ウィーン少年合唱団プログラムA “ぼくたちの地球 そして未来へ”
                     令和7(2025)年5月31日(土)  ザ・シンフォニーホール

   ウィーン少年合唱団は、昭和30(1955)年に初来日して以来、70年にわたって定期的に来日し、日本全国で演奏してきました。これによって、数世代にわたる音楽ファンを育て、将来的な音楽家、教育者、合唱指導者などの育成に貢献し、地方都市を含む全国規模でのクラシック普及の一翼を担ったという歴史的・構造的な功績があります。このように、ウィーン少年合唱団は、日本の青少年にとってクラシック音楽への「やさしく美しい入り口」であり、未来の音楽家や音楽愛好家を育てる重要な土壌を耕してきた存在と言えます。

 さて、今年のプログラムA「ぼくたちの地球 そして未来へ」は、前半が世界各国の子どもの歌を中心にし、後半が動物をテーマにした音楽を採り上げるという構成で、クラシックのコンサートというよりは、少年合唱によるエンターテインメント作品を鑑賞していたという想いが残りました。事実、このプログラムでは、自然や未来への希望をテーマに、多彩な楽曲が演奏されました。その中には、どちらかというと鳴き声による描写音楽のような作品や小道具に目が向きがちな作品もありました。その中では、とりわけ中山晋平の「ゴンドラの唄」が印象に残ります。これは、これまでの来日で採り上げられたことのない日本歌曲ではないでしょうか。しかもそれが、2人、3人、4人と人数が増えて、斉唱でもハミングの合唱が入り、深められていくところに、面白さを感じました。このように、今回のプログラムAは、クラシックから日本の名曲、映画音楽まで幅広い選曲が特徴と言えましょう。こういう視点で観ると、最初舞台いっぱいに広がって歌ったことや、バイオリンやパーカッション等の楽器等が多用されたことが、とても小さなことのように感じられます。

 カペルマイスターのマヌエル・フーバー先生は、来日にあたってかなり日本語を学んでこられたようで、そこはかとないユーモアのセンスと共に、時代の変化に対応できる音楽の在り方を示唆するこの日の挨拶は、今後のウィーン少年合唱団の方向性ともつながる話であったと思います。プログラムに記載されている「美しく青きドナウ」は、いつもなら第2部の最後に配置されるのに、この日は第1部の真ん中に配置されていたことと、アンコールで、「美しく青きドナウ」をモチーフにランツが編曲した「青きドナウのブルース」の両方を聴いたとき、このスピーチは、そういうことを示唆しているのではないかと感じました。

 このような編曲が生まれた背景には、ウィーン少年合唱団のインターナショナル化が挙げられます。21世紀になって少子化や音楽教育の変化により、オーストリア国内だけで一定の水準を満たす少年を確保するのが難しくなったことや、伝統的で厳格な寄宿制度への忌避感が高まっていたことがその最大の理由です。しかし、より積極的な理由としては、音楽に対する情熱と才能を持った子どもをウィーンという一地域に限定せずに集める必要があったということも考えられます。さらには、多国籍の団員によって「グローバルで開かれた合唱団」としてのイメージを構築し、世界各地での公演・広報活動において親しみやすさを高める意図もあったことでしょう。古きよきものを守るだけでは、現代の子どもにとって魅力的な音楽になりえないという大きな課題と向き合いながら、指導陣は選曲や魅力的なステージづくりを模索していることをうかがわせました。なお、日本においては、ウィーン少年合唱団の観客の高齢化も大きな課題あり、新しいウィーン少年合唱団の魅力を伝えることで、新しいファンの獲得も求められます。

 今年のメンバーは、ソプラノの中心であったサムエル君を中心に芸達者が多く、ステージの演劇性も、また特筆できます。「ハエ狩り」では、合唱よりも、ハエたたきを持ったジオ君の動きや視線に観客の神経が集中し、ミュージカル『キャッツ』より「ジェニエニドッツ~おばさん猫」の歌では、側転の演出が入り、アンコールの「猫の二重唱」では、サムエル君とアレックス君の掛け合いまでがまさに演劇的な要素の強いエンターテインメントであり、最近ではチロル民謡の時だけ数人が衣装替えしてレーダーホーゼンをはいてダンスをするというという固定的なイメージを大きく変える演出でした。

 最後に、マヌエル・フーバー先生がピアノの楽譜台から持ち帰る楽譜が、紙からタブレットにデジタル化されているところを見て、時代の移り変わりを感じました。

 ウィーン少年合唱団プログラムB “生誕200年 シュトラウス フォーエバー”
           令和7(2025)年6月1日(日) 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール

