SiVa
彼女が棲んでいた物置小屋に
限度を知らず増殖した腫瘍のような
梅の枝が覆い被さる
薄闇の隙間から陽が差し込んで
半開きの眼に反射している
近所で夜逃げがあった晩
ドアの張紙一枚で
置いて行かれた彼女は
吠えすぎる という理由で
すでに声帯を切除されていた
その後一週間だけの預かりだったはずが
ひと月になり 三月になり
やがて彼女の後見人も姿を消した
「ファウファウファウファウ」
風の吹く日はいつも
身体中をふいごにした無声音が
ある予兆を告げながら
湧昇流になって木の間を抜け
工場屋根の連なりを越えて
何時間でも逆巻いていた
大阪の片隅の
びろーんとした空に
一定の距離まで近づけば
獲物を捕らえる鎌首のごとく
強靭な脚力でがばっと伸び上がり
誰彼かまわず抱きつくのだ
不意を突かれて後ろざまに転倒した私の
脛に残された
梅の花に似た泥文字
解読できる日はあるのだろうか
充満する線香の煙を抜け
足を下ろす先に
彼女の最後の月経血が
点々と散る
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