両生類の「保全」に関する質問(1)

>ハクバサンショウウオの産卵場所である湿地帯から砂利道を挟んだ反対側に、たくさんの個体が見つかりました。以前から、この砂利道を鋪装する話が出ていますが「この道をサンショウウオが利用している」となると大問題です。この件に関して「サンショウウオの移動に、匂い情報が深く関与している」との話がありますが、それに付随する文献など、出ているのでしょうか? また、道路の鋪装工事はサンショウウオに、どんな影響を与えるのでしょうか? (2004年11月20日)

両生類の産卵場所(繁殖水域)への移動に関する文献は、ほとんどが英語で書かれています。以下に、幾つか参考文献を挙げてみます。石居進先生の文献では、他に「カエルの鼻」という本が有名です。

[両生類全般]
・Stoddart, D. M. 1980. The Ecology of Vertebrate Olfaction. Chapman and Hall, London, U.K. (両生類の多くで、移動には匂い情報が重要であることを述べた本)
[カエル類]
・Ishii, S., K. Kubokawa, M. Kikuchi, and H. Nishio. 1995. Orientation of the toad, Bufo japonicus, toward the breeding pond. Zoological Science 12: 475-484. (5%硝酸銀溶液で鼻の粘膜にダメージを与えたヒキガエルでは、ほとんどの個体が繁殖池まで到達できず、その匂い情報は移動ルートや移動エリアに由来するもので、池から由来するものではないことを述べた文献)
[サンショウウオ類]
・Sinsch, U. 1992. Amphibians. Pp. 213-233. In F. Papi (Ed.), Animal Homing. Chapman and Hall, London, U.K. (帰巣性のサンショウウオは、位置情報を知るために、局所的な匂いのパターンを使用することを述べた本)
・Joly, P., and C. Miaud. 1993. How does a newt find its pond? The role of chemical cues in migrating newts (Triturus alpestris). Ethology, Ecology and Evolution 5: 447-455. (アルプスイモリでは、繁殖池の匂いが位置を知るための主な情報源になっていることを述べた文献)
・Deutschlander, M. E., J. B. Phillips, and S. C. Borland. 2000. Magnetic compass orientation in the eastern red-spotted newt, Notophthalmus viridescens: rapid acquisition of the shoreward axis. Copeia 2000: 413-419. (池に向かっているブチイモリでは、地磁気を利用して位置情報を把握していることを述べた文献)

これまでの研究で「両生類の多くは、変態上陸後の移動分散ルートを匂い情報として記憶し、性成熟に達すると、そのルートを逆にたどって繁殖水域に戻る」ということが明らかになりつつあります。ですから、道路の舗装工事で匂い情報が消滅し、繁殖水域に戻れない個体が多数、生ずるものと思われます。道路鋪装の本質的な問題は、道路を維持するために造られる側溝が両生類の移動の障壁となるだけに留まらず、鋪装工事そのものが、両生類の移動の道しるべとなる匂い情報を消してしまうことにあります。従って「ハクバサンショウウオの生息地では、砂利道の鋪装工事そのものをすべきではない」という結論になります。

ここで「そんなのは、ハクバサンショウウオでは調べられていないじゃないか!!」という反論が、必ず出るはずです。でも、そんなことを言っていたら、サンショウウオの保護なんて、全国どこでも出来っこありません。悠長に調べている間にも、この白馬村の天然記念物は、絶滅の道をたどってしまいます。「サンショウウオで最も可能性の高い『移動ルートの匂い情報説』を、無視するわけには行かないだろう」というのが、私の考えです。


>今年の夏、釧路湿原に行って来ました。キタサンショウウオやエゾアカガエルに遭うことを楽しみにしていたのですが、ある場所で気掛かりなものを見てしまいました。それは「油膜」です。湿原に溜まっている水の、表面に浮かんでいました。誰かが「機械油」を流してしまったようで、キラキラと虹色に光っていました。両生類の生息地保全を第一に考えなければならない時代に、こういった心無い方がひとりでもいると、頭が痛いです。 (2004年10月2日)

面白いですねえ。実は1年半くらい前に、これと同様の回答を某掲示板に書き込んだことがあるのですが、皆さん、考えることは一緒のようです。この件に関しては、なにも心配する必要はないと思います。

私がキタサンショウウオの調査をおこなっていた釧路市「大楽毛(おたのしけ)」の湿原でも、夏から秋に掛けて、水表面に「油膜」が浮いていることがありました。初めて見る方は驚かれるのかもしれませんが、これは「機械油」ではありません。湿原などの静水域で、初夏の頃から繁殖する「鉄バクテリア」ではないでしょうか?