  今年のプログラムBは、「生誕200年記念 シュトラウス・フォー・エバー!」ということで、ヨハン・シュトラウス2世を中心にシュトラウス一家の音楽が、原曲に近い演奏と、ランツ編曲の曲の両方で演奏されました。

 さて、映画『野ばら』(原題 Der schönste Tag meines Lebens 我が人生で一番美しい日)は、70年近く前の1957年のドイツ映画ですが、その中で、ウィーン少年合唱団員が歌劇『バスティアンとバスティエンヌ』の二重唱をジャズ風にアレンジして歌う場面が出てきます。偶然、部屋に入ってきた団長は、その軽快なリズムに乗りながらも、「しかし、古典は大事にしよう。」と叱らずにその場を収めますが、その時代、既にその団員の少年は、ジャズの魅力に気付いていることがわかります。きっとそんな少年は、卒団後はクラシックよりもジャズ志向になったのではないだろうかとも想像されます。このように、音楽は時代と共にその潮流が変容していきます。

 また、今から半世紀あまり前、日本では、ポール・モーリア、レイモン・ルフェーブル、フランク・プゥルセルらのオーケストラが、イージー・リスニングの代表格として人気を得ていました。そんな中に、フランク・プゥルセル(編曲)によるヨハン・シュトラウスの作品のレコードがありました。演奏は、「クラシックのライト版」「洒落たサロン音楽」として、心地よさやノスタルジーを感じさせる一方、原曲の舞踏性やウィーン的エスプリを求める聴き手には物足りなかったのではないかと思います。今回のランツ編曲によるシュトラウス一家の音楽を聴く時、編曲によって曲はどのように変わるかということを考えながら聴きました。

 ヨハン・シュトラウス2世の生誕200周年ということは、その作品が初演されたのは、幕末~明治初年の頃で、日本では「鹿鳴館時代」と呼ばれる頃に盛んに演奏されたのではないでしょうか。当時の人の音楽嗜好は、洋の東西を問わず今とは違って当然です。現在、シュトラウス家の音楽は、ウィーンの文化遺産として、また、クラシック音楽入門(クラシック音楽の中の「軽音楽」)として、評価され、毎年1月1日に開催されるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の「ニューイヤー・コンサート」では、彼の作品が定番として演奏され、全世界に放送されるなど、「音楽による平和と祝祭」の象徴とされています。文化大革命時代(1966–1976)の中国で受けたような不当な評価は、現在はなくなりました。

 このコンサートは、主として前半が比較的原曲の姿を活かして、後半がランツ編曲による現代的なアレンジで、同じ曲を聴き比べるという構成になっていました。もちろん、これまでに耳慣れた方が聴きやすいのですが、「皇帝円舞曲」を編曲した「皇帝タンゴ」、「アンネン・ポルカ」を編曲した「スウィング・アンナ」、「美しく青きドナウ」を編曲した「青きドナウのブルース」などの聴き比べも楽しめました。ただ、「ウィーン情緒」という観点からすると、例えばジーツィンスキーの「ウィーンわが夢の街」を聴いたとき、以前よりはかなり速いテンポになっていることに気付きました。ワルツがポルカ化してきている・・・これが世の流れなのでしょう。

 また、このプログラムでは、「上を向いて歩こう」や映画『天使にラブソングを2』の「歓喜の歌」など、ジャンルを超えた楽曲も取り入れられ、多様性に富んだ内容となっていました。このように、両プログラムとも、ウィーン少年合唱団の伝統的な美しいハーモニーと、現代的な選曲の融合が聴きどころだったように思います。この2日間の演奏を通して、ただ、ひたすら時代を追いかけ、それに飲み込まれるだけでもいけませんが、新しいものを採り入れて変容していかないと、あらゆるものは衰退するということを感じました。

  「宮殿で育まれるウィーン少年合唱団の音楽会」
                     
 (「題名のない音楽会」 5月27日録画 オペラシティ 7月5日放送)

 今年のウィーン少年合唱団来日は、来日当初NHKの「あさイチ」でも採り上げられましたが、これはお披露目といった位置づけの採り上げ方で、今後の各地の公演への誘いという位置づけの番組でした。ところが、「題名のない音楽会」は、ジャンルを超え、“定義”しない自由な音楽体験を届けること」を理念としていますので、どんな採り上げ方をするか興味がありました。収録は、「ウィーンわが夢の街」「ポルカ 永遠に!」「ハエ狩り」「青きドナウのブルース」の4曲が演奏されたようですが、約24分の番組では、2倍ぐらいの収録時間では、どの曲がどのように採り上げられ、どのような構成がされているのかに関心がありました。

