ハクバサンショウウオで、繁殖期に典型的な水生型のオスの特徴を示す個体には、広がった頭幅、肋条の鮮明さ、総排出口周辺部の膨らみ、尾ひれの発達が見られます。この水生型のオスが、水域と陸域を行き来する「彷徨行動(wandering behavior)」を示せば、陸上でも観察することは可能です(Hasumi and Iwasawa, 1992)。但し、その場合でも、日中は倒木の下や枯れ葉の中に隠れていることが、ほとんどです。夜中でも、水生型のオスが陸上を歩いている姿をみる機会は、滅多にないと思いますよ。
私たち研究者にとっては当たり前のことなのですが、冬眠前の秋に捕まえた個体の脂肪体が大きいかどうかは、他の季節との比較で論じる必要があります。クロサンショウウオの雌雄で最大の脂肪体が観察されるのは7〜8月の夏の季節ですが、これらは一ヶ月毎に一年間の生殖周期を調べた上で出された結論です。従って、秋に調べた個体だけで脂肪体の大小を論じても意味はないわけです(しかも、この質問の仕方からすると、脂肪体の大きい個体は1匹だけのような気がします)。もしかしたらヒダサンショウウオの夏の個体には、もっと大きな脂肪体が観察される可能性があるのかもしれません。
ウーパールーパーと称される動物は、1985年のTV-CMに登場し、一世を風靡した有尾両生類です。ここまでは、○○さんもご存知でしょう。問題は、次に示す情報です。私の記憶によると、ある有名な政治家が「アホロートル(axolotl)」をペットとして飼っていたのを、ある雑誌が面白半分で紹介したことが、TV-CM登場の「きっかけ」となったようです(その政治家は「内閣総理大臣を務めた福田赳夫さん」という、あやふやな記憶があるのですが、内閣総理大臣という記憶が確かだとすれば、時の内閣総理大臣は竹下登さんなので、はっきりしたことが言えない状況です)。この記事が「エリマキトカゲの後釜を探していた、TV-CM制作者の目に止まった」という話です。
このとき、雑誌に紹介記事を書いた記者が「アホなロートルでは具合が悪かろう」と考え、ウーパールーパーというニックネームを、勝手に付けてしまったわけです(ロートル=老頭児: 年とって頭の働きなどが鈍くなった人)。ウーパールーパーとは、現地語(アステカ語?)で「愛の使者」とかいう意味だそうですが、当然、日本でだけ通用する名称です。
ただ、この記事は20年くらい前に、お昼ご飯を食べに行った店で一回、読んだきりで、コピーを取っておりませんし、記事が掲載されていた雑誌名も分かりません。なにぶんにも、そのときの記憶で答えておりますので、より正確な情報をお求めになりたければ、その雑誌をご自分でお探しになって下さい。
ちなみに、アホロートルとは、3対の外鰓を持ったまま変態せず「幼形成熟=ネオテニー(neoteny)」をする「メキシコサンショウウオ(Ambystoma mexicanum)」のことを言います。「Ambystoma属の中で、幼形成熟をする種の総称」ではありません。また、世の中には、日本に生息するサンショウウオ科のサンショウウオの幼生を「アホロートル」とか「ウーパールーパー」とか、勝手に呼称する人が少なくありません。でも、この呼び方は明らかに間違っています。これらのサンショウウオの場合、幼生は性的に成熟しているわけではありませんから、アホロートルでも何でもなく、単なる「幼生」に過ぎません。
(補足): その後、福田赳夫さんがウーパールーパーに餌をやる映像の存在が確認できた。
これは、エゾサンショウウオのネオテニー(幼形成熟)を作り出そうとする一連の試みの中で「幼生にゴナドトロピンを投与したところ、精巣内に精子が僅かに観察された」というものです。ここで注意していただきたいのは「精子の存在と繁殖可能はイコールではない」という事実です。
このような僅かな精子形成は、基本的に性成熟に達しない子供に見られる現象で、両生類(カエル類・サンショウウオ類)の場合、主に幼体で観察されます。秋口になると、精巣内に僅かながら精子を作り出す幼体の存在が知られていますが、これらの精子は冬眠期間中に消失します。専門用語では「早熟的精子形成(precocious spermatogenesis)」と呼ばれています。これに対し、春の繁殖で使われる成熟精子は、精巣細管(有尾両生類では、精巣小葉)内にあるシスト毎に大量に作り出されます。つまり「精巣内に精子が僅かに存在しても、繁殖には至らない」のが普通です。ちなみに、医学用語の「無精子症」は、精子が全くないことではありません。
一般の方々が、ご質問にあるような情報を正確に解釈するのは困難だとは思いますが、そのために私のような研究者がいるわけですから、今後とも大いに利用していただいて結構です。
それは、冬眠から覚醒した(サンショウウオ)成体の、陸域(地中)から水域への繁殖移動を、降雨が引き起こすからです。考えてもみて下さい。早春の繁殖期は、どちらかというと空気が乾燥しています。その状態で移動するのは、体内から水分が蒸発する危険性が高いわけです。だから、サンショウウオに限らず、繁殖期の両生類は降雨を待って(湿度が高くなってから)移動するのです。それに、雨が降ることで繁殖地にも水が溜まりますから、両生類にとっては願ったり叶ったりなわけです(本当は「これは両生類では常識です」と書いて、済ませてもいいのですが......)。
それは、市販の小さな水槽などの狭い陸域環境(テラリウム)で、サンショウウオの幼体・亜成体・成体をペット的に飼育している方が、圧倒的に多いからです。そして、そのような方が学術論文を読むことはないので、自分の観察から得られた僅かなデータを全体に当てはめてしまう傾向が強いからです。その一方で私は、現時点で利用可能な情報から判断して「幼体・亜成体・成体は共食いをしない」と書いているわけです。これは「アマチュアとプロフェッショナルの違い」と言えるのかもしれません。
飼育下だけでなく、野外でも、幼生の時期は池や水たまり、湖沼などの狭い水域環境に閉じ込められた状態ですから、彼らが落ち葉や枝、石などのカバーの下、或いは泥の中などに隠れていても、互いに接近遭遇して「共食い」が生ずる確率は高いわけです。これに対し、変態上陸後の幼体・亜成体・成体は水域から移動・分散しますから、分散後の陸域環境では互いに出会う確率は極端に低くなります。また、幼体・亜成体・成体の胃内容物を調べた、これまでの研究からも、彼らが「共食いをする」という証拠は何も得られておりません。このような、サンショウウオの幼体・亜成体・成体の生活史を考慮せず、彼らを狭い場所に閉じ込めてしまったら、どうなるでしょう?
