The Adventure of Van Rood Quester

ファン・ルード・クエスターの冒険

その9−森エルフの捕虜

俺を殺す気だった森エルフの美女は、ツタに両手両足を縛られ身動きできない拘束状態で、石畳に尻餅をつくような姿勢で転がっている。
とりあえず、当面の危機は去ったと考えていいだろう。
俺は、冒険者らしく、さっと被害状況を確認する。
獣人の美しき女戦士「赤牙」のセスティア・ゼルフは、いまだに絡みつくツタに肢体を拘束され身動きがとれていない。ツタは相当厄介な様で、どうやら今のままでは自力での脱出は無理そうだ。
鉱石妖精のリ・クリルは、爆風の余波でくるくる回ったのが楽しかったのか「はらほろ〜」なんて言いながら、いまだに回って遊んでいる。これはチビ妖精が飽きるまでほっておいていいだろう。
そして俺自身は、魔法を使った事で多少疲労していたが、行動に影響を与えるほどではない、怪我と言えば森エルフが投げた緑色の種が、頬をかすめて飛んだ際に少し切っただけだ。
最後に、魔剣、もとい聖剣ペンス・ドーンは、ご機嫌に『うははははは』と笑っている。
よし、まずはセスティアに纏わりつくツタの排除からだな。
赤毛の獣人の、あのグラマーな肢体に、植物とはいえ俺以外のモノが絡んでいるのは何だか許せない。
あぁっ、俺ってば、なんで独占欲なんかを発揮してるんだ。
セスティアは支配の力で強制的に俺の女になっているだけで、本当は違うのにっ……
でも、もう解呪もできないんだから、セスは今後俺の女になるしかないから……でも本当の彼女意思は、そんな事を望んでいるわけが……でもっ……
などと、なんだか複雑な心境を、ブンブンと頭をふって脇におしやる。
そう今はまず、この遺跡から魔神が復活する前に、無事に脱出する事を第一に考えるべきだ。
セスティアは、純粋なファイターの実力はべらぼうに高く、かつ冒険者としての経験も豊富だ。獣人の中でも戦闘にもっとも適した狩猟系獣人であり、かつ女性という生来の強さに恵まれているだけなく、経験に裏打ちされた戦闘の技術を持っているのは、先程の森エルフとの戦闘でまざまざと見せつけられた。
おそらく、彼女のホームグランドであるグローランサ半島の中央部ドラゴン・パス地方では、相当有名な「通り名」持ち冒険者なのだろう。
そのセスティアを、支配の力を使い無理やりとは言え仲間にできたのだ。酷い言い方かもしれないが、正直に言って俺にとって今のセスティアは生き残るための大事な駒だ。
それに、とっても美人で気立てもいいし…って、また考えがそれそうになってしまった。
とりあえず今、最初にやるべき事は、俺の最強の駒であるセスティアをツタの拘束から解き放つ事だ。俺は数瞬でそう考えをまとめると実行に移す。
「セス、今そのツタを切る、待ってろ」
俺は、『うはははは』と笑う聖剣ペンス・ドーンを持って、ツタに絡まれ身動きの取れないセスティアの側に駆けつけようとする。
「待ってファン、あたしは自分で何とかする、その前にフィーセリアの武装解除を!腰につけている小さな袋、それを取り上げて、はやく!」
「赤牙」のセスティアは、ビキニスタイルの魅力的な肢体をツタで縛り上げられ、たわわに実った爆乳を強制的に搾り出された何ともエロい格好のまま、俺に強い口調で告げる。
「あっ、ああ、わかった」
どうやら俺の状況判断が甘かったようだ。俺は心の中で歯噛みすると、急いで、足元に転がる森エルフの側にしゃがみこむ。
突き刺すような冷たい視線を感じながら、彼女の腰に結わえ付けてあった、草で編んだ小さな袋を取り上げる。中には、例の植物の種がぎっしり詰まっているようだった。
ついでに、反対側の腰に差してあった小振りのダガーも取り上げる。
「………くぅっ」
