石の森 第 113 号  10 ページ   /2003.1

 リバーシブル

奥野 祐子


おのれを
みつめよ みつめよ みつめよ
でも みつめすぎると
わたしの体には穴があく
その穴から
なまぬるい風が吹いてくる
かぼそい銀のピンセットの先が
そこから突然現れて
わたしの皮をはいでゆく
はいで はいで くるりとはいで丸裸にして
ついにはその皮をひっくり返し
裏側にして また かぶせてしまう
黄色いニンゲンの皮膚の裏には
黒い黒い
こわいウマの毛
猛り狂って
座っていたイスを蹴飛ばし
ノートを引き裂き
鼻息を荒げてウマは走り出す
あたたかい家の外へ
夜の中へ
黒い四つ足の闇そのものになって
古ぼけた酒場の扉を蹴破ると
カウンターにお行儀よく
男たちの首が並んでいる
みんなどこかで見たような顔だが
ためらうことなく
ウマはひづめで首を蹴散らす
転がる首 無造作に
すすけた床に血を滴らせ
その音はなつかしい唄
赤ん坊の時 あんな音であやされたっけ
グラスの並んだ棚にウマは体当たり
かけらが宙を舞い
灯りの中でギラギラ光って
ウマの体に突き刺さる
痛みにますます猛り狂って
酒場の裏木戸をぶち破り
ウマは走る
地図のない夜の闇
死霊のように黒い人影が
ざわめいてびっしりと道に並んでいるのに
ウマはだれともぶつからないまま
嵐のように駆け抜けてしまう
やわらかい皮膚が
裂ける音まで聞こえるような
そんな静けさがほしい!
人影は次第に濃くなり
道の向こうから光が走ってくる
光はまっすぐうなりをあげて
ウマにぶつかり
ウマを跳ね飛ばし
一瞬でウマの脚を折り
頚椎を砕き
数えきれない人影のまん中で
ウマは絶命する  その直後
静けさがやってくる
たしかな足どりで
「ひひっ」とほくそえみながら


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