 番組では、マヌエル先生や団員に対する質問と音楽で構成され、司会の石丸幹二の質問に答えるマヌエル先生の日本語はかなり流暢でした。集団生活で一番学べることは、「他人への敬意」であるということです。また、インタービューでは、できるだけ多くの団員にいろいろな角度から質問してウィーン少年合唱団の団員の生活や将来について多面的に採り上げようとしていました。曲は、「ウィーンわが夢の街」の3重唱に始まる合唱で始まりましたが、やはりテンポは、少し早めでした。もっとゆっくりしたウィーン情緒に満ちた曲を期待してきた人にとっては、これが時代の流れということを知るべきなのでしょう。その後、日本の印象や入団についての団員へのインタビューがあり、今では、ネットで応募してウィーンで歌っていつでも入団できることなどが伝えられました。その後歌われた「ポルカ 永遠に!」は、一層速いテンポでした。ウィーン少年合唱団のインターナショナル化について知っている人にとっては、これまで知っていたことを確認するような内容でしたが、映画『青きドナウ』のような入団試験があると思っていた人にとっては、新たな発見だったことでしょう。アウガルテン宮殿での生活についての質問は、ウィーン少年合唱団についての知識のない人向きの質問でもあったでしょう。「ハエ狩り」は、ハエをハエたたきで追いかけたジオ君が、マニエル先生の頭に止まったハエを叩くという演出で、ウィーン少年合唱団が最近ではこのようなコミカルな演出に取り組んでいることを象徴する曲でした。これは、ウィーン少年が少年合唱団もエンタメ的な要素の演出を採り入れないと新しいファンを獲得することができないというところから出た試みと考えられます。14歳での卒団後の進路についての団員のインタビューでは、歌手になりたいという団員もいましたが、歌手志望のチャーリー君もマイケル・ジャクソンが好きということで、決してクラシック志向ではないことが印象的でした。当然、みんなが音楽の道に進むのではなく、バドミントン選手や外交官などいろいろな道に進みたいという希望をもっでいることがわかってきました。なお、「青きドナウのブルース」は、今回の来日のメイン曲でしたが、ジャズバージョンで短めに編曲されたものが演奏されました。この曲が今後も歌い続けられるかどうかは不明ですが、こういう取り組みもウィーン少年合唱団が存続するためには必要な試みなのかもしれません。

 そういう意味で、この番組は、初めてウィーン少年合唱団に接する人も、その今の姿が伝わるように構成された番組になっていました。

 フレーベル少年合唱団第63回定期演奏会
令和7(2025)年8月3日
(日)文京シビックホール 大ホール


    
やなせたかしの言葉

 第63回定期演奏会のプログラムの表紙には、「それが希望というものさ それが希望の歌なのさ」というやなせたかしの言葉が飾られていました。団長の挨拶の中でも、今NHKの朝ドラで放送されているやなせたかしをモデルにした『あんぱん』のことにふれていました。文京区駒込にあるフレーベル館の入り口には、アンパンマンの銅像がありますが、それほどやなせたかしとフレーベル館とは深い縁があり、この日のプログラムの中にも、やなせたかしの作品が数多くちりばめられていました。なお、今回は、ここ数年行われていた歌劇『魔笛』の3童子の旋律による観客への鑑賞に対するお願いの歌はなく、SS組(小学5年~中学3年)による団歌で始まりました。これは、そのようなお願いをしなくても観客はマナーを守ってくれるだろうという信頼にもつながっていたのではないでしょうか。むしろ、歌劇『魔笛』の3童子の歌は、今後、何らかの形でプログラムの中に採り入れてもよいのではないかと思いました。

   
敬虔な雰囲気に満ちたフォーレの小ミサ曲

 「小」という名がついたわけは、キリエ・エレイソン、サンクトゥス、ベネディクトゥス、アニュス・デイの4曲で構成され、信仰宣言がないためということですが、曲全体がフォーレ特有の静かで敬虔な雰囲気に満ちており、穏やかな雰囲気が全体を包んでいました。また、ソリストも透明感のある歌声で、繊細な和声進行と、旋律の自然な流れを美しく感じました。ただ、ピアノの伴奏がときとして跳びはねるように感じることがあり、オルガン(あるいはそのような音色の出る電子楽器)なら、もっと祈りの雰囲気が出たのではないかと思いながら聴いていました。SS組が、佐藤洋人先生の指導によってこのようなレベルに達することができたことは素晴らしいことです。

