根付ギャラリー  江戸末期〜明治・大正編 
   (Netsuke Gallery)

これまでに研究した根付の一部を展示してみました。
特に記述のない場合は、材質は象牙又は黄楊となります。
サイズは長辺の長さを示しています。
時代分類の考え方は こちら


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正一 玉獅子 3.4cm 19世紀中期 大阪

ある米国人が神戸の骨董屋・播新で1930年頃に購入した根付。
経緯は、こちらで解説

上田令吉によると、正一は
澤木萬次郎と称し、奇峰堂又は奇峰齋と号していた。
神仙、人物、獣、虫、仮面の根付を作製し、明治時代になってからは
実用根付の需要が減退したために、主に観賞・貿易用として、人物や獣などの
根付を作製していた。
弟子に正香、正民がいる。明治24年53歳で没す。

この根付の鑑賞ポイントは、こちらの最後に解説した。

藝術出版社 『美庵(Bien)』 38号、2006年5/6月 掲載

正一 豫譲(よじょう) 3.8cm 19世紀中期 大阪

豫譲は昔の中国の武将で、主君の仇を討とうと何度も挑戦するが
かなわず、形だけ敵の衣服に刀を突き刺し、その後自害したという。
参考として正一の獅子根付と並べてみた。


藝術出版社 『美庵(Bien)』 38号、2006年5/6月 掲載

光定(みつさだ) 獅子印紐根付 3.3cm 江戸時代末期 大阪 

この根付の詳細についてはこちらのコラムをご覧下さい。

参考までに光定と同スクール(同派)の根付師によるものと思われる作品を
対で並べてみた。構図、巻き毛の盛り上がり、クリスプな巻き毛の彫刻、
染めの具合等、同一のスクール作品であることがみてとれる。
土台が瓢箪型なのが面白い。(T氏コレクション)
根付の蒐集は、このように同一の根付師や工房、流派を集中的に
集めてみるのも一興。



正民(まさたみ) 柿を抱える猿(猿蟹合戦) 3.4cm  明治 大阪 鯨歯彫

正民は本名、森部福造と称し、大阪の奇峰堂正一の弟子として根付彫りをした。
正民は、牙彫による猿が最も有名であり、数多くの作品が残されている。
木刻を主とする名古屋の同名の根付師がいるが別人である。

参考までに正民の師匠の正一の獅子根付と並べみた。両者を比べてみると
背中から頭にかけての造形のライン、抱える玉や柿の置き方が非常に
似通っており、師弟関係の影響を強く感じさせるところが面白い。

正民は象牙彫を主とした根付師であるが、これは珍しく鯨の歯を用いている。
鯨歯の特徴は、象牙以上に美しい飴色の光沢が出せるところにあるが、
一方、非常に堅いため彫刻の技術は難しい。


菊川 白髭明神と龍神 直径5.8cm 明治 東京

琵琶湖にある白髭神社(滋賀県高島町)の白髭明神と、同じく琵琶湖を
舞台とした能で有名な『竹生島』の龍神の全く異なる二つの題材を
合わせてひとつの饅頭根付に仕立てたもの。

題材の謎解きは、里文出版「目の眼」2006年6月号に写真とともに
掲載された吉田ゆか里氏(提物屋社長)による意匠の説明を参照。


里文出版「目の眼」2006年6月号 掲載

孝眠(こうみん) 張良と黄石公(饅頭根付) 直径5.1cm  幕末・明治 

孝眠は、『根附の研究』では「一永齋と号し牙刻をなし、中期の人なり」
と記載されている。張良とは前漢の三英雄の一人で、川に流れた沓を拾い、
持ち主である馬上の人物に返したところ、その人物は黄石公と
名乗る老人で、お礼に太公望の兵書を与えたという。


正之(加藤正之) 宗近と神狐(柳左根付) 4.4cm 明治 東京

宗近は平安時代の刀匠。天皇から守り刀を作るよう勅命を受けた宗近は、
神狐(しんこ)の力を借りて名刀を仕上げたという伝説にちなんでいる。
宗近は歌舞伎や能にも演目がある。この柳左根付は前面が宗近、
裏面が宝剣を護持する龍となっており浅草スクールらしい根付となっている。

加藤正之は、谷齋、蓮斎、東谷と並び称される明治期に活躍した
浅草派の名工。東京名工鑑にも掲載されている。当初は医者を目指していたが、
適性に合わないとの理由で根付類の彫刻を始めた。
根付の他に花瓶や置物、煙管筒を製作した。
全く同じデザインの鹿角の柳左が1988年に行われた
クリスティーズにブッシェルコレクションとして出品されている。
その時の落札価格は2,640ポンド(約50万円)だった。

