奥州の関門 白河

福島県白河市は東京から185km、東北新幹線で1時間10分の距離に
ある。福島県の南部地域で、8〜9世紀には有名な白河の関が設置され
奥州への玄関口になった。
 最近は、ラーメンの町として東北道方面としては喜多方、栃木の佐野と
ともに売り出している・・・・・横浜家系ラーメンのこってり味に慣れてしまう
白河ラーメンは比較的薄味。

 東北道で適度なドライブを楽しみ、左手に那須連峰を眺めていると白河
インターに着く。大学時代の親友の田舎があったり、羽鳥湖へのスキー
などで何度も白河へドライブしている。
 町は東北地方の典型的な静かな町並みであり、7、8年前には車に積ん
だマウンテン・バイクで走った。大正時代からのかわいい駅舎であるJR
白河駅の裏手には、平成になってから復元された三層の天守がある白河
が見える。寛政の改革を指導した老中松平定信の居城であり、慶応4
(1868年)の戊辰戦争では西軍と会津軍が白河城を巡り激戦をした。
 城下町郊外の南方向には観光名所である南湖公園がある。松平定信が
1801年に造園したもので、李白の詩句「南湖秋水夜無煙」から命名し、
「四民(士農工商)共楽」の考えから身分に関係なく公園を散策できたらし
い。日本で最古の公園。
 街中には城下町に溶け込んだコンパクトな教会があったり、古い商家も
点在している。一度、雪の積もる白河も機会があったら散策してみたい。

 小峰城とも呼ばれる白河城は、幕末の白河城攻防戦で落城し、現在は
忠実に木造建築で天守を復元している。天守に登り驚くことがあった。柱や
床板の数箇所に鉄砲の弾痕が残っているのだ。新築の天守なのに不思議
だったが、解説文よると白河城攻防戦の激戦地であった稲荷山のスギの
古木を建築材に使い、古木に残る無数の弾痕を歴史資料として残したらし
い。城を復元した関係者のアイデアに感服し、大学時代の親友がよく自嘲
していた「白河以北一山百文」と明治以後の白河人の想いを感じた。

 新撰組の沖田総司は白河藩の流れであり、最近、お騒がせタレントの野
村サッチーも白河辺りの出身だったはず。白河のイメージダウンかな。

戊辰戦争に名をとどめる稲荷山

トップのページへ戻る
新選組近藤局長の故郷
歴史・物語の舞台を歩く
城下町会津若松

白河城三層櫓

木材を使い忠実に復元。全国の
城の中でも、とても美しい城だ。
東北地方の伊達(仙台)上杉
(米沢)などの有力外様大名に
対する要になっていた。

会津戦争への初戦となり、戊辰
の役でもトップ・クラスの激戦地。

東京都調布

福島県白河市

会津戦争を歩く

二本松城攻防戦

城下町歩き 二本松
土方歳三の旅 多摩編

白河城攻防戦の激しい舞台になった
城下町方面を臨む。


12月の白河には雪が薄っすらと残っていた。冬の澄み切った天気の中、雪が太陽の
光をまぶしく反射している。白河の城下町は可愛いJRの駅舎と天守閣を眺めるのが
楽しく、東北の厳しい冬の小春日和を楽しみながら、城跡公園の散策を楽しんだ。
 駅の周辺には蕎麦屋が多く、小奇麗なお店で豪華な割り子蕎麦を味わった。そば粉、
醤油、ダシに拘っているという蕎麦は、とても風味が良かった。

とても懐かしい雰囲気の駅舎。こじんまり
としていて停車場の味わいが残る。
いつまでも現役でいてもらいたい駅舎の
一つで、白河を訪れたら立ち寄りたいス
ポット。

トップのページへ戻る
奥州白河城を訪ねる
南湖公園 白河市