[ 湖の住人:01│02│03│04│05│06│07│08│雑感 ]
カートライトからの返信は25日に来た。そして24日付けのその手紙こそが、彼の身に起こった望まざる出来事の、本当の意味での最初の手がかりであった。そこには、彼が昨夜見た一連の長い悪夢を目覚めてからも覚えていたという事が報告されていた。それは確かに恐るべきものであり、前の住人の子どもも同じ夢を見たのではないかと彼は考えていた。
昨夜僕は真夜中頃にベッドに入った。窓は開けたままだったのだが、その時湖面からたくさんの水飛沫の音と騒がしい音が聞こえてくる事に気付いた。おかしな事だ――6時以降は湖面を騒がすような風はほとんど吹かないのだが。すでに僕は夢を見ていて、それらの騒音はその中で起こっていたのだと思う。
僕の夢は玄関から始まった。僕は扉から出て行こうとしていた。誰だか分からない人物にさよならを言っていたような気が――そして扉が閉まるのを見ていた。扉の階段を降り、湖の周りの歩道を横切った。何故だか想像もつかないのだが、僕は止めてあった車を通り過ぎて、ブリチェスターへの道を歩き始めたんだ。僕はブリチェスターへ行こうとしていたのだが、急いではいなかった。何か妙な感じがしていた、誰かが僕をそこまで車で送ってくれるはずだったという――思い出した、これはジョーが先週取ったに違いない道のりだ! 僕には予備のガソリンも全く無かったし、一番近いガソリンスタンドは道を数マイル行った先にあるから、彼はブリチェスターまで歩かなくてはならなかったんだ。
家の建つ空き地から数ヤード進んだところで、僕は道の左側に、木々の間に続いている小径がある事に気が付いた。ブリチェスターへの近道か――自動車道の方は大きく弧を描いているのだから、もし小径がこのもともとの向きのまま続いているのなら、少なくともそうだろう。僕は特に急いではなかったのだが、近道があるのなら来た道を通って必要以上に歩く事はないと考え、その脇道へとそれていった。何故かは誰にも分からないだろうが、僕は少し不快感を感じていた――普通じゃなかったんだ。木々が間近に迫っていて、陽光をほとんど通していなかった。そんな状況が不快な気分をあおっていたのかも知れない。それに、本当に静かだった。僕がゆるんだ石を道の外に蹴り出した時、その音にびっくりしたくらいだ。
50ヤードほど進んだ頃に違いないと思う。この小径の方向へ進み続けたとしても、結局ブリチェスターへは帰れないだろうという事を僕が理解したのは。実際、小径は湖に帰る方向へと弧を描いていた――少なくとも、小径は20ヤードほどの森をはさんで湖岸に沿っていたのだと思う。確認のためにさらにもう数ヤードほど進んでみたが、それは確実に湖の周囲を巡っていた。僕は引き返すために振り向き――少し前方に青い光がゆらめいているのをちらりと見た。何がそんな光を放っているのか分からなかったし、特に近づいてみたくもなかった。時間はまだあったので、僕はこの非合理的な恐怖(普通は決して感じない種類のものだ)を克服して引き続き先へと進み始めた。
小径は少し広がり、そしてそのより広い場所の中央に、長方形の石が一つあった。長さが約7フィート、幅が約2フィートで高さは3フィートぐらいのその石は、何か青い燐光を発する岩石から切り出されたもののようだった。その上にはいくつかの言葉が彫り込まれていたが、摩耗が激しく判読は出来なかった。そしてその文字群の下端には、「トーマス・リー」という名前が荒く彫られていた。僕は、この石が中身の詰まったものなのか否か確信が持てなかった――その側面の上から2インチほどのところを細い溝が走っているのは、それが蓋であるという事を意味しているのかも知れない。もしそれが本当なら注意する事にして、僕は小径をさらに歩き続けた。だが僕のその決意は、今の行為に対する奇妙な正常ではない恐怖とない交ぜになっていた。
