[ 湖の住人0102030405060708雑感 ]

湖の住人(要約之七)

 私は仕事が忙しくて、11月12日になるまで彼に返信を書く事が出来なかった。そしてその日の朝10時頃、カートライトの考えは全て迷信であり、発見したという書物の類もその証拠でしかないという事を指摘するための手紙を私が書き始めた時、家の電話のベルが鳴った。

「アランか? おぉ神よ、感謝します!」受話器の向こうからヒステリカルな声が聞こえてきた。
「今やっている事を全部放り出して、とにかく君の車に乗るんだ――後生だから早くしてくれ!」

 声の主はカートライトだった。彼は私に、暗くなって逃げ出せなくなる前に、ブリチェスターとの間の道の湖から数マイルのところにある電話ボックスまで来てくれるよう懇願した。私に手紙を書いた後に彼はさらに多くの事を解明し、そしてその事を「奴ら」に知られてしまったと言うのだ。今や「奴ら」は隠れようともしなくなり、彼の車のエンジンを壊し、さらに電話ボックスから電話帳を持ち去ってタクシーも呼べなくしてしまったようだ。一時彼は、奴らもそんなに遠方までは手を出せないだろうと、ブリチェスターまで歩く事も考えたらしい。

「だが、もし奴らがテンプヒルの地下に潜む『墓所に群れなすもの』の助力をもって空間を折り曲げるような事が無くても、ここから数マイルのところにいるあの樹の化け物どもが本当の姿を取り戻しているかも知れない――そいつらに打ち勝つには、二人の意志の力を結合する必要があるんだ。あぁ、頼むから早く車をとばしてくれよ。それとも君は、グラーキを再び湖の底から起き上がらせたいのか? そうなるとあれはおそらく、さらに遠くまで夢をばらまく力を手に入れる事になるぞ。」

 その直後、電話は切れてしまった。しばらく私は電話台の側に突っ立っていたが、警察に連絡してカートライトの狂気を明らかにするのは忍びなかったので、ともかく私はブリチェスターへと急ぐ事にした。

 しかしブリチェスターに近づいた時、私は湖への道筋をすっかり忘れてしまっている事に気付いた。街の人々も私の助けにはならなかった。いや正確には、助けになれるはずなのに助けてはくれなかった。仕方なく私はボールド通りに行き、あの不動産屋に道を教えてもらう事にした。最初不動産屋は私が誰か分からなかったようだ。私がカートライトの友達である事を思い出させて湖への道を尋ねた時、彼は困惑した表情で私に言った。

「それじゃ、暗くなってからあの湖に行くつもりなんですか?」

 この質問は私を激怒させた。もう時間が無い、すでに3時20分になっている。今すぐ行かなくてはならないのだと詰め寄ると、不動産屋は突然湖への道筋を教えてくれた。だがその際の、彼のしゃべり方の普通ではない遅さと四肢のこわばり、ましてや途中で胸の一点を指で触ってたじろぐ様は私に奇妙な不安を植え付けた。けれども私はまだ、彼が何故先程のような質問をしたのかという事を想像するには至らなかった。

 不動産屋のあるボールド通りを出てから数分後、私はマーシィヒルの頂上に来ていた。そこから病院の灰色をした建物の角を曲がって――その道が険しい丘の中腹、葉の無い木々の間に潜り込んでいるのを見て慌てて引き返した。そしてやっとの思いで電話ボックスの見えるカーブへとさしかかった時、その扉が開いてカートライトが駆け出してきた。彼は素早く車へと乗り込んだのだが、今度は私に向かって湖へ行こうと言い出した。困惑しながらも、彼の焦りを見て私はともかく湖の方へと車を走らせ始める。彼はその後もぶつぶつと何か呟いていた。

「――警察に電話しようとしたんだ。だが通じなかった――電話線が切れてしまったに違いない。でもこれは偶然だ、そうに決まっている。奴らの仕業であるはずがない――太陽の下へ出て来る事は絶対出来ないんだ。緑の崩壊――黙示録に書いてあった……出来るだろうか?」

 私はそれらを無視して、カートライトにこの状況に対する説明を求めた。何故夜が来る前に湖から逃げなくてはならないのか? 何が彼を突然怯えさせたのか? 彼は、湖から逃げ出す前に黙示録を回収しなくてはならないのだと主張した。そのままにしておくと、今晩のうちに「奴ら」に奪われてしまうらしい。4時前にはそこに着いて本箱を回収し、暗くなる前にブリチェスターへと戻る事が出来ると彼は言う。しかし湖に関する迷信についての彼の信念を、恐怖へと変えたものは何か? さらなる私の問いかけに、しばらくして彼は答え始めた。