森エルフの女レンジャー「魔弾」のフィーセリナ・エルダーナは、濃緑色のサラサラと流れる前髪から覗くアーモンド形の勝気な瞳で、本当に悔しそうに俺を睨みつけていた。
頭の上で両手首をツタに固定された彼女が、手負いの野獣の様な荒い呼吸を吐く度に、なだらかな膨らみを持たせた薄い皮製のブレストプレートが上下に動いている。
そして、長い脚にぴったりと張り付く黒いロングパンツの足首には、手首と同じようにツタが絡みつき、強制的に開脚させている。
なんだかとっても卑猥な格好だった。
「卑怯モノめ」
今にも、その薄い唇の奥から、ギリギリと歯をかみ締める音が聞こえてきそうだ。
なにせ、<性的絶頂>なんて魔法をかけられて、その結果こんな具合になってしまったんだから、当然といえば当然の反応だろう。
しかし、<性的絶頂>か、なんて素敵な……もとい下品な魔法なんだ。

ちなみに、ここで少しこのハイランド世界の魔法技術に関して、薀蓄を言わせてもらおう。
この世界で魔法と言えば、大半が七柱の女神達とその従属神によって与えられる魔法技術で発動されるソレが一般的だ。
これは非常に簡単で、今はもう現世に直接干渉してこない七女神に気に入られさえすれば良い、後は、ほいほいと色々使えるようになる。
最も魔法が気軽に使えるのは、生まれた時から七女神達から無条件に恩恵を与えられる女性だ。色々諸説あるが七女神達は、何故か如何なる種族の男性も優遇しておらず、ほとんどの男は、女神に祈りを熱心に捧げたり貢物をしたりと、多大な努力と時間を払い、女神の恩恵を得て、ようやく女性同様に魔法技術を使う事ができるようになる。
他にも、この混沌の半島グローランサに住む幾つかの種族によっては、七女神に頼らない魔法技術が幾つかある。
七女神がこの世界に来訪する以前から存在する古代神や、祖先の英雄神なんかが与えてくれる魔法技術、それに種族特有の形質遺伝により擬似的な魔法技術を持つ場合だ。
例外的に、神々の加護や種族の血と関係なく、己の高度な知識によって独自にオリジナルの魔力技術を生成する術を編み出した、ウォーロックと言われる学者先生の方々も少なからずいる。
まあ何にしても魔法技術は、神の恩寵、種族や性別の先天的な素質、もしくは高度な知識が必要な使い手を選ぶ巧みの技であって、このグローランサ半島では平凡すぎる故にマイナーなニンゲン族出身の男で、かつ標準以下の頭のできの俺には、残念ながら扱う事ができない高値の花なのだ。
そして、どう考えても『うははは』と軽薄に笑っている、いかにも頭悪そうな「悪徳の騎士」ペンス・ドーン卿が、ウォーロックよろしく<性的絶頂>なんて卑猥で下品な魔法技術を、オリジナルで編み出したとは到底思えない。
いや、思いたくない。
おそらく、ペンス・ドーンが言うところの例の契約した魔神に、女を支配する能力と一緒に伝授された魔法技術に違いない。
まぁ、ペンス・ドーンが多大な労力をかけてオリジナルで魔法技術を編み出したか、はたまた異界の魔神が与えた魔法技術だとしても、この魔法の内容から考えるに、どちらも常識あるまともな精神構造を持っていないのは間違いない。
だが、まともな精神構造の知恵者なら編み出そうとしないであろう、良識のない魔法が及ぼした効果が、目の前に純然たる事実して発揮され、多大な威力を見せつけてくれていた。
何せ、俺を親の敵のように睨む森エルフのスレンダー美女の、ピチピチした黒地のズボンに包まれた太股の付け根部分が、じんわりと濡れて色が変わっているのだから。
「なっ、な、な、なな何を見ているっ」
そんな俺の視線に気がついたのか、フィーセリナ嬢は、端整な美貌の目尻を吊り上げ、口をわなわなと震わせて叫びだす。
「いや、そのズボンの股の部分が濡れてるから気になって」
思わず正直に思っていたことを口にだしてしまう俺。