  
 面白く聴かせた「のはらうた」 

 これまでに、いろいろな少年合唱団が歌う「のはらうた」の何曲かの抜粋を聴いてきましたが、フレーベル少年合唱団の歌声で聴くのは初めてです。ここでは、「こんにちは」「どんぐり」「かたつむりのゆめ」「さんぽのおと」「むぎむぎおんど」といった曲想の違う5曲が歌われましたが、それぞれの歌に歌われている生き物たちの特性の面白さだけでなく、指揮者が途中で櫻田江美先生から田中エミ先生に代わったり、曲によってS組(小学3・4年)とA組(小学1・2年)が歌ったりして、面白く聴かせる工夫がされていました。また、A組が2部合唱に挑むということで「合唱団」に入団したという気持ちになるという点でも、団員たちの成長を観ることができます。

 フレーベル少年合唱団の歌を聴く楽しみの一つは、組による成長を観ることでもありますが、S組によって歌われるオペラ『ルドルフとイッパイアッテナ』より「風と月」といった初めて聴く曲も、自然に耳に入っていき、「カリブ夢の旅」のような比較的よく聞かれる合唱曲は、曲想の変化を楽しみながらゆとりをもって聴くことができました。「ドレミファアンパンマン」では、初舞台のB組がA組とともに登場し、「アンパンマンのマーチ」では、4グループの大合唱に発展して、大きな盛り上がりを見せました。

   
ユースクラスの魅力

 この定期演奏会では、ユースクラスの成長を感じることができました。変声期を迎えて卒団してもその後も歌い続けられるように作られたユースクラスですが、最初は人数も少なく、そのうちコロナ禍を迎えて、本格的に活躍していたという感じはあまりしなかったのですが、この日は、そのよさを直視することができました。「サッカーによせて」は、サッカーというスポーツの描写ではなく、人間の生きざまやチームワークや自己犠牲、未来志向などを描いた詩を躍動感のある曲で詩のメッセージが伝わってきました。

 それより驚いたのは、「群青」でした。この曲は、ユースクラスが誕生した時にも聴いていますが、そのときは、一部のところにSoliのパートが与えられただけでしたが、今回は、全曲を通して混声合唱でした。SS組とユースクラスが人数的に25人:22人とほぼ1:1であるので、きっと声量の面で男声優位で、SS組が押され気味になるのではないかと思っていたのですが、そのようなことは杞憂に終わりました。ユースクラスは、全体的にソフトな歌声で、全体として美しいハーモニーの曲を聴かせてくれました。これも、約10年間、変声前・変声後を継続して指導してこられた佐藤先生の指導の成果ではないでしょうか。

 さて、日本のほとんどの少年合唱団は、創立当初は、小学生だけあるいは変声前の中学生を含めたボーイ・ソプラノを聴かせる少年合唱団であったのに、現在は、そのほとんどが幼稚園児から高校生までを含めた混声合唱団になっているという現実があります。バランスの取れた混声合唱にするためには、何が大切かということを考える上で、この「群青」の演奏は、大きなヒントになるのではないかと思います。 

   
人生の年輪を感じるようなOB会の歌

 この日は、OB会は、「さびしいカシの木」の1曲だけでした。これまで変声前の団員によって歌われるのを聴いたこともありますが、OB会の歌は、人生の年輪を感じるような深みのある歌で、カシの木の寂しさを歌い上げ、しっとりとした歌に仕上がっていました。なお、この程度の長さの曲ならば、あと1曲ぐらいあってもよいのではないかと思いながら聴いていました。

   
合唱組曲ではない『ひざっこぞうのうた』

 この日の最後でメイン曲は、『ひざっこぞうのうた』でしたが、この曲は、合唱組曲ではなく単独の6曲の集まりでした。むしろ、やなせたかしによる子どもたちの目線で書かれた詩をもとにした曲であることが特色で、信長貴富が、それぞれの詩の面白さを強調するような作曲をすることで、曲の特色が浮き彫りになるという感じがしました。なお、ここでも、「のはらうた」に見られたような1曲ごとに変化を持たせて、面白く聴かせる工夫がされていました。