光廣(大阪) 花鳥をモチーフとした饅頭根付と緒締め 
35mm 40mm 12mm、17mm 13mm 6mm  

東谷楳立銀印 搗屋(つきや) 3.7cm 木刻象牙象嵌 明治 東京
(共箱 東谷普随 楳立
朱印

搗屋とは賃をとって玄米から白米に米つきをする人。
搗臼を転がしながら街を回り、頼まれた家の前で拝み搗きをする搗米屋。
古典落語に「搗屋幸兵衛」という演目がある。
 この作品は、両眼や搗臼の米に象牙が象嵌され、緑の染め鹿角
で紐穴が補強されている。さらに、臼の縁や底面の散らばった米(象牙)、
臼の割れ目に補強用に打ち込んだ鉄のかすがい(金属象嵌、2カ所)で
細かい象嵌細工が施されている。
臼の割れは、本物のように見せかけた意匠のひとつである。
搗屋の体、臼、杵、褌などは複合的な寄せ木に見えるが一木である。


                    東谷の略歴に関する事は、こちら

東谷楳立銀印 獅子舞 3.2cm 木刻象嵌 明治 東京
(共箱 東谷普随 楳立
朱印

雪川(せっせん) 奪衣婆(だつえば) 江戸後期〜明治


友親(ともちか) 布袋と唐子 3.7cm 幕末・明治 江戸

『根附の研究』では、「山口竹陽齋と號す、寛政十二年江戸に生る、
松民齋親正の弟にして巣鴨に住す、
兄に其の技を学び専門根付師となれり、
主として牙材を用い手長足長を始め
人物、禽獣、髑髏等の根付を刻る、
彼は多く北斎漫畫風の根付を作り、意匠を主とし
緻密のもの尠し、
其の製作期は主に文政天保頃なりしが明治六年七十六歳を以て歿す、
彼は多くの門人を養成せり。」と記載されている。

友親は当時、小石川區巣鴨駕籠町35番地(現在の文京区本駒込2丁目29番地)
に居住していたことが分かっている。友親二代及び三代がいる。
友親については こちらのコラム も参照していただきたい。


別冊太陽 『印籠と根付』 ロベール・フレッシェル セレクション掲載
『東京名工鑑 -THE TOKYO MEIKO KAGAMI』(平成16年3月発行)表紙掲載
藝術出版社 『美庵(Bien)』 38号、2006年5/6月 掲載

友親 山伏 3.9cm 幕末・明治 江戸

修行中の山伏。江戸の根付師らしい表情をしており、髭まで細かく表現されている。
背中には経本や食器を入れる重たそうな笈(おい)を背負っている。
友親特有の波形のマークに銘が入れられている。


友親 花咲爺 3.6cm 幕末・明治 江戸

白い子犬に”ここ掘れワンワン”と導かれて心優しい正直爺さんが財宝を
掘り当てる場面を題材としたもの。作品の裏面には敷き詰められた
たくさんの大判・小判や銭が彫刻されている。

根付として実用に耐え得る形にするにはいささか難しい題材ではあるが
山口友親は上手に丸まるとしたデザインにおさめており、上手である。
明示的な紐通し穴はなく、爺さんの足を使って提げものを
結わえるものと考えられる。キビキビとした友親の彫銘が確認できる。

花咲爺は、正直を尊ぶ民話であるが、幕末明治頃には多くの根付師に取り上げられた。
例えば、金銀財宝が出てくる臼を燃やした灰を枯れた桜の木にまく場面も有名である。


飛鶴(ひかく) 太鼓上唐子根付 3.4cm
鯨歯 幕末・明治 江戸

太鼓の上で唐子が金具に首を通して遊んでいる可愛らしい構図となっている。
唐子と比較してこのように巨大な太鼓は現実にはありえないのだが、
根付の意匠に仕上げると、特に違和感は感じられない。
底面には大小の紐通し穴があり、彫銘は草書体で美しい。

飛鶴は牙彫の作品を残した根付師であるが、残念ながらその人物
についてほとんど知られていない。
サザビーズのディーラーであるNeil Davey氏はその著書において、
「彼の作品は非常にレアであり、一光齋の一門である」と指摘している。
有名なコレクションでは、わずかに東京国立博物館の郷コレクション及び
スイスのBaurコレクションに2点ずつが収蔵されていることが確認されている。
Meinertzhagenのカードインデックスには類似の作品が記録されている。


保明 大黒 3.0cm 明治・大正期

わずか3cmの大きさであるが、拡大しても表情が豊かで破綻のないことに
驚かされる。象眼細工のテクニックが素晴らしく、金、銀、黒角、珊瑚、
貝が使われている。保明は明治期の根付師で七福神や唐子の根付
を得意とした。象眼を駆使した同種の根付が数多く残されている。


光次(みつつぐ) 面を持つ唐子 2.8cm 幕末・明治 大阪

光次は、有名な大阪の大原光廣の一門。
『根附の研究』では「牙刻をなし、後期の人なり」と記載されている。
大原一門の象牙の仕上げはとても美しいが、この根付を見てもそれが分かる。
唐子を上手に組み合わせて、丸みのあるデザインに仕上げているところが面白い。


