宗像大社は、天照大神の三柱の御子神をお祀りし、沖津宮(沖ノ島)・中津宮(宗像・大島)・辺津宮(田島)の三宮からなり、文化財保護法によって国の史跡に指定され、金製指輪(国宝)など数万点にも及ぶ宝物が献上されている。本土にあり最も、地理的に参拝しやすい田島の辺津宮本殿及び拝殿は、重要文化財の建造物に指定され、中津宮本殿は、県の有形文化財(建造物)に指定されている。 十分な広さを持つ駐車場に面した祈願殿(ここでご祈祷の申し込みをする)を横目に見ながら、鳥居をくぐり心学池を跨ぐ太鼓橋を渡る参道をを進み、手を清める手水舎とお祓いを受ける祓舎を越えると神門に至る。この門の中に本殿、拝殿があると身構えてしまうが、思った以上に、簡素な造りで少し拍子抜けしてしまう。見上げるようにお参りするのではなく、同じ目線での参拝でができる親近感がある。 周辺には宗像市の「郷土文化学習交流館海の道 むなかた館」があるだけで周囲には、お土産店は見られない。この施設も世界遺産のPRがメインで、申し訳程度にお土産が置いてある程度。地酒など地域の物産を買い求めようとすると2q先の道の駅まで行く必要があるが、17時には閉店してしまう。閉店直前に訪れたものの、親切な地元の店員さんの対応で地元の銘酒を手に入れることができた。神々がこの地域の人の心を清めているのだろう。
その豊後高田を代表するのがこのボンネットバス。昭和32年製で昭和44年に廃車されて以来35年も間、雨ざらしとなっていたバスが平成21年に福山自動車博物館の手でレストアされた。 エンジンは後継機種のものに載せ替え、部品のないものは手作りで動態車両としては最古のバス。車名・型式は、いすゞBX141。 予約すれば無料で商店街を巡ってくれる。バスもさることながら、バスガイドは大阪のおばちゃん、あるいはそれ以上によくしゃべる。まるで漫才を聞いているようで、迫力あり、押しつけがましく、明るく元気。 バスの発着場の直ぐ近くに昭和ロマン蔵と言う博物館は、昭和の自動車、ボンカレーの看板、白熱灯の街燈、ベータマックスのビデオをはじめとする家電製品、おもちゃが展示されいる。 巨人の星と言うスポコンものの元祖アニメに出てくるちゃぶ台のある居間も忠実に再現されている。ここでちゃぶ台返しと言う表現が生まれた(笑)。 昭和生まれの管理人としては、「うんうん、こんなんあった、あった」と懐かしい気分に浸ります。 商店街はこんな感じです。昭和の面影が色濃く残してており、良くも悪しくも昔のままだが、観光客で結構賑わっているのが普通の商店街とちょっと違う。店先にはブラウン管テレビ、ダイアル式の電話など家電製品が並べらて昭和の雰囲気を盛り上げいている。 レンガ作りの銀行や白壁、縦格子の薬局など伝統的な建築物もそこかしこに見られる。お昼ご飯はその名も「大衆食堂大寅屋」でちゃんぽん定食(ちゃんぽん麺、白ご飯、おでん2品、冷奴、漬物)、600円で昭和の味を堪能できる。 意外なのはいわゆる昭和生まれの世代だけではなく、10代〜30前半の若者も多い。
夜にもなると、ライトアップされ、幻想的な雰囲気が醸し出される。 とりわけ、一遍上人鉄輪(かんなわ)温泉は、古くから湯治を行う温泉と知られ、温泉山永福寺、温泉神社など歴史的景観が残っている。 とは言うものの、近世に入り、温泉が観光化して娯楽の一環として楽しまれるようになって演劇場や海地獄、鬼石坊主地獄、山地獄、かまど地獄などの観光施設も見られる。演劇場はまるで宝塚歌劇団よろしく美人、男前のポスターが飾られているが、入場料1300円と異常に安く見るのは怖いけど、怖いもの見たさも半分。 代表的な温泉として知られるひょうたん温泉はYHからツアーで案内してくれたが、内湯、外湯、露天、蒸し湯(サウナ)、打たせ湯があり、温泉内にヤシの木のもと飲食ができる施設もあり、さながら、テーマパークのよう。 ブラタモリで放映されていたロープウェイ。