「その一部は夢だったのかも知れない、だがその他は……僕が夢見たものについては、それは今日の午前1時頃の事だった。僕はただ夢うつつなまま――奇妙なものを夢見続けていた。下方に広がる緑藻の間の黒い都市、そこにある水晶の落とし戸の下のあの姿、さらにユゴスやトンドへと還っていく――さらに僕の目を覚まさせるもの。まさにその時、僕は目を半開きにしていた。誰かが僕を見つめているような感じがしたが、まだ誰も見えはしなかった。そのうち僕は、青白い何かが視界のすみに浮かんでいるように見える事に気付き始めた。それは窓の側だと分かった。僕は素早くその方向に振り向き、そして僕をじっと見つめている顔を見た。」
「死人の顔だった。なお悪い事に、それはジョー・バルガーの顔だったんだ。」
カートライトがその続きを話し出したのは、湖へと続く道の最後の行程に我々が差し掛かった頃であった。
「彼は僕を見てはいなかった。彼の目は部屋の別の側にある物へと向けられていた。そこにあった物と言えば、グラーキの黙示録全11巻を収めているあの本箱だけだ。僕は跳び上がり、窓の側へと駆け寄った。だが、彼はすでに恐ろしいぎくしゃくした足取りで退去し始めていた。それにも関わらず僕は充分見る事が出来た。彼の上着は大きく引き裂かれていて、その胸には青黒いあざがあり、そこから紅い経路が放射状に広がっていた。そうしている間に、彼は木々の中へと消えていった。」
私は湖畔の歩道が始まる場所に車を止めた。家に近づく間も、カートライトはまだ私の背後で呟き続けていた。
「奴らは彼をグラーキに捧げたんだ――あの夜の湖のざわめきがそうだったに違いない。だがあれは11時の事で、ジョーが帰ったのは4時頃だった。何という事だ、その間の7時間、奴らは彼をどんな目に遭わせていたのだろうか?」

 我々は家の表側の部屋に入っていった。その片隅には覆いの掛かったキャンバスが置かれていた。それを運び出そうとする私を引き留め、カートライトはその前に見せたい物があると言い出した。彼は窓の反対側に置かれていた本箱から、黙示録の最終巻を取り出した。ジョーが去った後彼はそれら全てを念入りに調べ、偶然第11巻の裏表紙が他の物より膨らんでいる事に気付いたのだと言う。カートライトからそれを受け取り見てみると、そこは隠しポケットになっていて、中には折り畳まれたキャンバスが一つと数枚の写真が入っていた。

「まだそれらを見ないでくれ。」カートライトは私に命令した。
「思い出してくれ、僕は自分の見た悪夢をもとにして、『湖に棲むもの』という題の絵を描いていたよな? こちらのキャンバスがそうだ。さぁ、こっちへ来て、その二つとこれを比べてみてくれ。」

 私が折り畳まれたキャンバスを拡げるのと同時に、彼は自分のキャンバスの覆いを取り去った。二枚のキャンバスと数枚の写真の、その背景はそれぞれ異なっていた。カートライトの絵は荒れ地の真ん中にある黒い歩道に囲まれた湖、私の持つ絵――そこには「トーマス・リー画」と銘記されていた――は半ば溶けかけた悪鬼や多くの脚を持つ忌まわしいもの達等の蠢く姿、そして写真はどれも単に外にある湖の風景だった。だがしかし、それらの焦点はどれも同じ異形なる姿へと合わされていた。そしてそれらの中で私を最も心乱したのは、写真に写った姿であった。

それらの絵と写真の中央にあったものこそ、明らかにグラーキとして知られるものであった。楕円形の身体から、様々な色を持つ金属製の細く尖った棘が無数に突き出ている。楕円形のより丸みを帯びた端に、厚い唇が付いた円形の口を中央に持つスポンジ状の顔があり、そこからは細い茎が三本伸び上がっていて、その先にはそれぞれ黄色い目が付いていた。身体の下部の周囲には、おそらく移動のために使用されるのであろう、多くの白いピラミッド状のものがあった。身体の直径は、最も狭いところでも約10フィートはあるに違いない。

 そのものの全体的な異常さは、私の心を激しく乱した。動揺を隠すために、私はカートライトに対して思いつく限りの反論を試みた。この絵こそが君の悪夢の原型なのではないか? 写真など、最近の特殊撮影技術でいかようにでも作り出せるのでは? だが彼はそれらを退けた。このような写真をわざわざ作ってここに残していく理由が考えられない、そして彼が夢をもとに絵を描いたのはこれらを発見するよりも前だ。彼の見た夢は、グラーキが湖の中から自分の姿を送ってきたものなのだ――なおも答を探し出そうとする私に、彼は車へ引き返そうと言った。時間は午後4時を過ぎている。今日のところは黙示録の入った本箱とその最新の絵だけを持っていけば良いと彼は考えていた。

 そして私は先に車へと引き返し、絵と本箱を持ったカートライトが追いつき後部座席に滑り込むのを見てからイグニッションキーをひねった。

 エンジンからは何の音も聞こえなかった。

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