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株式会社ビルダーストーリー

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鹿児島

  • 開聞岳
薩摩富士とも呼ばれ、円錐状の見事なプロポーションを誇る九州の名峰。
標高924mと比較的低いが、ほぼ海抜0メートルからの登山となるためほぼ3時間ぐらいかかる。麓には駐車場も完備でし、皇太子殿下もお登りになりの登山道も整備されており、安心して登ることができる。
最初は緩やかな傾斜で登りやすい山だなと思っていたら、九合目からは岩場が続き傾斜が急になる。頂上からは絶景と言いたいところだが、あいにくご覧のように頂上付近が雲の中で真っ白。
帰りに五合目付近まで下りてくると、視界が広がり、薩摩半島が一望できる。
頂上から一望できる天候の時に再チャレンジしたい。
  • 桜島
九州といえば、真っ先に桜島と言う人も多いのでは。
桜島から鹿児島へ向かう船からの写真。最も、九州らしい風景のひとつと言える。
周囲55kmあり、結構、距離があり、ショートカットするにはフェリーが便利。鹿児島市内と桜島港が結ばれて15分に一本の割合で運行されている。ここのフェリーでは、うどんの上に薩摩あげがのっている。

ときどき噴火して、火山灰を飛ばすので、バイクの場合、あまりゆっくりといるところではない。
かつては島だったが、1914年(大正3年)の噴火により、大隅半島と陸続きとなった

  • 知覧特攻平和館
太平洋戦争の末期、劣勢に追い込まれた日本は爆薬と片道の燃料だけ積んだ飛行機で敵の軍艦に体当たり攻撃すると言う人類史上例のない戦法(特攻)に出る。
知覧は特攻の最前線基地でここから1036名もの隊員が帰ることのない出撃した。
平和館では特攻隊員が書き残した遺書や手紙が保存、展示されています。多くは二十歳前後の若者でした。「母様、今何も言う事はありません。最期の又、最初の孝行に笑って征きます。泣かずによくやったと仏前にだんごでも備えてください。人形は藤夫と思ってください。・・(中略)・・近所の皆様にも宜しく。母様、藤夫は笑って征きます。元気で。さようなら。」
これらは日本で70年前に現実にあったことです。
二度と戦争を起こしてはならないことはもちろんですが、普通に考えたらおかしいと思うことも、閉鎖社会の中での集団心理により当たり前となる恐ろしさも感じる。
なんだかったと言っても言論の自由があり、ほとんどの人が明日のあることを疑わず、食事の心配もしないで済む今の日本は平和で幸せな時代であることを痛感する。



  • 霧島神宮
霧島神宮は、天照皇大神のご子孫、天饒石国饒石天津日高彦火瓊瓊杵尊を主神として祀っている。神宮を名乗る神社は全国で25で戦前は勅許が必要であった特別な由緒があるところに限られる。霧島山の麓にあり、たびたび火山の噴火により焼失し、現在の社殿は皇正徳5年(1716年)に再建されたもの。
入口の大鳥居をくぐり、5分はかかる階段を上がる。極彩色に塗られた本殿の後ろには高千穂峰山がそびえる厳かな雰囲気が漂う。社殿の右手には神楽殿があり、結婚式も挙げられる。訪れた時も角隠しをした花嫁さんが静々とお出ましされていた。本殿の向かいには、樹齢は約800年、樹高37mの御ご神木の杉が荘厳な佇まいを見せる。

  • 長崎鼻・龍宮神社
長崎鼻は長崎県ではなく鹿児島県薩摩半島の最南端にある岬。
浦島太郎が龍宮城に旅立った場所と言われ、別名、龍宮岬の名前を持つ。
断崖絶壁の上に「豊玉姫」を
祀る石の祠があり、木造の屋根がかけられていたが、たびたび台風の被害にあい昭和31年に鉄筋コンクリート造とされたが、老朽化のため、解体。現在の神社は鹿児島新幹線乗り入れを契機に平成24年に再建された三代目。
ご覧のように龍宮城の形をしている。ここからは薩摩富士と言われる見事なコニーデ型の開聞岳が拝める。あいにく天気が悪く、雲の合間からチラッとしか見えないのが残念。
途中、お土産物屋がたくさん軒を連ねているが、多くは40年も前の店舗で改装もされておらずレトロな雰囲気。でも、これも良く言えば「古き良き昭和」の遺産とも言えなくもない。店の店員さんもそれなりの年の人も多いがまとめて買うとびっくりするぐらい負けてくれる。