「なっ!……ち、違う、これは違うんだからな、そっ、そんなのじゃない、み、見るな、変態、殺す、殺すぞっ、むっ向こうを向いていろ、くそっ、脚が、こんな植物風情に私がっ、くうっ」
フィーセリナの顔がみるみる真っ赤になると、必死に細い肢体をくねらせて、自分で出したツタを引きちぎって脚を閉じようと奮闘しだす。
しかし、あの一般獣人の規格をさらに上回る怪力を誇る「赤牙」のセスティアをも拘束する縛り草に、非力なエルフが敵うはずも無く、足首を縛られ開脚させられた太股は一向に閉じない。
それどころか、暴れる度に腰が浮き上がり、恥ずかしいシミを広げた部分を余計に突き出す格好となっている始末だ。
「貴様、見るなっ、見るなと言っているだろうがっ、低俗で野蛮なニンゲンめ、覚えていろっ、後でその目を潰してやるからな、くっ」
むちゃくちゃ物騒な事をいいながら、端正に整った顔を歪め、じたばた暴れるフィーセリナ。
しかし、元来持久力のないエルフらしく、やがて疲労困憊したのかツタから逃れるのを諦め、徐々におとなしくなっていく。
「…………はぁ、はぁ」
当然ながら、相変わらず黒いズボンに包まれた両脚は全開で、その股布の部分の恥ずかしいシミは晒された姿勢のままだった。
「あ、あのさ、フィーセリナさん、ちょっといいか?」
俺は、ようやくおとなしくなった彼女に、今後の事について話し合おうと、慎重に声をかける。
しかし、暴れ疲れぐったりと俯いていた森エルフの美女は、俺の問いかけを、その恥ずかしいシミへの詰問と受け取ったのか、ビクッと敏感に震えると息を切らしながらも、まだ小さな声でブツブツ言っている
「はぁはぁはぁ……ち、違う、違うからな、勘違いするなよ、こ、これはそんなのじゃない……はぁはぁ……違うからな、絶対に!」
俺から目線をそらし、何も無い石畳の床を睨みつけ否定し続ける。
これでは、いっこうに埒が明きそうにもない。うーん、どうしたものだろう。ここはフォローをしておいた方がいいだろうか?
今までニンゲン嫌いを隠すこと無く遺憾なく発揮し、殺気満々で襲ってきた恐るべき、かつあまり同情できない相手だが、ここらでお互い妥協しない事にはどうしようもない。
この森エルフを連れて遺跡を出ないと、へたを打つと彼女が魔神復活の生贄になりかねないのは間違いない。
だからと言って、その美しさと同様にプライドの高さで知られるエルフ族の、それもよりもよって傲慢な事でも知られる森エルフが、ニンゲン相手に譲歩してくれるとは思えない。
このままではツタの縛りから開放した途端に、屈辱を受けた報復にまたしても襲い掛かってくる事は簡単に予想できる。
しかたない……ここは俺が折れるべきだな……
「ああ、確かに違うかも、ほら、ここの床ちょっと濡れてたから、それだろう」
俺は直に魔法のせいで濡れたんだろっと真実を言いたくなるのを、ぐっとこらえ、何とも苦しい嘘を搾り出してやる。
「えっ?……あっ! ああ、そうだ、その通りだ……ふん、やっとわかったか、どうせ低俗なニンゲンの事だ、品の無い想像でもしていたのだろう、汚らわしい」
フィーセリナは、俺のセリフに一瞬ぽかんと驚いた表情をするが、すぐにその華奢な細い顎をくいっと持ち上げ、森エルフ特有の我儘で傲慢な冷笑を取り戻す。
だが、その勝気な瞳の奥に、ほっとした安堵の輝きが灯っているのはバレバレだ。
でも指摘するとますます怒るだろうし、黙っておこう。
「ふん、この私が、あんな卑劣な魔法に屈するわけがない」
俺が黙っている事を良い事に、フィーセリナは長く尖った耳先をピクピクさせ、鞣革で補強された胸当てを装備した上半身を張り、そう断言する。
こんな状況で何処からその自信が沸いてくるのだろう。おそるべし森エルフの根拠のない自信過剰。
俺は内心あきれつつも、彼女の扇情的に広げられたスレンダー美脚の付け根で、愛液に濡れ股間に張りつく黒い布地を見ないようにしながら、追従しておく。
