江戸時代の商家が軒を連ねる富田林市寺内町(じないまち)。 その中心部を南北に結ぶ延長約400メートルの城之門筋(じょうのもんすじ)は8月10日の「道の日」を記念した「日本の道百選」に選ばれました。(昭和61年、1986年)

城之門筋の名前の由来は、豊臣秀吉が築城した桃山城の門が、寺内町の中心にある興正寺別院の山門として移築された(遺構)ことにちなみます。現在の道路
(市道6号線)は石畳が整備され、通り沿いの電柱や電線はほとんどが目立たない位置まで移設されており、すっきりとした往時の景観を偲ぶことができます。また、夜間は通りが街路(路面)灯でライトアップもされています。

尚、大阪府下では城之門筋のほか御堂筋
(大阪市)フェ二ックス通り (堺市)が日本の道百選に選ばれています。

(参考) 日本の道100選 (一覧)
     『花と歴史のハイキング2004』 案内チラシ (近畿日本鉄道・南海電鉄主催)
     じないまち散策地図


写真提供: 富田林市教育委員会文化財保護課
 (無断転写禁止)


日本の道百選 顕彰碑


中井家住宅 (西林町)


富山町から南方向(御坊方面)

木口家住宅 (東林町)


興正寺別院と日本の道百選・顕彰碑 


(本)奥谷家住宅 (右手)


田守家住宅 (左手)と杉田家住宅母屋 (右手)


ライトアップ


休日にスケッチをされるご訪問者(田守家住宅土蔵) 


佐藤家住宅土蔵


興正寺別院(富田林御坊)


平成の大修理を終えた妙慶寺本堂


あてまげのみち (右手は用心堀、暗渠)
    


杉田家住宅と「あてまげのみち」石標

用心堀に架かる岩永橋 (富山町)


(本)奥谷家住宅 (壱里山町)
あてまげ(当て曲げ)の道

富田林・寺内町は、戦国時代の自治・自衛都市の町割を現在もそのまま残しており、当時の城下町にも見られたように、直交する2つの道路 (南北が筋、東西が町)をわずかにずらすことで、遠方がまっすぐに見通せない構造になっています。

北会所町

林町

城之門燈路
(2004年10月10日)

「寺内町をまもりそだてる会」発足10周年記念行事として、2004年10月10日(日)・11日(祝)の2日間「じないまちフェスタ 」が開催されました。10日夜には城之門筋に沿って住民手作りの行灯を並べることになり、地元住民126人が富田林小学校講堂に集まり、富田林市立第一中学校 林先生のご指導のもとで製作し、それぞれの思いを込めて絵柄を描きました。

日本の道百選のひとつ「城之門筋」に沿って並べられた約300基の行灯に午後6時、一斉点火されると、街路灯や民家のの明かりは消えて、通りを挟む江戸時代からの町家が闇の中に幻想的に照らし出されました。前日の朝日新聞(地元版)などでイベントを知って、城之門筋は訪れた人通りが途絶えることなく、行灯のほのかな明かりに見入っていました。



城之門燈路(10日午後6時から9時まで灯火されました。)

城之門筋燈路

城之門燈路 (地元住民が作った約300基の行灯)

城之門燈路 (多くの来訪者で賑わいました。)

城之門燈路 (地元町並み保存会発足10周年記念行事)

城之門燈路

城之門燈路 (奥谷家本家住宅)

城之門燈路 (思い思いの絵柄が描かれました。)

城之門燈路 (興正寺別院 鼓楼)
歴史的町並みの表情を町割毎に纏めてみましたのでご覧下さい。(北から南に向かって、壱里山町から林町まで順番に並べています。)
壱里山町 富山町  北会所町  南会所町  堺町 (堺筋) 御坊町 林町


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