北極亭日乗


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平成十五年二月



   

平成十五年二月二十八日(金曜)晴

 昼過ぎ、五日ばかりの湯治旅を終えて戻りぬ。日に三度湯に浸かり、酒を喰らっての大名暮らしなれど、気の晴れぬはさてはて難儀なる事にてはある。「我が友なれば」とてテレビばかり見おる女房につられ見れば、「北朝鮮、対艦ミサイル発射」「新幹線運転士、居眠り運転」「拓銀元頭取ら三人に無罪判決」等々、世の中如何になりおるやと慨嘆するばかりにて、鬱々として気晴れること無し。春に向けて鋭気を養わんとて出掛けたる湯治なりしに、効果皆無なり。今なお疲労感残りて何をするも億劫に思われ消沈の体。またまた三合ばかり呑みて疲れたれば、今宵も早々に床に入らんと思ふ。

 明日より弥生三月。ほんわかとして心温まり、心癒さるる出来事の多きを願ふも、イラク情勢の逼迫を考えるに悲観の虫またぞろ蠢きおりぬ。……もう寝るがよしか。



   

平成十五年二月十八日(火曜)雪

 今日十八日午前九時五十五分ごろ、韓国大邱(テグ)市の地下鉄「中央路」駅構内で地下鉄放火事件発生す。未確認ながら犠牲者の数百二十人を超す模様にて、一大惨事なり。
 同駅に停車しおりたる六両編成の電車が、五十六歳の男にシンナーを撒かれて放火され炎上。駅構内が停電となりたるため反対ホームに入り来る電車も自動停車、瞬く間に火燃え移りて上下線の電車十二両が焼けたると謂ふ。放火せる男、脳卒中で倒れし後、半身麻痺などの障害を背負いたるは医療過誤によるものと病院・医師を逆恨み、「病院に放火してやる」と言いおりしとか。愚かなり。
 嘆かわしき事なれど、経済の閉塞衰退状況に起因せるものか巷に犯罪多発し、人心の荒廃ここに極まれリの感ある日本にても起こり得ることなれば、地下鉄防災設備を点検し日々の危機管理を徹底せしむるが肝要。悲しき限りなり。

 十三日開かれたる道警生活安全特別捜査隊元警部・稲葉圭昭被告の第三回公判において、五件の銃偽装摘発を証言せり。銃器摘発の実績を上げんがため、捜査協力者から銃器を入手したる上でコインロッカーなどに隠したる後、見つけ出す摘発の偽装を繰り返した由。しかもこの偽装、上司の指示によりて行われたるを知りて呆れ果つ。
 稲葉被告の証言につき、道警監察官室は「証言の具体的内容を承知せぬ故、現段階にてはノーコメント」と云ふ。警察署上層部が関わりおるを知りて慌てふためき、声も出ぬが如くにして情け無し。「内容を承知せぬ」とは如何なることぞ。昨年末、稲葉被告関与の事件につき道警本部長ら幹部十三人の処分を発表して捜査終結を宣言しおるにもかかわらず、何たる体たらく。稲葉・元警部逮捕の後、徹底的な内部調査は為されなんだと思わざるを得ず。警察の隠蔽体質、未だ改善の兆し無し。検挙率低下の一因にてもあり。

 十二日、青森地裁にて弘前・武富士放火殺人事件(2001年5月8日午前)の判決公判あり。裁判長、未必的な殺意を認定して小林光弘被告に死刑の判決を下したり。
 被告弁護人は「殺意無し」を主張せるも、ガソリン混合油を撒いて点火せば狭き店舗内は一瞬にして火の海と化すは必定、人間が死亡する可能性極めて大と考えるが一般常識なり。「殺意無し」とは到底考えられず、素人目にも「未必的な殺意はあった」と思わる。また、死刑罰が認められおる限り、五人焼死、四人重軽傷の惨事となりたる当事件においては死刑判決も已む無しと考ふ。遺族にとりては「死刑は当然」の思い強からん。



   

平成十五年二月十一日(火曜)曇

 雪まつり終わりたり。今年も見物せざりき。子幼き頃は毎年出掛けおりしに、雑踏好まず、足元悪しとて敬遠し始めてより三十余年と相成りしか。友は孫を連れ行くと言うも、われに孫無し。我見物せねど早五十四回目を数へ、まつり益々盛況にして、観客二百二十三万人超と謂ふ。テレビに映りしフィナーレ式典の模様を見るに、なるほど人出多し。
 幾日もかけて作りたる雪像も、明日朝には壊さるるを思えば名残惜し。来年は出掛けて……。思いかけて苦笑す。

 本日「建国記念の日」。例年の如く、反対派奉祝派入り乱れての集会目白押しにて、喧しきことなり。二月十一日が戦前の「紀元節」の日取りであるを考ふれば、制定時(昭和四十一年四月)政府の思惑なへんに在るやは一目瞭然。何をもって「建国」となすか、万人揃って了解し得る回答望むべくも無ければ、皆々それぞれに「国民の祝日」を祝うが良し。
 天皇さんの存在せぬ頃から日本の歴史は始まりおりぬ。初代天皇神武が辛酉年春正月一日に即位せりと記す『日本書紀』の記述に基づき、明治政府が太陽暦に換算して二月十一日と定めたる「紀元節」なれば、歴史的、科学的根拠皆無なることだけは各人確かに銘記すべし。

