釧路湿原に生息するキタサンショウウオで定量的に証明された秋の冬眠移動(Hasumi and Kanda, 2007)は、繁殖水域の近くまで移動して来ているにもかかわらず、水の中には入らないという点で、これまでの報告とは大きく異なっています。両生類が繁殖または越冬のために水の中に入るか入らないかは、気づいている人はそう多くないようですが、生理生態学的に重要な意味を持っています。従って、キタサンショウウオの秋の移動行動は、ナガレタゴガエルの行動とは本質的に異なるものと理解していただければよろしいかと思います。
キタサンショウウオの秋の冬眠移動は、春の繁殖シーズンに逸早く活動できるように繁殖水域の近くまで移動して来てから冬眠する、寒冷地での適応戦略である旨、議論をおこなっています。繁殖水域近辺で秋以降にサンショウウオの個体が何匹か見つかることを「冬眠移動」と称する(お話し的な)報告は昔から幾つか在りますが、それらの個体が他の場所から移動して来たことを証明したものは、これまで皆無でした。移動性のサンショウウオの地表活動(nonmigratory surface activity)を考慮すると、彼らは、そこに留まっているだけなのかもしれません。「移動して来た」と、ちゃんとした審査(peer review)を受けずに勝手な主張をする報告には、困惑させられています。
今回のキタサンショウウオの論文で、キーワードとして何度も述べているのは「繁殖とは関係しない、陸域の冬眠場所へ向けての、秋の移動」です。議論の項を精読していただければ分かると思いますが、サンショウウオ科のカウンターパートである、アンビストーマ科やイモリ科に見られる秋の移動は、繁殖移動そのものです。これらの科の多くの種で、秋に陸域から水域へと移動した雌雄の成体は、冬眠することなく繁殖活動に入ります。これらとの対比で、キタサンショウウオでは「繁殖とは関係しない移動」と言っているわけです。
それは、おそらくチョウセンサンショウウオ(Hynobius leechii)を実験材料にした研究のことですね(下記文献)。この論文では「メスの腹腺から抽出した物質が、オスを誘引しなかった」と述べています。この結果を受けて、彼らは「この物質には、産出時に卵嚢の先端に粘り気を与え、付着物に卵嚢を粘着させる役割りが在る」と、強く示唆しています。
私は、この論文を読んだとき、ちょっとした衝撃を受けました。韓国の科学雑誌のレベルは知りませんが、もし実験が正確に遂行されているのであれば、チョウセンサンショウウオのオスを誘引する物質が、メスの体のどの部分から分泌され、卵嚢に付着するのか、非常に興味があります。ただ、腹腺から抽出した物質の活性が失われてしまった可能性や、実験時の流水による抽出物質の希釈濃度の問題が、依然として残されているようには思います。もしかしたら、彼らが使用した実験装置そのものが、サンショウウオ科の実験系としては成立していないのかもしれません。
クロサンショウウオの雌雄の総排出腔に開口する「腹腺(ventral glands)」は、一種類の分枝管状腺であることが分かっています(Hasumi, 1996; Hasumi et al., 1990)。サンショウウオ科の種で、メスの腹腺から分泌される物質には「産出時に卵嚢に付着して、オスを誘引する作用がある」と、一般的には考えられています。チョウセンサンショウウオの腹腺もクロサンショウウオと同じ構造を持つ可能性が高いと思われますので、もし彼らの実験系が成立しているのであれば、この考えそのものが根底から覆されてしまいます。また、オスの腹腺の役割りが何なのかも、改めて考えてみる必要があります。
・Park, D., and H.-C. Sung. 2006. Male Hynobius leechii (Amphibia: Hynobiidae) discriminate female reproductive states based on chemical cues. Integrative Biosciences 10: 137-143.
それは全くの誤解ですね。サンショウウオの「親による卵の保護(parental care)」というのは、主として「捕食者に対する行動」のことで、○○さんが疑問視する「繁殖期のオス間闘争の有無」とは、全くの別問題です。サンショウウオの親による卵の保護は「胚の生存率を増加させることによって、適応度を高めるために進化したもの」と考えられています(Nussbaum, 1985)。陸上でメスが卵を護るプレトドン科(family Plethodontidae)などでは、卵の乾燥を防ぐ行動も含まれるようですが、水中で体外受精をおこなうオオサンショウウオ科やサンショウウオ科では、ほとんどの場合、卵を餌として狙って来る動物(例えば、魚類など)から卵を護る行動を指します。
・Nussbaum, R. A. 1985. The evolution of parental care in salamanders. Miscellaneous Publications of the Museum of Zoology, University of Michigan 169: 1-50.