>長野県、上松町などが計画している(仮称)木曽川右岸道路(南部ルート)の環境影響評価方法書の調査項目及び調査・予測手法一覧では、両生類・は虫類の調査方法として「調査地域内の沢や水田、水路、溜池などを中心に踏査し、捕獲確認もしくは目撃により生息種を確認します」とあります。また「調査範囲は、計画路線から上下流50m程度とします」とも書かれています。これは、素人目にも充分ではないように思えますが、両生類の専門家としてのご意見をお聞かせ下さい。また両生類は、植物のように移植するなど緩和・代償措置が可能なのかどうか、あわせてお教え下さい。 (2003年5月10日)

両生類では「成体が繁殖する水域=幼生が生育する水域」が重要なことは、言うまでもありません。この点で、環境影響評価方法書にあるように「調査地域内の沢や水田、水路、溜池などを中心に踏査し、捕獲確認もしくは目撃により生息種を確認」することは、両生類では適切な調査方法と言えます。

しかし、春の繁殖期が終了すると、成体は陸に上がり、繁殖水域から遠く離れた普段の生息地に移動・分散します。秋口になると、今度は幼生が変態上陸し、幼体となって生育水域から移動・分散します。そのような種が、少なくありません。従って、両生類にとって繁殖水域・生育水域が重要なことは確かですが、それ以外にも、生息環境としての陸域が重要であることを認識しなければなりません。

この文脈で、確認された生息種の個体それぞれが、繁殖水域・生育水域からどれくらいの距離を移動・分散するのかを、最初に徹底して調べる必要があります。この距離は行動圏と呼ばれるもので、両生類の種によっては10数kmも移動するものがあります。これは極端な例かもしれませんが、一般に、水域から半径500m〜1kmを行動圏とする種が多いようです(Dodd, 1996)。
・Dodd, C. K., Jr. 1996. Use of terrestrial habitats by amphibians in the sandhill uplands of north-central Florida. Alytes 14: 42-52.

そのため、方法書にあるように「調査範囲は、計画路線から上下流50m程度」とすることは「この範囲に両生類の繁殖水域・生育水域が発見できなければ、計画路線の設定が可能」とする考え方に直結するもので、両生類にとっては相当に過小評価された行動圏ということになり、かなり危険な調査方法と言わざるを得ません。従来のアセスでは、計画路線から半径50m程度の、こうした調査が一般的でしたが、このまま範囲を広げないで調査をおこなえば、この計画路線自体が、両生類の生活史や陸域行動圏を無視した、無謀なものとなることは疑いようがありません。

ここで注意すべき点は、生息環境としての陸域を利用する両生類の種のほとんどが、夜行性だという事実です。鳥類などで多用される、ラインセンサス法などの目撃に頼る調査方法では、昼間の調査に意味はありません。かといって、夜間の調査が無理であるとすれば、林床部にある倒木、石、枯れ葉などのカバーの下に隠れている個体を、昼間に探すより他に方法がありません。これには、根気と体力以外に、専門的な知識と経験が必要とされます。個体に小型のテレメータ(発信機)を取り付ける方法もありますが「テレメータの重さが個体の行動を制約していない」と言い切れるだけの保証はなく、その個体本来の移動・分散距離が稼げていない可能性があります。

また、注目すべき種の繁殖水域・生育水域が、計画路線の近辺に数多く発見され、計画路線の変更が物理的に不可能なときは、それぞれの個体群の代替地への移植も視野に入れて、再検討しなければなりません。いわゆる、緩和・代償措置(ミティゲーション)です。その場合、少なくとも5年間は、その地へ根付いたかどうかの追跡調査(モニタリング)が必要となります。このミティゲーションが「両生類で可能なのかどうか」は、難しい問題です。

釧路湿原でキタサンショウウオの代替地への移植がおこなわれたときは、1986年から1990年まで5年間にわたる春の繁殖期のモニタリングで、移植先の人工池に産出された卵嚢対数は、順に0、4、27、16、16でした。現在は、毎春30対前後の卵嚢が産出されているようですが、移植された数(成体オス66匹、成熟卵を持った成体メス150匹、卵嚢2,140対---1対の卵嚢に卵は200個前後)、及び元々の生息地で産出されていた卵嚢対数(1986年の繁殖期に1,036)を考慮すると「ミティゲーションが成功した」とは言えないと思います。これは、とりもなおさず、キタサンショウウオの生息環境や生活史が何も分かっていない状況で、闇雲に移植がおこなわれてしまったことに原因があります(詳細はここ)。

欧米では、本当の意味での両生類の専門家が、こういったミティゲーションに深く関わりを持ち、責任ある適切な処置が施されて、成功する場合がほとんどです(有名なところでは、英国のナタージャックヒキガエルの例: Beebee, 1996)。日本だけが、例外であってはならないはずです。日本でも、早急に、両生類の専門家を育成する必要があるのではないでしょうか?
・Beebee, T. J. C. 1996. Ecology and Conservation of Amphibians. Chapman and Hall, New York, New York, USA.


Copyright 2003-2004 Masato Hasumi, Dr. Sci. All rights reserved.
| Top Page |