無銘 草鞋を履く旅人 4.0cm

男が切り株の上に腰掛けて、草鞋を履こうとしている。
無銘ではあるが、表情や髪の毛、着物が細かく彫刻されており
相当な技術を持った根付師による作品であることが分かる。
使用による擦れはあるもののその他の状態は良い。


無銘 玉を抱える犬 4.2cm

貴玉 相撲 4.6cm

恵比寿と寿老人の相撲である。
貴玉は他にも数多くの相撲根付を後世に残している。


重正 鹿の上の寿老人 4.7cm 明治 大阪

重正 雪だるま 4.2cm 明治 大阪

重正 雪だるま 3.8cm 明治 大阪

龍珎(りゅうちん) 鬼と隠れる河童 4.3cm 19世紀 江戸

無銘(友親派) 扇子を持つ男と子供 3.7cm  18-19世紀

無銘の作品であるが、意匠や大きさ、人物の表情、染めのテクニック
などから友親又は友親一門の作品であると想像される。

無銘 座る布袋 3.6cm

龍珪(りゅうけい) 石臼をこねる男 2.7cm 19世紀

男が薬研のようなたらいに入れた石臼と丸い石で何かをすり潰している。
江戸に住した龍珪は何代かいるが、マイナーツハーゲンのカードインデックスには
このように小ぶりの象牙根付を製作した2代目のことが記録されている。
3cm弱の比較的小さな根付であるのに、写真で拡大しても、手作業に
没頭する筋肉質の男の力強さが伝わってくる。
全体的に角のないフォルムとサイズから推測して、おそらく印籠に
付けるために製作された根付であると思われる。


光正 鯛車で遊ぶ童 3.5cm 明治・大正 東京

蒔絵師との合作により着色に金蒔絵を施した根付
ある米国人が神戸の骨董屋・播新で1930年頃に購入した根付


正直(伊勢) 搗き屋 4.7cm 黄楊

利一 横たわる馬 3.8cm

直正(なおまさ) いぼ蛙 4.9cm 20世紀初期 伊勢

『根附の研究』では「山本安平と称し明治四十一年七月二十日伊勢山田市
に生まれ吹上町に於いて荒物商を営む、三代正直の門に入り主として
動物及び人物根付を作る。朝熊山の黄楊木を愛用せり」と記載されている


森川杜園 狂言人形 5.5cm

森川杜園は文政3年(1820年)に奈良井上町で生まれる。17歳の時に狂言師に
弟子入りし狂言を学びつつ、18歳の時より彫刻を学び始める。明治10年の
第1回勧業博覧会に作品を出品し、鳳凰賞(三等賞)を受け、宮内省の御用品となる。
その後、帝室博物館の命により奈良の古彫刻を模造した。


玉珪 紙縒を持つ人物 3.5cm 19世紀 江戸 櫻刻

象牙による銘板、染角による紐通し穴の補強がある。玉珪は、上田令吉の
『根附の研究』には「木刻を以て人物獣蟲を作る、天明寛政頃の人なり」と記載されている。
龍珪や法珪と同派で木刻のみを行った。同派の根付師が明治になっても同名で同じ
スタイルの根付を製作していたとする説もある。着物を脱いで紙縒でクシャミを
する一瞬の姿を捉えた根付だが、江戸時代にはクシャミをする健康法があったといわれる。


玉珪 石持ち 3.5cm 19世紀 江戸 櫻刻

これは、ある米国人が神戸の骨董屋・播新で1930年頃に購入した根付

森玄黄斎(もりげんこうさい) 小柄 双虎 象牙 幕末(慶応戊辰(1868年))

森玄黄斎は、文化4年(1807)に埼玉県秩父郡荒川村に生まれ、
幼い頃から彫刻が巧みで、細密彫刻を施した印籠や根付を製作した。
『印籠譜』の著者としても著名である。
玄黄斎はユニークな虎の図柄の根付が海外で有名であり、入手困難。
2001年のサザビーズのオークションでは、親子虎根付が8千ポンド(約160万円)
で落札された。本小柄は玄黄斎62歳の時の作品であることが彫銘等から分かる。

真敬齋 風景 4.0cm 江戸後期(天保〜慶應)

真敬齋は、『根附の研究』では「木刻及び牙刻をなし多く人物を作る、
天保慶應頃の人なり」と記載。、岩と石垣の上に家が建てられていて、
17人の人が集まっている。松の木が生い茂っていて屋根を覆っている。
真敬齋による風景根付は有名で、カール・シュヴァルツ著「根付の題材」
里文出版、p.109)にも同じ真敬齋の風景根付が掲載されている。


雲橋 風景 3.9cm 19世紀中期

”雲橋安季作 万延元年申八月”と彫刻年(1860年)が分かる。
『根附の研究』では「木刻を主とす、天保頃の人なり」と記載されている。

有名な京都の根付師・かげ景利(かげとし)の作品ほどには細密ではないものの
素朴で丁寧に作られている。



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