  • 屋久島
縄文杉は屋久島のほぼ、真中にあり、周囲を圧倒する迫力を持つ屋久島の親分の杉。神々しさまでも感じる。
説には、樹齢7200年とも言われていたが、最近の科学的研究によると、2170年とされている。
登山口から往復8時間歩く。全行程の2/3はトロッコ道で、残りは登山道で、ややきついところもある。 トロッコはほとんどが廃線になっているが、まだ、材木運搬のため、生きているところもあるので、ひかれないように。ところどころに待避所があるので、トロッコがきたらここまで、ダッシュ!
途中の小杉谷作業所跡は昭和40年代までここで、木材を運ぶためにつくられた作業所はもちろん中学校の跡もしのばれる。
縄文杉までの道のりには、右写真の大王杉などのたくさんの大木があり、飽きない。縄文杉が見つかるまで、屋久島最大の杉で、この名前がついたとのこと。
その他、樹齢2000年のおじいさん杉の翁杉、二つの杉がならんで、手をつないでいるように見える夫婦杉がある。 屋久島では、樹齢1000年以上をヤクスギ、それ未満をコスギと言って区別する。
高温多湿の気候のため、木々には着生と言って他の植物が付着し、生活しているのも屋久島の植物の大きな特徴。 左写真は、ウィルソン株と言って、秀吉が聚楽第を建てるのに切った跡の切り株で、大正時代に調査したウィルソン博士にちなんで名づけられた。この写真は、白髪さんが撮られたもの。
ふと、時間が止まったような錯覚におちる白谷雲水峡。年間1万ミリを超える豊富な雨が清流となって流れる。天然の照葉樹林と苔、シダ、巨石と清流が織りなし、みごとな渓谷をつくりだしている。
天然の日本庭園のようで、日本人の源泉を感じる。初心者向けの30分コースから、上級者向けの2時間30分コースまであり、びびんご杉、奉行杉、弥生杉、三本足杉など、杉もたくさん。 ここも、縄文杉、ヤクスギランドのように、ところどころに、木製の歩道や、デッキがあるが、これは、登山者の便宜を図るものではなく、登山者の踏みつけから、木々の根を守るものであるが、環境保護とは何か考えさせられるものがある。
白谷雲水峡で、絶対忘れてはならないのが、タイコ岩。縄文杉へ行く道の辻峠付近で、分かれる山道を登る。(道標あり。)赤いテープが木の枝にまいてあるので、これをたよりに登るが、ところどころ、わかりにくくなっているので、慎重に! タイコ岩からの絶景は、このまま、空を飛んでしまえるのではないかと思うほど。岩の上には5人ぐらいがお弁当をたべられる。地図にも載っておらず、雲水峡の入り口のおばさんが機嫌のよい時に教えてくれる。雨の日は、滑って危険なので、見合わせるべし。
右の写真の愛子岳は、標高1235mとそんなに高くはないが、周辺に高い山はなく、頂上からは、宮之浦岳から、遠く、種子島まで見わたせる。 小瀬田から登山口まで、やや遠い。登山口からは比較的わかりやすいが、中腹まできて、これを登るのかと思うとため息がでる
。最後の方は絶壁で、高所恐怖症の者には、つらいが、十分それだけの価値はある。
太忠岳は、ヤクスギランドを抜けて、登ることができる屋久島の数ある山々の中では、比較的お手軽。山の頂上には、ごらんのように、ものすごく大きな岩がのっかっている。
この上で、地震に合うと、たぶんペッシャンコ。
モッチョム岳は、太平洋に面してそそり立ち、ひときわめだち、登山意欲をくすぐられる。
標高940mで、低いわりには、登山道の関係で、一旦登ったあと、再びくだって、登るので、結構きつい。途中、万代杉があるが、ここでようやく、4割ぐらいの道のり。 頂上付近は、旧道や、けもの道があり、道にまよいやすい。地図とコンパス必携。
下の写真は、頂上での一瞬の雲の切れ目のものだが、あいにくの天気で、ガスで、ほとんど見えなかったが、晴れていれば、オーシャンビューのはず。 屋久島内陸の山と植生が異なり、頂上付近は、大きな木は生えておらず、岩山になっている。 頂上は、太平洋からの風がすごく、立つととばされそうになり、長くいられない。
左の写真は、千尋の滝(せんびろのたき)は、モッチョム岳の登山道の入り口から歩いて、2、3分のところにある。遠くからしか見られないのは、残念であるが、なかなかの迫力。 モッチョム岳に登るときは、帰りにいくべし。行く前に見ると左の絶壁を見ると登るのがたぶん、いやになる。屋久島の代表格の滝といえる。
右の写真は大川の滝(おおこのたき)は屋久島の他の滝と違い、滝壷のすぐ近くまでいくことができる。西部林道の入り口にあり、車でも容易にいける。
左の写真のトローキの滝は、YHより、車で15分位の有用植物リサーチパ―クのすぐ近くにある。
名前の由来はまぐろが獲れる沖に直接滝が流れ込んでいるので、トロ、オキ→トローキとなったと聞いたが、本当かどうか、かなり、あやしい。
右下の写真の屋久島灯台は、西部林道の途中にあり、周囲は、風光明媚で青空と白い雲に白亜の灯台が映える。
2015年に噴火した口之永良部島も目の前で、海岸は、海亀の産卵地にもなっているらしい。光源1000ワットの3等灯台で光の到達距離は40km。灯台の下はイシダイ、メジナ等が釣れる好釣り場となっている。  

バナースペース

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旅先での色々な出会いや体験を大切にし、楽しく、明るく、有意義な旅を続けていきたいと考えています。