彼らは、自分の口よりも小さくて動く物体を「餌」として認識しますから(自分の口よりも大きくて動く物体は「敵」という認識)、狭い場所では、通常では起こらないはずの「餌と間違えて相手に噛み付く」という不測の事態(他の方が「共食い」と表現する行動)が生じてしまうわけです。その場合でも、噛み付かれた個体は身をよじって逃れるのが普通ですが、ペットとして飼育されている個体では、このような野生の本能が失われてしまっているのか、されるがままになっているケースが多いようです。
これと似たような例として、トガリネズミは「共食いをしない」ことが、胃内容物を調べた研究から分かっています(Ohdachi, 1995)。が、複数個体を狭い場所に閉じ込めると、最後の1匹になるまで殺し合い、生き残った1匹は他の個体を食べてしまいます。要するに、サンショウウオでも同様に「狭い場所に閉じ込めて飼育することで、通常では起こらないはずの『共食い』を生じさせてしまっている」と考えられます。
では、どうやったら、このような「共食い」を避けることが出来るのでしょう? これには、私の飼育方法が参考になるかもしれません。以前、湿った土壌を敷き、落ち葉やミズゴケ、木の皮などのカバーで個体が隠れるスペースを充分に取った、一畳分くらいの広さのテラリウムを幾つか用意し、繁殖期が終了して陸に上がったクロサンショウウオの成体を雌雄別々に、それぞれ約100匹ずつ、自然のサイクルに合わせて通年で飼育していたときは、ワラジムシやダンゴムシ、ミミズといった生き餌を供給して、勝手に食べさせていました。が、四六時中観察していても、他の方が書かれるような「共食い」は、一度も経験したことがありませんでした。つまり「ペット的な飼い方さえしなければ、おそらく『共食い』は生じないだろう」ということです。
・Ohdachi, S. 1995. Diets and abundances of three sympatric shrew species in northern Hokkaido. Journal of the Mammalogical Society of Japan 20: 69-83.
調べれば参考文献が幾つか出て来ると思いますが、この記述は私の経験則によるものです。クロサンショウウオの繁殖行動の観察をしていると、水中に滞在している各マーキング個体の「息継ぎ(肺呼吸)」の回数は一時間に一回あるかないかです。成体が陸上にいるときは、頻繁に喉元を膨らましているのが観察されると思いますが、これは「鼻腔を通したガス交換(肺呼吸)」をしているからです。この頻繁な肺呼吸が、成体が水中に滞在しているときは、ほとんどみられないことから「水の中にいる成体の皮膚呼吸の割合が、陸の上にいるときよりも高い」という説明をしたものです。
「エゾサンショウウオの越冬個体は凶暴性が高い」という話は、寡聞にして知りません。この「越冬個体」というのは「越冬幼生」のことですか?
もしそうでしたら、この話は「共食い型(cannibalistic morph)」の幼生そのものを指している可能性があります。共食い型の幼生は頭も口も大きく、他の幼生を共食いして成長します。この共食いの頻度を測定することで得られた数値を、実験者は、凶暴性や攻撃性の指標としているのかもしれません。但し、共食い型の幼生の成長は速いですから、これが年内に変態しないで越冬幼生になる可能性は、極めて低いと思います。
前述のように、越冬幼生は普通、共食い型の形態を示しません。しかし、越冬幼生は体が大きいですから、冬を越した次の年に孵化したばかりの幼生をたくさん共食いすることで成長し、早めに変態上陸します。越冬幼生の共食いは有尾両生類の一種の生存戦略ですが、もしかしたら、これを「凶暴性が高い」と表現しているだけなのかもしれません。
これに対し、凶暴性が高いという「越冬個体」が「冬を越した幼体・亜成体・成体」の何れかを指すのでしたら、事の真偽が定かではなく、私としては回答の仕様がありません。考えただけで、頭がウニになるような話です。