標高1,375mの鶴見岳まで約10分で上る。別府湾から四国まで望むことができる。 別府ICから県道11号線を湯布院方面に何回か、ヘアピンカーブを過ぎると建物が見えるとそこがロープウェイの駅。 管理人は事前にグーグルマップで調べ、もう少し先に駅があると勘違いして過ぎてしまった。登坂の勾配が急で対向車も多くなかなかUターンすることがなく、大ピンチに陥る。幸い、赤信号で車の往来が止まっているところにGSがあり、Uターンさせてもらいピンチを脱した。給油だと思って出てきてくれた店員さん、すいません。
宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘の地、巌流島は、下関港から船で10分。回りは工場で囲まれて風情がやや物足りなかった感は否めませんでしたが、それでも昔ここで、”臆したか武蔵・・・”、”小次郎敗れたり・・・”なんて歴史があったと思うと感動です。ここの銅像もなかなか、動きがあってよかった。下関港から自転車ごと門司港に渡り、いよいよ門司港レトロ。工場などの撤退が相次ぎ人口が減って寂れたと聞きましたが、今は観光都市として、新たな道を歩んでいる。 門司港駅は1914年(大正3年)の建設で、ネオルネッサンスの様式を備え、駅の中では唯一の重要文化財。かなり古びているが、下手に手を加えるより歴史が感じられる。駅周辺には旧三井商船倶楽部や旧大阪商船の建物もある。 旧門司税関は、一時期、払い下げられ、倉庫として利用されていましたが、門司港を観光名所とする取り組みから再び買い上げられ、修復し、公共の場として活用されています。周辺にはマーケットプレイスが整備され、いい雰囲気なのだが、有名建築家の高層タワーはせっかくの景観を台無しにしている。 そして、鉄道マニアには外せないのが、九州鉄道記念館。 動態保存ではないのは残念だが、なつかしのSLの59や電気機関車が展示されている。車内見学がOKな車両もあります。本館の方には明治時代の列車を復元、列車のヘッドマークや鉄道用具の展示や、昔の駅執務室が再現してあり、マニアには堪らないでしょう。
八女福島は天正15年(1587)筑紫広門により福島城が築かれたのがはじまりで近世は伝統工芸・職人の町として発展してきた。伝統的建築物群保存地区の指定を受けているが、現在、街道沿いに10軒の町屋が残っているだけでやや寂しい。昼間とは言え休日にもかかわらず観光客もまばら。朽ち果てていたり、意匠が大幅に変えられた建物も少なくない。 その中で、一軒、気を吐いていたのが、若いご夫婦が営んでいられる“しおや”と言う町家カフェ。 もとは“塩問屋”だったそうでその名残を店名に残しているそうだ。 ここだけは30分待ちという、満員御礼での状況で、“3種キノコとブラックオリーブのトマトソースパスタ”は絶品だった。
昭和38(1963)年には死者458人となる炭塵爆発事故も起こっている。2015年5月8日にイコモスがこの三池炭鉱をはじめとする「明治日本の産業革命遺産」を世界文化遺産に登録するよう勧告とのニュースが出された翌日、三池炭鉱の宮原坑跡に行ったところ、大阪からわざわざ来ていることが注目され、テレビ局の取材を2本も受ける羽目に。幸い?九州のローカル局だったので、関西では放映されることはないとのことで、ホッしたり、残念だったり。 三池炭鉱万田坑で案内をしてくれた炭鉱OBのガイドさんは「世界遺産の勧告が出たことは喜ばしいこと。 こうした遺構をみて、明治〜昭和期に危険と隣り合わせの中で家族のため、日本のため働いた人がいたことに思いを馳せてほしい。」と説明してくれました。単に古い遺構があるというではなく、こういう人がおられるからこそ、歴史と遺産の価値に重みがあり、多くの人が集まるのだと思う。