「確かに俺もあれは卑怯な魔法だと思う、あんな魔法を使ってすまなかった」
これに関しては、素直に頭を垂れざるを得ない。
俺だって魔法の内容を知っていたら唱えるのを躊躇しただろう。性的絶頂で相手を朦朧とさせる魔法だなんて、英雄譚に歌われる一流の冒険者を目指す人間が唱える魔法じゃない。
こんな魔法の使い手として有名になったら、どんな「通り名」がつけられることか……
もう、二度とあの魔法技術は使わないでおこう、俺は固く心にそう決めていた。
一方、お互いの関係修復のため、下手にでた俺の態度に対し、森エルフの返答は予想を裏切るモノだった。
「ふん、その通りだニンゲン、お前が最初から爆裂草に当たって死んでいれば、こんなことにはならなかった、お前が悪い」
えーと、何だコレ。いや、ある意味、唯我独尊、自己中の森エルフらいしセリフだと言えるかも知れないが、これはないだろ。
唖然とする俺に向けて、さらにフィーセリナは、さも当然の事を言っていると言わんばかりの口調で、すっと通った鼻梁にシワを寄せ、忌々しげに言い捨てる。
「だいたい、ニンゲン如き弱小種族が調子に乗るのがまず間違いだ、この古代上位種ハイエルフの流れをくむ森エルフ族にお前の様なニンゲンがたてつくだなんて、自然の理に反している」
え?何?何なの、この言われよう。
どう考えても今のこの状況で出てくるセリフとは思えない。
今まさに、嫌悪のこもった鋭く視線で睨みつけ罵っている森エルフは、両手をツタに絡まれホールドアップし、両脚も同じく縛られ大開脚している。どう見ても抵抗不可能な無力な姿なのだ。
それに対して俺は、魔剣もとい聖剣ペンス・ドーンを持ち、やる気になれば、彼女の白く細い首をはねる事だって容易な具合だ。いや、間違ってもそんな非道な事はしやしないけど。
あまりの事にポカンとアホ面を晒して驚いている俺を見て、勘違いするフィーセリナはますます調子にのり、彼女が考えるエルフとニンゲンの自然な関係について自説を展開していた。
「だいたいニンゲンのような貧弱で下劣で低能な種族は、高貴なエルフ族の目につかない所でひっそり生きるのが正しい姿だ、そうだな、お前なら小汚い街の片隅で物乞いでもしているべきだな」
だっ、だだだだだ大丈夫、切れてませんよ。
こ、こんな誹謗なんか……ぜっんぜん堪えてないんだからな。
ふふふふ、ニンゲンだってことだけで、今までも何度も理不尽な仕打ちは受けているんだ。
こんな馬鹿げたプライドしかない森エルフの戯言、たいしたモノじゃない。
そう、これくらいで、根に持って怒る俺じゃ…ない…筈だ…
おっ落ち着け、俺。
「何だ、図星か? そうか、お前、おおかた街で物乞いでもしていたが食うに困って冒険者の真似事をはじめたわだな、ふふふ、流石はニンゲン身の程を知らんな」
縛られた姿勢のまま、フィーセリナはその薄い唇をゆがめ、ふんっと小ばかに鼻を鳴らす。
「なっ」
落ち着こうとしていた矢先のそのセリフに、頭の中で怒りというハンマーがカチーンとぶつかり、忍耐という名の壁が粉砕されていく。
さすがに温厚派で鳴らす俺でも、自分の中の密やかな誓いである一流冒険者になる夢をバカにされ、今までに無い静かな怒りが、沸々とわいてくる。
「……そのニンゲンの魔法にやられたのはそっちじゃないかのか、誇り高いエルフ殿?」
俺は、怒りに震え裏返りそうになる声を押し殺しながら、顎をそらし此方を傲然と睨む高飛車な森エルフに現実を告げてやる。
もう今後の為のお互いの関係修復なんて言葉は、頭の中からすっぽり抜け飛んでいた。
「なっ、私がニンゲンの魔法に、はっ、何をバカな事を、バカだ、お前はバカだな……あ、あんな低俗な魔法に、この私がかかるわけがない、訂正しろ、腐れバカニンゲンっ」
大慌てで否定し、逆ギレする森エルフ。