以下に、卵嚢重量が100gの場合を例にして、エクセルでSDを算出する方法を示します。
=SQRT(0.001296*(0.002212*LN(100))^2+1.513*10^(-7))*EXP(1.825*LN(100))
マックとウインドウズでキーボードの配列が異なる可能性もありますが、この式でSDは確実に算出できますので、○○さんのほうでも確かめてみて下さい。
=2.3879
どうも質問を勘違いしていたようで、恐縮です。私も「おかしな質問だなあ」と思いつつ、回答していました。
この回帰式が掲載されているオリジナルの論文(Hasumi et al., 1994)をみていただけると分かりますが、ご質問の係数は「誤差伝播の法則(law of propagation of errors: 粟屋, 1991)」に基づいて算出されたものです。また、SDに使用されているこれらの係数と回帰式の係数は、クロサンショウウオの卵嚢の媒精後の日数と重量の有効実測値676セットを、FORTRANで公開されている粟屋(1991)のアナログデータ・ディジタルデータ解析プログラムに入力し、フィッティングを繰り返した結果、出て来た数値です。
ちなみに、○○さんはご存知かも知れませんが、アナログデータ、ディジタルデータは立派な数学用語です。それぞれ、連続の値、とびとびの値(離散形の値)と説明されていますが、そのまま使うことも出来ます。これらの用語を投稿論文で使用した際に、雑誌のエディター(当時)から「そんな用語は見たことも聞いたこともない」と難癖をつけられ、大変な思いをしました。
・粟屋隆. 1991. データ解析: アナログとディジタル(改訂版). 学会出版センター, 東京.
骨組織切片を作製するときは、周りに筋組織が存在すると堅くて切り難いですし、顕微鏡写真にしたときの見栄えも考慮する必要があります(その手の論文を見ていると、写真の段階で筋組織を消しているものがあります)。そのため、趾骨の脱灰(カルシウム分の除去)の前に、固定した肢趾を水酸化カリウム溶液に浸して筋肉を除去します。その過程を省略したようですね。
これは、その道のプロでも難しいと思います。なぜなら、作製した組織切片によっては「endosteum」も「embryonic bone」も見られないことが多々あるからです(ちなみに、後者の日本語訳は私も知りません)。どういった作り方をしているのか分かりませんが、まずは一匹分の趾骨全体を端から端まで観察してみて下さい。その作業を数匹分の骨組織切片で繰り返して、当たりを付けてみるしかないでしょう。また、成長停止線は「endosteum」と「embryonic bone」を除いて数えれば基本的に間違いないのですが、これが一見して分かり難いわけですね。どうしても分からなければ、一番内側のリングと、外側の皮膚に接している部分を除いて数えてみて下さい。
ご存知のように、卵巣から体腔に排卵された多数の卵は、体壁に生えている線毛の運動で、頸の近くにある輸卵管の入り口まで運ばれます。卵の一部が卵管直部に入り始めた段階で、メスの体形に若干の変化が見られますので、ある程度は分かると思います。が、排卵が始まったばかりの個体では、外観からの判断は難しいと思います。卵嚢の形成が完了すれば、メスの体形は完全な水生型へと変化しますから、この場合は誰が見ても「排卵後の個体である」と言えます。
サンショウウオの繁殖期のオスでは、精巣小葉で形成された精子が排精現象で一挙に輸精管へと移動し、そこで精液が造られます。「オスは輸精管に貯えられた精液を何回かに分けて放精し、繁殖に参加する」という仕組みです。この分配の仕組みに関しては「繁殖期のオスの総排出口前端に見られる生殖結節を産出直後の卵嚢に接触させることで放精量を調節している」という可能性が指摘されています(Hasumi, 2001; 羽角, 2002)。但し、生殖結節を持たないサンショウウオ科の流水性の種に関しては、何とも言えません。
・羽角正人. 2002. 生き物の不思議(4). クロサンショウウオの繁殖行動―オスは競争相手がいない!? 遺伝 56(4): 14-17.