この他、町屋カフェ、レストランなど魅力的なお店もたくさんある。 吉田松陰に比べてあまり知られていないが、広瀬淡窓と言う人物が江戸後期に私塾、咸宜園を開いた地であり、生家や塾の建物が残っていて史跡として公開されている。
享保年間(1720年頃)に江戸で人を殺めた禅海が罪ほろばしにと羅漢寺に詣でる人が苦労するのを見て洞門を掘った。ノミと槌だけで掘り進み、30年かかったとされる。現在は、車も通れるようになっているが、昔の人の苦労に思いを馳せる。 今は観光化されすぎてしまっているのがやや残念。 羅漢寺は険しい岩山の中の中腹にある。一体どのようにして建てられたのか、岩肌にめり込むように建てられている。お寺までは、本来なら、歩いて登るべきだが、リフトもある。 山門をくぐると、五百羅漢をはじめ、3770体の石仏があり、様々な表情を見せる。 五百羅漢とは、亡くなったお釈迦様の教えを世に広めようと会した五百人の弟子の事。 国東半島の伊美港からフェリーで20分瀬戸内海に浮かぶコスモスの美しい姫島。 車えびの養殖がさかんな島で人口は2700人と意外と多く、雇用の場が人口定着に重要なことを改めて気づかせられる。 姫島には千人堂、浮州、かねつけ石、逆柳、拍子水、浮田、阿弥陀牡蠣といった七不思議があるのが帰ってからわかった。島の一番東には右のりっぱな姫島灯台がある。
冬は8合目以上が雪に覆われ、登山できないないのが残念。 2003年の初日の出は由布岳のやや右側から、7時10分にに拝むことができた。 金鱗湖は、湯布院の市街地にある美しい湖で、明治17年儒者「毛利空桑(もうりくそう)」がこの地に訪れ、鮒(ふな)の鱗(うろこ)が金色に輝くのをみて「金鱗湖」と名付けたのが呼称の始まりと言われている。 温泉が沸いており、年間を通じてほとんど水温が変わることがないといわれ、寒い日には湖面に湯気が立ち登り、幻想的な雰囲気に包まれる。 向こうに見える建物は洋灯舎(らんぷしゃ)というレストラン。お昼はここがオススメ。 金鱗湖の畔にあるシャガール美術館は20世紀を代表する画家「マルク・シャガール」のリトグラフを中心とした作品を展示している。 彼の作品は見ていると、その鮮やかな色彩感覚には人の暖かさ、やさしさを感じる。湯布院には、こうした私立美術館がたくさんあり、街の雰囲気を格調高いものとしている。しかし、800円は高い。宿や駅に割引券がおいてあるので、利用したい。 1階は洒落た喫茶店になっている。 新潟の明治時代の古民家を移築した山荘旅館無量塔。”むらた”と読む。 山の中にひっそりと建っていてどこか、別荘という印象で、看板もよく見ないとわからないほど、控え目。 中にあるTans barは宿泊客でなくとも利用でき、ロールケーキセットが1050円とやや高いが適度な甘さとリッチな雰囲気が味わえる。 由布院美術館は、すべてのものからの束縛を拒み、自らを解放するために42歳の短い生涯の間に日本全国を放浪して、ひたすら詩と絵をつくり続け、無名のままその生涯を湯布院の地で終えた佐藤渓の作品を展示している。 建築物は、ほとんどが象設計集団の手による木造で、自由に生きた佐藤渓の生涯を感させる十分なもので、長くいても飽きない。 由布院二輪車博物館は、「ヴィンセントHRDTTR」、「ノートンマンクス30M」など世界的に稀少価値の高いバイクのみを展示する。 1910〜70年代の間に製造された名車が揃う。 中に変なおじさんがいてバイクを解説してくれるが、バイクに興味のない人は600円の入場料が「ぼったくり」と思うかも。ライダーは必見!
ばっちゃが”メイちゃ〜ん”なんて呼ぶ声が聞こえてきそう。 川辺には石でつくった小さなトトロが木の枠の上に数え切れないほど並んでいる。地元の小学生が作ったのかな?形はバラバラだったけど、ほのぼのとして、気温は低くても暖かな時間が過ぎていく。 |
旅先での色々な出会いや体験を大切にし、楽しく、明るく、有意義な旅を続けていきたいと考えています。