 道内菓子・パン類の老舗「ニシムラ」六日までに自己破産を申請したるを聞く。道内菓子業界を見るに、一店舗のみにて製造販売をなすところ多く、大手にても新興企業勢力の台頭著しく、更に道外企業の進出参入も活発なり。この状況下、体力無き企業は老舗と謂えど生き残り難し。残念なるはケーキの供給を受け、聴覚障害のお嬢さん方が接客販売しておりたる「リリーの店」の閉店なり。障害者雇用の良き見本なりしに、返す返すも無念、残念。他店の支援による再開を期待す。

 第七回木山捷平文学賞(岡山県笠岡市など主催)に小檜山博氏の小説「光る大雪」。小檜山氏、かつて「光る女」で泉鏡花賞を受賞せしが、今回受賞作にも「光る」の文字。この符合意味ありや、意味無しや。

 氏名=ニシ タマオ、住所=横浜市西区西平沼町帷子川護岸、本籍地=ベーリング海、性別=オス、生年月日=不詳。
 何の事かと思わば、昨年八月多摩川に出現せるアゴヒゲアザラシ「タマちゃん」に横浜市が発行せし「住民票」と、新聞報道。区はタマちゃんを「西区まちのセールス大使」に任命することも決定済みとかや。彼にとりて「アリガタキコト」なるか、はたまた「アリガタメイワクナコト」なるか。人間どもの為すこと不可解とて、首を傾げおるも面白し。

 落札予想額一万−二万円とされ、その後、オランダ・ゴッホ美術館の鑑定によりゴッホの真正作と判明したる洋画家・故中川一政氏のコレクションの一点「農婦」。八日、東京・銀座にて開かれたる競売会に出品され、六千六百万円にて落札されたる由。落札主は建材会社社長が経営するウッドワン美術館(広島県吉和村)。新聞見出しに「『隠れ』ゴッホ6600万円」とあり。
 中川画伯生前語りたるといふ。「真贋などはどうでもいい。一目見て胸を打つものがあるかどうかだ」と。その眼力恐るべし。



 

 

平成十五年二月三日(月曜)晴

 この三、四日は降ったり止んだりの日々にて、雪掻きの回数多く疲労困憊しおりたる折も折、一日深夜、米シャトル「コロンビア号」空中分解の報ありて驚愕、自失。日乗に記す気力もなく酒食らいて床に就きたり。明けて昨二日も鬱々として楽しまず、雪の舞い落ちるを眺め暮らしぬ。
 今朝は早々に目覚め、何やら気分も良ければ玄関前の雪を掻きたり。久々に晴れて、少しの間なるも青空を見たるはうれし。家猫二匹、丸まりて窓辺にまどろみ居たり。街中を往来する人の数、今日は心なしか多く見えて春遠からじを思ふ。

 今日は節分とて、銭湯より帰りて豆撒きをなす。外に向かいての「鬼は外」は小声となるも、「福は内」の声大きく、殻入りの落花生をば投げ撒きたり。小声の「鬼は外」なれば、鬼払いの首尾は今ひとつか。一同、太巻きを頬張りて無病息災を祈る。「とにかく先ずは邪気祓い」とて一献傾けたり。

 【ワシントン=村山知博】帰還直前だった米スペースシトル・コロンビアが、米東部時間1日午前9時ごろ(日本時間同日午後11時ごろ)、地上との交信を絶った。米航空宇宙局(NASA)は墜落を確認、何らかのトラブルで空中分解し、乗組員7人全員G死亡した可能性が強い。米政府は「テロの情報はない」としている。シャトルは113回目の打ち上げで、死亡事故はこれまで86年1月のチャレンジャーの爆発(7人死亡)だけ。コロンビアは28回目の飛行だった。
                                 (03.2.2付 朝日新聞・1面前文)

 コロンビア、ディスカバリー、アトランティス、エンデバーのシャトル四機は、それぞれ十二−二十四年前にNASAに納入されたるものにして、今回事故に遭いたるコロンビアは最古参なり。一九六〇年代に設計開始、八一年に初飛行したるものと聞かば、定期的に改修しおるとは謂えもはやポンコツ、老朽化著しき代物。後継機開発予算を削減せし報いか。人命に関わる機械に金を惜しむは愚の骨頂なれど、人命を奪う戦に金を浪費する国の為せる業と思わば、さもありなんか。
 設備しおる緊急脱出装置は高度九千メートル以下、時速五百五十五キロ以下が条件にて、高度六十三キロ、時速二万二千キロの今回の状況にては避難不可能と言ふ。ただただ乗組員七人の冥福を祈るのみ。