サラサラの濃緑の髪からのぞく大きな尖った耳が、その先端まで怒りで真っ赤になっている。
もっともフィーセリナも、自分が<性的絶頂>の魔法に簡単に篭絡されてしまった事がわかりきっているためなのか、その緑色の瞳は、ろくに俺の目を直視することもできず、視線をあらぬ方向にチラチラとそらしている。
「本当の事だろ、俺の魔法にかかって自爆して、いま縛られてるんだからな」
俺は自分でも驚くほどぶっきりらぼうにそう言い捨てる。
「なっ……あ、あ、あれはだな……ふっ、フリだ、フリ、ニンゲンのお前が必死だったから、かかったフリをしてやっただけだっ」
初対面の時の、あの冷静沈着なクールさをすっかり失い、淡雪のような白い頬を真っ赤に染め、取り乱した口調で何とも苦しい言い訳をまくし立てるフィーセリナ。
きっと、この慌てふためいている方が、彼女の地の性格なのだろう。さしずめ、日頃は孤高の女レンジャーを気取っていたと言うわけだ。
そんな寡黙で冷静な仮面のすっかりはがれたフィーセリナだが、どんな優れた絵描きでも表現できないと評されたエルフ族特有の幻想的で可憐な容貌と、均整の取れたスレンダーな肢体が、損なわれる事は一切無かった。
いや、むしろ、あの高貴な森エルフ族の美女が、ツタに絡め取られ身動きもとれず、華奢な肢体をもじもじと蠢かしながら、唯一自由な声をつかい必死に虚勢を張り続けている……と言うこのシチュエーションは……うーむ、何とも男としての加虐性に微妙な火をつけてくるな。
「ふ、フリなんだからな、本当だぞ……本当に、フリなんだから……」
俺が黙って見つめている事に不気味なものを感じたのか、森エルフの美女の口調は徐々に小さくなっていき、最後に長い睫を揺らして、こちらをチラリと不安げに見上げてくる。
「ど、どうした、何を黙っているの、何とか言えバカニンゲン……おい、聞いているのか、こら」
だが俺は口をへの字にまげ黙たまま、じっと囚われの森エルフを見つめ続ける。
まったく隙のない完璧な造形の華奢な肢体。
細く白い首筋に、小さく綺麗にまとまった顔。
弓形に整った眉と欠点の無い目鼻だちに、淡い桜色の可憐な唇。
そして、上目使いに俺を睨むエメラルドグリーンの澄んだ瞳。
そのどれもが他の種族の女性ではなし得ない、長命ゆえに古い血統をもつエルフ種族が育んできた、完全な美しさの調和を体現していた。
ニンゲンでは決して手にはいらない、エルフだけがもつ可憐で優雅な幻想的なその姿形。
それを先ほどのあれだけバカにしていたニンゲンである俺の手で奪い…そして徹底的に汚し、手折ってやりたい…
そんな完璧な美に対する破壊衝動とも言うべき下劣な欲望が、俺の中から沸き起こってくる。
『わかっているぞ、ファン、お前の考えは』
今まで、『うはははは』と意味なく笑っていたペンス・ドーンが、唐突に俺の手の中で柄の宝石を微かに明滅させ、囁きかけてくる。
その声は、目の前の高嶺の花のエルフを自分のモノにしたい、ぶっちゃけて言うと我慢できそうにないと言う、俺の理性の無さを見透かしている様だった。
『何も恐れる必要は無い、従者ファンよ』
どうせ、セスの時のように「しのごのぬかさず一発ぶちこめっ」って言うんだろ……
『お前の悩みは判っている、エルフのアソコは狭くてきついと噂されているからな、入るかどうか心配なんだろ、だが大丈夫! 俺様とっておきのオリジナル魔法<愛液豊潤>これを唱えればあら不思議みるみる……』
「だあああっ、アンタは、もう黙ってろ!」
俺はそう怒鳴りながら、石床の隙間に刃がかけそうな勢いで魔剣ペンス・ドーンを突き立てる。たくっなんてバカな魔剣だ。
『ぐはあっ、もっ…もうちょっと…丁寧に…扱え…』
直立した剣の柄で宝石がグラグラと揺れ、苦しそうに明滅し震えていた。
