更紗・カンザキと申します」
茂みからでてきた東洋系の涼やかな美女が、長い黒髪をさらりとなびかせ、丁寧にお辞儀をする。
「そして、こちらが「魔弾」のフィーセリナ・エルダールさん」
ついでに隣でそっぽを向いて親指大の物体を腰袋にしまう森エルフを紹介してくれる。
「どうも」
「………」
きました無視とともに、鋭い視線。
やっぱり、どうもこの森エルフは、俺のことが気に入らないらしい。
まあ森エルフが、同属以外に好意を示すことはほとんど無いらしいが、ここまで露骨な態度を取られるとカチンとくるものがある。
フィーセリナと呼ばれた森エルフの彼女は、形のいい眉を歪めたまま、俺が存在しないかのように、赤毛の女戦士に声をかける。
「セス、どういうこと? この仕事、他に受ける奴等いない筈でしょ?」
「いやぁ、そのはずだったんだけどな、まさかこんなチンケな仕事を、受ける奴がいたとはね、あはははは」
獣人の美女は、ポリポリと赤茶けた髪をかきながら、ぴょこんと飛び出した耳をパタパタゆらす。
そんな、雰囲気の悪い空間に放り込まれた俺は、なんとも嫌な気分させられていた。
しかしチンケな仕事? ふーむ、どうやら彼女達はゴブリン退治以外に、何か事情があるのだろうか。
俺は三人の装備と身のこなしを油断なく観察しながら頭を巡らしていた。
三人とも、全員通り名持ちの凄腕の冒険者だ。
村がひどい危険にさらされているわけでもないのに、報酬の低いこのゴブリン退治に意味なく参加するようなレベルではないだろう。
「通り名」持ちの冒険者なら自分に見合った、もっと人の窮地を救うような重大な事件か、または報酬のいい仕事に出向くはずだ。
つまり、こいつはただのゴブリン退治なんて仕事じゃないってことになる。
まいったな、何かごたごたに巻き込まれるのは、勘弁して欲しい。
「とりあえずキャンプに戻りましょう、クエスターさんもどうぞ、ちょうど夕飯の準備が済んだところですので」
巫女姿の更紗が、凛とした美貌に邪気のない柔和な笑みを浮かべ、和弓を担ぎ直して歩き出す。
「そうだな、ここで立ち話もなんだし……そうだ今日はウサギ鍋だぞ、くぅ、腹減ったぁ、まずメシ、話はそれからだ」
「………」
ワイルドな獣人の女戦士と、つんけんとした森エルフも連れ立ってキャンプの炎の方に歩き出していた。
そして、何がなんだかわからない俺も、とりあえず彼女達の後を追うしかなく、森の奥でチラチラと見えるキャンプの明かりに向けて歩き出していた。

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