20ヤードかそれくらい進んで、僕は背後から何かの音が聞こえたように思った――最初はこもった滑るような、そして歩く足踏みのような音が僕を追ってくる。身震いしながら振り返っても、小径の曲がり角が視線を遮っていた。足音はそんなに早くはならなかった。奇妙な事に誰がその音を立てているのか見たくなかったので、僕は先を急ぎ始めた。
70か80ヤードほどで二番目の場所に着いた。その中央に置かれた光を発する石に気付いた時、盲目的恐怖が僕の中にわき上がった。しかし僕はその石をじっと見つめ続けていた。何かが動く、抑えられた音が聞こえ始めた。そして僕は見た、石の箱の蓋が滑りだし、それを持ち上げるために一本の手がまさぐりながら出て来るのを! なお悪い事に、それは死人の手だった――血の気が無く、骸骨のような、そして考えられないくらい長くて割れた爪の付いた――。僕は逃げようと振り返った。だが非常に密生している木々の間を抜けるのでは、充分素早く逃げる事は不可能だろう。つまづきながら小径を引き返し始め、僕は恐ろしく慎重な足踏みの音が間近に迫るのを聞いていた。そして黄色い爪の付いた手が木の周りに現れ、その幹に手をかけた時、僕は絶望の叫び声をあげ、次の瞬間目が覚めたんだ。
しばらくの間、僕は起き上がってコーヒーでも入れようと考えていた。夢が僕に悪影響を及ぼす等という事は普通は無い――が、この夢は恐ろしいほど現実じみていた。ところが、そのまま目を開いておこうとする前に、僕は再び眠りに落ちていた。
すぐさま別の悪夢の中にいた。僕はちょうど、木々の間から湖岸へと出て来たところだった――だが、自分の意志でではなかった。僕は誰かに連れて来られていた。一度僕の腕をつかんでいる手を見てしまったのだが、その後はじっと真正面を見つめていた。しかしどちらにしろ、その行為も安心を得るには至らなかった。背後から月の光がわずかに射していて、僕が見つめた地面に影を投げかけていたんだ。それは横を見ないという僕の決心をさらに強めた。僕の背後には、僕を捕らえている者達よりも多くの人影があったからだ。しかもそれらの二つは、充分忌まわしいものだった――異常に痩せていて、背が高かった。さらに右側のものには手が一本しか無かった。もう一本は肘の部分で終わっていた。
彼らは僕を、湖の中を見下ろせるところまで押し出した。その夜は、水面の羊歯や湖水が不自然に動いていた。しかし僕は、一体何がそれらを動かしているのか理解できなかった――眼が一つ湖面に伸び上がり、濡れて僕をじっと見つめるまで。他の二つがそれに続いた――そして最悪なのは、それらのどれも顔の中には無かったという事なんだ。それらの背後に胴体が持ち上がってきた時、僕は目をきつく閉じ、助けを求めて金切り声をあげた――誰に対してかは分からないが。だが、誰かがここの家の中にいて、僕を助ける事が出来るという奇妙な考えを持っていたんだ。そして胸の中央に激しい痛みを感じ、全身に拡がっていく痺れが僕を麻痺させていった。すると、湖から上がってくるのを見たこの存在に対していかなる恐れも感じなくなってしまった。その瞬間、再び目が覚めたんだ。
ほとんど夢の残余のように、外の湖からはなおも騒がしい水飛沫の音が聞こえていた。僕の神経は張りつめていたに違いない。何故なら、窓のすぐ下で微かな音がしたのに気付いたと断言できるからだ。僕はベッドから飛び出して窓をさらに大きく押し開け、外が見られるようにした。動くものは何も見えなかった――だがしばらくの間、何かが家並みにそって慌てて逃げていく音を聞いたように思った。扉が静かに閉められる音さえあったかも知れない。けれども確信するまでには至らなかった。確かに月の光が湖面で波打っていた。あたかも何かがたった今沈んでいったかのように。