梅の城下町 水戸

徳川御三家の一つ、水戸徳川家35万石の城下町。水戸黄門、徳川斉昭そして
江戸幕府最後の将軍徳川慶喜が水戸徳川家から出た。水戸のイメージは三名園
偕楽園の梅林であり、多くの人が早春に思い出し出かけたくなる町。
 関東の都市でも文化と歴史に満ちた町である。しかし、水戸の町には水戸徳川家
35万石の華やかさは残っていない。普通の地方都市である。ちよっぴり不思議な
感じもするが、歴史的には水戸は江戸に近く水戸徳川家は副将軍として江戸屋敷
(現在の東京ドーム付近、後楽園)に常駐しており、水戸城も貧弱だったらしい。
学問が盛んで幕末には勤皇思想の本山だったが、藩内の内部抗争が激しすぎ城下
は燃え、明治を前に有能な人物が死に絶えてしまった。桜田門外の変に名を残すの
み・・・・。
 戦時中には陸軍第二連隊の軍都。大空襲も経験し、水戸の歴史は近世、現代と
激しく流れすぎている気がする。水戸学の本山である藩校弘道館を見学していると
江戸時代にタイムスリップでき、なんだかのんびりした気分になれ、水戸郊外の千波
湖でボートに乗ってのんびりもいい。
 偕楽園の梅林も、幕末の徳川斉昭が軍事食として育てたらしい。やっぱり水戸は
激しいな、と思いつつも梅の香りはいいですね・・・・。早春に訪れたい城下町。
ああ、なんだか納豆も食べたくなった。 

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琵琶湖畔 彦根城

水戸は何年か前に大河ドラマ「徳川慶喜」で盛り上がっていたが、ブームとまではい
かなくて残念でした。幕末・維新モノは時代背景が難しく、徳川慶喜もあまり人気が
ないのかもしれない。様々な見方があるようだけど、慶喜の行動には不可解な点が
多い、と水戸の弘道館(一時、謹慎していた)や京都の二条城(大政奉還の舞台)
で思ってしまう。

独眼竜正宗の旅
『利家とまつ」の旅
後楽園・岡山に立ち寄り

梅の名所 偕楽園

水戸学の総本山 弘道館

弘道館 至善堂

最後の将軍徳川慶喜が謹慎していた
部屋。

大河ドラマ関連ページ

武田信玄の旅

水戸の市街を車で訪れると、なかなか街の地理に慣れない。水戸市街の北には
那珂川、南に千波湖と城下町時代の天然の要害は健在だ。水戸城三の丸の県庁
が郊外に移転したり、駅周辺の再開発も進んでいるので、益々水戸の街は変貌
しそうだ。旧町名の表示があり、歴史散策の整備がされていたり歴史文化を大切
にしている。
 水戸は天下の徳川御三家の街で、偕楽園、弘道館など観光資源にも恵まれて
いるし、なんといっても「水戸黄門」という宣伝部長が日本中を歩いている。大いに
水戸がクローズアップされるといいですね。

旧県庁付近の土塁と空壕

県庁付近の雰囲気が、同じ北関東
の前橋、宇都宮に妙に似ている。
北関東の香り・・・・・。

前橋散策
餃子とカクテル 宇都宮

旧県庁近くのレトロな配水塔

国の有形文化財。昭和初めの
建築らしい。なかなかお洒落な
建物だ。

水戸藩校 弘道館

慶喜、閑居の町

駿河国駿府へ
歴史・物語の舞台を歩く

茨城県水戸市


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