[ 湖の住人:01│02│03│04│05│06│07│08│雑感 ]
カートライトが地下室から持ち帰った本箱の中には、同じ「グラーキの黙示録」という題を持つ11巻からなる書物が収められていた。それらは古い型のルーズリーフノートで、そのページは古臭い字体の手書き文字で埋められていた。彼はその第一巻をすぐさま読み始め、暗くなった頃にやっと五巻目から顔を上げたらしい。
彼は今度クリスマスにでも訪問した時にそれらの書物を読んでみるよう私にも勧め、その内容は非常に魅力的であると言う。そして手紙の中で、その書物の歴史とその中で語られている幻想的な神話について簡単に紹介している。
この「グラーキの黙示録」はかつて別の場所で、覚え書きを元にして重版された事がある。いやおそらく、海賊版が出版されたと言った方が良いだろう。しかしこちらの方は唯一の完全版だ。この書物をどうにかして複写し、そしてそれを出版するために逃亡した人間は、出版を可能にするためにあえて内容の全てを複写しなかったのだ。あと、この手書きの原版は全くの断片集で、結社の様々な構成員達によって書かれている。ある構成員が書くのを止めると、続いて別の構成員が、おそらく全く異なる主題について書き始めるのだろう。この結社は1800年頃に誕生していて、その構成員はほぼ確実に、この場所に家々を建てるよう命じた者達だ。海賊版が出版されたのは1865年頃だが、その中で頻繁に他の秘密組織について言及されていたために、それらの組織は海賊版の流通経路に注意を払わなければならなかった。その貴重な限定版のほとんどはそれらの組織の構成員の手に渡ってしまい、今では全9巻(対して無削除版は全11巻になる)が全て完全に現存している事はまず無い。
この結社は、不動産屋が僕に話していたような湖の中に棲むものを崇拝している。そのものについては詳細な描写は何も無い。僕に理解できる限りでは、何か「虹色の光沢を放つ生きている金属」として言及されているようだ。だが具体的な絵等は全く見つからないのだ。時々「挿し絵を参照:トーマス・リー画」というような脚注があるのだが、かつてここに挿し絵があったのだとしても剥がされてしまっているに違いない。また、この書物の中には「感覚を持つ棘」についての言及が数多くある。「黙示録」を書いた者達は、これについて非常に詳細に調査し、記述している。それは新たな構成員となる者がグラーキの結社に入信する際に使用されるものであり、かつまたその迷信的な仕方によって「魔女の印」の伝説を説明している。
君も魔女の印については聞いた事があるだろう?――魔女の身体にあるという、切っても出血しない箇所の事だ。マシュー・ホプキンスのような輩がいつもこの印を探し出そうとしていたが、普通成功する事はなかった。もちろん彼らはしばしばグラーキについて等聞いた事も無いような罪無き人々を捕らえてしまい、その場合はその者達が魔女であるという証明を他の手段に頼らなければならなかったのだが。しかし、この結社の者達は確かに本物の魔女の印を持っていたと考えられる。そしてそれは彼らの神グラーキの身体を覆っていると思われる、細く長い棘によってもたらされる。入信の儀式の際、新たな入信者はグラーキが湖の深淵から上がってくる間、その岸に(ある時はそう望んで、またある時はそう望まないにも関わらず)捕まえられている。儀式において、グラーキはその棘の一本を犠牲者の胸に押し込む。そして犠牲者の身体に特殊な液体が注入されてしまうと、棘はグラーキの身体から分離する。もし犠牲者がその身体に液体が注入される前に棘を外す事が出来たなら、少なくとも彼は人間として死んでいく事になるだろう。だがもちろん彼を捕らえている者はそのような事を許さない。その後、すぐに棘の刺さった部分から網目状の経路が全身に拡がっていく。それが終わると棘は犠牲者の身体を離れて落ち、そこにはたとえ何かに一突きされようとも決して出血する事の無い部分が残される。そうなった人間は、グラーキの脳から放射されるおそらく磁力のような思念波によって、ほぼ完全にグラーキの支配下に置かれたまま生き続ける事になる。彼はグラーキの記憶を全て獲得する。あるいは彼はグラーキの一部となったと言っても良い。それにも関わらず、グラーキがその特殊な思念波を放射していない時は、例えば黙示録を書くというような重要でない独自の行動をする事も出来たようだ。このように60年ほど屍生人として過ごした後は、激しすぎる光にさらされた場合に「緑の崩壊」を起こすようになる。
