胎内幻想
旅館というものに泊まったことがないくせに
どこかの旅館の廊下を
ひたすら歩いている夢を
かつてはよくみた
灯火も窓もなく
等間隔にある白い襖だけが浮かび上がり
そこを開けてみると
静かな声の小姓が
ここはあなたの部屋でない、と言う
隣の襖もためしてみると
また似たような小姓が出てきて
ここもあなたの部屋でない、と言う
天井は高く
蜂の巣のような燈籠がぶら下がっているのに
やはり灯がともっていない
襖の向こう側から人気はなく
廊下が闇に向かってのびていき
歩いていくうちに
襖が消えては現れる
押し入れの中のような匂いがし
ひたすら歩いていた
もう今はそんな夢もみなくなった
記憶は
本人すら預かり知らぬところへ戻っていく
抜け出した、のではなく
まだ廊下は続いているのにみえなくなっていく
早くあの旅館へ帰りたい
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