ほんとに、なんて奴だ、「悪徳の騎士」の名前は伊達じゃないってわけか。頭の中は女を抱くことしかないのか。
これで、ちょっとは大人しくなってくれればいいんだが。
「ひっ…なっなななな何だ、脅かすなっ……そっ、そそそれに、私に命令するな、こ、こんな脅しでは黙らないからな」
そして、自分の側に両手持ちグレートソード並の大きさのペンス・ドーンを突き立てられた森エルフも、その美貌を蒼白にしながら、口をわなわなと震わせている。
すっかり腰がひけ、エルフ耳がへたっている。物理的な脅しにも弱いらしい。
あのクールで寡黙な冷静沈着な第一印象からは、想像もできないヘタレぶりだ。
姿形は幻想的な美しさだが、中身はけっこう情けない。ある意味なんだか、親近感がわいてくる相手ではあるな。
「今のは、この剣に言ったんだ」
石床に突き立てられた衝撃で、いまだに震えている魔剣ペンス・ドーンを横目で見ながら、そう告げる。
「え?……わっ…私に怒ったじゃないのか?」
フィーセリナは何で謝られたのか解らず、まだ多少血の気の失せた顔でこちらを伺っている。
俺が頷くと、フィーセリナは桜色の唇から安堵の吐息をほっと吐き、すぐさま、目元を吊り上げ、口元に例の皮肉めいた冷笑を形作っていく。
どうやら、謝られた事で自分の方が優位に立ったと思ったらしい。何ともわかりやすい性格だ。
でも、実際は手足を拘束され無力化されたままなわけだから、俺の方が断然優位な立場なのは何も変わっていないんだけど、そこまでは思い至らないのだろうか?
「ふ、ふん、ニンゲンは訳の判らない事をする……まあいい、とにかく、私はニンゲンのお前が余りにも憐れだったから、ハンデをやるつもりで魔法にかかったフリをしてやったんだからな、いいな」
フィーセリナは、魔法云々に大分こだわっている様で、上目使いでそう言いながら、黒いロングスパッツに包まれた脚線美をもじもじと動かしている。
おそらく、はしたなく濡れてしまった股間の部分が気になって仕方がないんだろう。
だが、そんな森エルフの仕草が何とも言えず、俺の欲望を沸き起こさせてくる。俺も人の事は言えないな。
「……ああ、そうだな、フリだ」
俺はそう気の無い返事をしながら、脚をM字に広げられた姿勢でもじもじと動く森エルフ美女の下半身に意識を吸いつけられていた。
「ふん、わかればいい、さあ、わかったなら、この蔦を切るのを手伝え、そうすればお前の無礼な行いは許してやる」
フィーセリナは、俺が頷いた事でさらに安堵と自信を取り戻し気を良くしたのか、自分の股間に注がれる視線に気づく様子もなく、例の冷淡にな微笑を浮かべ、当然解放されたら即お前を撃ち殺してやるっと言う魂胆がみえみえの命令をしてくる。
俺は、フィーセリナの黒いパンツに包まれたしなやかな脚と、その付け根でもぞもぞと居心地悪そうに動いている股間部分に、目をやり、しばらく考える。
そうだな……ここは一つ、ペンス・ドーン流でいってみるべきか?
魔神が復活するのは御免こうむるが、それ以前にこのエルフに撃ち殺されるのはもっとごめんだ。だが、ペンス・ドーンの力を使うのは憎たらしいエルフが相手とはいえどうかとも思うし……
「聞いているのか、バカニンゲン、すぐにこの蔦を切れ、そしたら楽に殺してやる」
一向に動き出さない俺に業を煮やしたのか、森エルフの美女は、自分からツタの絡まった細い足首を揺らして、俺に催促する。
それが、駄目押しだった。
その暴言に俺の中で、何かがプツンと切れる。
「ああ、よーく、わかった」
俺は、フィーセリナの思惑とはまったく異なる意味でそう言うと、おもむろに彼女の広げられた脚の間に屈みこむ。
そして俺は、ドクドクと心臓を高鳴らせながら、そっと指先を伸ばしていた。

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