グラーキのこの惑星への実際の到来に関しては、記述の中にいくつかの混乱が見られる。結社としては流星が衝突して湖を形成するまでグラーキは地球に到来していなかったと信じているのだが、それに反して「黙示録」の記述の中には次のような「異端者」の主張について言及されている。彼は例の棘がエジプトのある種の合成ミイラの体内に埋め込まれた状態で見つかる事が多数あるとし、グラーキは以前にも地球に来ている――セベクとカルナックの司祭が知っていた「タフ=クレイトゥールの逆角」によって――と言っている。また、ハイチのゾンビーは太陽光に捕らわれてしまった初期の結社の構成員から得られた恐るべき抽出物の産物であるという示唆もまたある。
入信に際して下僕が得る知識については――そう、「暴かれし48のアクロ文字」についての言及と、「グラーキがそれらをもたらす時、49文字目もまた現れるだろう。」という示唆がある。グラーキは外宇宙の何らかの天体から、ユゴスやシャッガイ、トンド等のような星々に立ち寄りながら宇宙を横断してきたようだ。そしてこの惑星においては、時々「夢引き」という以前に聞いた事のある手段で新しい構成員を結社に引き入れている。しかし今日においては湖は人里から遠く離れてしまったので夢引きの使用には時間がかかる事になり、しかも入信の儀式において得ると言われている生命力無しにはさらなる遠隔地に夢を投影する事が出来ないほどグラーキの力は弱まってしまった。結社員達も日光のもとへ出て行く事は出来ないので、残された唯一の機会は人々が自分からこの家に移り住んでくる事だけなんだ。ちょうど僕のようにね!
いかにして知り得たのか分からないが、この書物に書かれている事はそれだけじゃない。この結社は他にも多くの事を信仰していた。しかしそれらのいくつかはとても信じ難くかつ先例に従わないので、ここに書き連ねたとしてもきっと馬鹿げた話だと感じるだろう。どういうものか、この黙示録の単純な文体の中ではそれらが馬鹿げた話のようには感じない。おそらく絶対的な信仰者達の手によって書かれたからだろう。君はこのクリスマスにでも、これらのいくつかを読んでみるべきだよ。彼らの示唆するものが火山の噴火を引き起こすところを君が想像できればなぁ! そして原子論に関するその脚注、一個の原子の実に詳細な姿を観察する事の出来る顕微鏡を発明した科学者は、いったい何を見る事になるのだろうね! 他にも色々な事が書かれている――「ヴルトゥームは単にその仔に過ぎない」あの種族――吸血鬼の起源――月の夜の側にある黒い都市を歩く、青白い死せるもの達――
だがこんな事を書いていても仕方がない。君はこれら全てを数週間で読む事が出来るだろうから、その頃には私の仄めかしも意味を無くすだろうし。君に約束していた引用については、一節を適当に写し取っておこう。
緑色の太陽Yifneと死せる星Baalbloの周りを回るこの天体トンドには、数多くの恐怖が存在する。我々人間に似たものはほとんど存在せず、支配種族であるyarkdaoさえもその人型の身体に伸縮自在の耳を持っている。彼らは多くの神々を持ち、そして三年と四分の一あるいは1pusltもの間続けられている、Chigの僧侶達の儀式をあえて妨げようとする者は誰もいない。青い金属と黒い石からなる巨大な都市がいくつもトンドの上に造られ、そしてyarkdaoの何人かは生きとし生けるものとは何ら似るところの無い何かが歩く、水晶の都市について話す。我々の惑星上には、トンドを訪れる事の出来る者はほとんどいない。だがドリーム・クリスタライザーの秘密を知る者達は、その地表を安全に歩く事が出来るだろう。クリスタライザーの飢えた守護者が彼らの事を嗅ぎつけなければだが。
実際、この部分が引用として取り上げるのに一番ふさわしいというわけではない――他の部分はもっと曖昧さも少ないのだが、前後の文脈も無いままに君が読んでも、そんなに衝撃が大きくないかも知れないんだ。さぁ、君は本当にクリスマスにはここに来なくてはいけないよ、たとえこの書物を読むためだけだとしても。