調査地の選定、予備調査、本調査


調査地に関する情報が皆無でも、調査計画を立てざるを得ないときがある。今回のモンゴル国セレンゲ県シャーマルでの調査が、まさにそうであった。

2005年7月16日(土曜日)は、午前8時15分に起床した。前の晩、就寝したのが午前2時頃だから、順調な目覚めと言って良い。午前9時15分から朝食を開始し、その30分後には、今回の共同研究者のひとりであるテルビシさん(モンゴル国立大学の教授で、年齢は53歳)の求めに応じて、私が所有する調査道具の説明をおこなった。それが終わると、午前10時18分からテルビシさんの案内で、調査地の下見と選定に出かけた。ズラ、タイワン、フルッレ、それと私を入れた5名のメンバーであった。

さすがに湿地帯だけあって、調査範囲は結構、広い。見たところ、調査できそうな水たまりは5〜6ケ所あった。しかもカエルが、わんさと居るではないか......。ちょっと歩いただけで、アカガエル(Rana amurensis)、アマガエル(Hyla japonica)ヒキガエル(Bufo raddei)が、あちこちから飛び出して来た。ところが、肝心なキタサンショウウオ(Salamandrella keyserlingii)と言えば、水たまりの周りには隠れ家となる倒木が皆無に近い状態であった。そんなとき、ある1ケ所の水たまりの斜面に、面白いものを見つけた。小動物が掘った地下穴で、ここにサンショウウオが隠れていたのである。しかし、他には、サンショウウオは見つかりそうにない。こんなとき、どんな調査をすべきなのか?

湿地帯全体を面として捉えた、浅くて広い調査をするのか? 或いは点として捉えた、深くて狭い調査をするのか? 調査人員の関係から、どちらかに絞らなければならなかった。また、午後からは予備調査が待っていることもあって、すぐにでも決断を下さなければならなかった。ここでの判断基準は「どちらの調査方法を採用したほうが、面白みがあって、しかも学問への貢献度が高いのか?」という、ただ一点に絞られていた。地下穴を利用して隠れるなんて、これじゃ、まるで北米産の「アンビストーマ科の種(ambystomatids: mole salamanders)」の習性そのものではないか? こう考えると、決断は早かった。確実にキタサンショウウオが見つかる1ケ所の水たまりの周辺で、地下穴に集中して調査をおこなうことにした(1)。

午後2時33分、キャンプ地に戻って昼食を済ませ、予備調査の準備を整えると、また午前中のメンバーでキャンプ地を後にした。午後4時12分であった。まず、選定した調査地にGPSを使用して基準点を作り、池というか、水たまりの大きさの簡単な測量から始めた。池には6ケ所の定点を取って、それぞれにナイロンメッシュトラップを仕掛けた。次に、地下穴の散在する、池の片側斜面およそ170m区間と、その上方30m区間を3ケ所に分け、調査範囲を設定した。これで予備調査は完了である。午後7時8分には、キャンプ地へと戻ることが出来た。

こうして、7月17日〜24日の8日間を本調査に充てることになった。17日からは、テルビシさんの学生であるラウガが、本調査に従事してくれた。但し、当初からの予定だったのかどうか定かではないが、テルビシさんが「仕事がある」とかで、18日の午後から鉄道を使ってウランバートルに帰ってしまった。おいおい、である。まだまだ先は長いのに、彼は、共同研究というものを一体、何だと思っているんだろう? モンゴルでは、これが普通にあるからなあ......。まあ、何はともあれ、今回はラウガが戦力として使えたのが、せめてもの救いかもしれないね。

[脚注]
(1) 実は、国際専門誌に学術論文を載せていない段階で、こういった調査内容を明らかにするのは、結構、辛いものがある。情報を公開した途端に、似たようなアイデアで研究をやり始める輩が出て来るからで、これまでも随分とホロ苦い思いをして来た。そういったアイデアは、学術論文を読んでいれば自然と湧いて来るものだから、なにも他人のアイデアで研究をしなくても良さそうなものである。まあ、私としては、別にアイデアを使われても構わないのだが、それならそうと、謝辞くらいしてくれれば、なにも問題視することもないのだが......。


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