 「希望の歌」は、やなせたかしの詩から、子どもたちの「希望」をあたたかく歌う導入的な作品で、今後に対して期待感を高めてくれました。表題曲の「ひざっこぞうのうた」は、実際の「ひざっこぞう」を象徴的に捉えて、子どもの足元から見る世界を愛おしく描写した全体的にふんわりとした曲で、小さな足で未来を踏み出そうとしている感じが伝わってきました。「すてきなおじいさん」は、子どもの目線から見た「おじいさん」のキャラクターや優しさを詩情豊かに表現しており、家庭的で温かい雰囲気がしました。ただ、実際に「今すぐおじいさんになりたい」と思う子どもがいるでしょうか?「愛するネッシー」は、ネス湖に住むといわれる伝説の恐竜「ネッシー」を主人公にしたユーモラスな軽快さが混ざった作品でした。「オランウータン」は、オランウータンの振り付け付きで演じられ、途中の“オランウータンの独白”が面白い曲でした。実際には、かなりの比率で野菜嫌いの子どももいるようですが、「ありがとう野菜」は、野菜への感謝というテーマで、明るい雰囲気の曲でした。これらの曲を聴いていて楽しいということの背景には、歌い手も楽しんで歌っていたこともあるのではないでしょうか。

 アンコール曲は、リズムが面白い「ジグザグな屋根の下で」と、ユースクラスも入った観客の手拍子も入った「アンパンマンのマーチ」の大合唱で、第1部の歌とはまた違った楽しさを感じました。

 京都市少年合唱団第132回定期演奏会
令和7(2025)年8月17日(日) 京都市コンサートホール大ホール


      個人的な想いは置いといて、合唱の感想を

 先ず、個人的な想いを書きます。今回男子部である「輝」の出演がないどころか、プログラムのプロフィールの紹介文にこの日出演のなかった選抜グループ「響」のことは記載されていても、「輝」の記載がないというのは、いかがなものでしょうか。コンサートが終わって、今回の全曲を通して聴けば、おそらく選曲の関係で「響」が外されたことは伺えます。しかし、それは、少年合唱ファンには、残念なことでしかありません。ただ、このコンサートレポートをそのような個人的な想いで埋め尽くしたくもありませんし、どのステージも合唱曲としては充実した演奏であったので、この課題についてはここまでとして、それぞれのステージの演奏と、合唱組曲を中心としたプログラムの課題について感じたことを書きます。

   
ウェルカムコンサートで終了演奏を

 この夏のウェルカムコンサートも、小4から中2までの新団員56名がロビーで「京都市歌」を歌うところから始まりました。今年も新団員の人数が多いのは、コロナ禍の中で、入りたくても入団に踏み切れない子どもたちがいたからではないでしょうか。今年も、5か月ほどの練習期間にもかかわらず、きれいな響きをしていました。この歌は京都市が主催する諸行事の初めに歌われることが多いでしょうから、たとえ毎回であってもよい試みだと思います。(私は、長年住んでいる市の市歌を知りませんが、京都市歌は知っています。)また、ステージでは、修了生による“When the saints go marching in”と「群青」の2曲が歌われましたが、“When the saints go marching in”は、いろんな世代の人がどこかでよく聞いたことのある曲でありながら、題名が知られていないという意味でも、採り上げる意義があったと思います。ここでは、混声合唱の良さが生かされていました。また、「群青」は、女声と男声の比率が、ほぼ2:1ということで、どちらも遠慮せずに声を出してよいハーモニーを形作っていました。そのような意味で、卒団演奏会がなくなった代わりとしては、規模は小さくても、このような機会を与えることは、卒団生にとっても嬉しいことではないでしょうか。
 ただ、その後、恒例になってきた「鑑賞にあたっての諸注意の歌」は、その直前に館内放送で、「携帯電話の電源を切るかマナーモードにしてご鑑賞ください。」という放送があった後なので、「観客をもっと信用してください。」という気になりました。こういう歌は、最初聴いたときは面白くても、毎回やると、次第に飽きられてきます。

   
団員が共感的に歌える全員合唱   

 全員合唱の「ボクはウタ」は、この歌がつくられた時期がコロナ禍の中であることを知ったとき、この言葉が繰り返される中で、合唱の中に希望を見出すように歌われていました。「僕らは今ここに」は、「京の都」という言葉がちりばめられていることもあって、まさに京都市少年合唱団をイメージしてつくられた歌ではないかと思える歌で、団員も共感的に歌えたのではないでしょうか。この日歌った団員は約210人と、一時は150人ぐらいの合唱団になるのではないかと心配された団員数も、ほぼコロナ前に戻りました。

   
合唱における動きが面白かった新団員の歌

 児童(女声)合唱組曲『きのう・きょう・あした』は、6曲からなる合唱組曲ですが、この日はその中から抜粋で4曲が演奏されました。全体的に親しみやすい曲が多く、「きょうのユメ あしたのホント」は、これからどうなるのだろうという期待感を高めてくれ、特に「えんぴつのみかた」は、そこはかとないユーモアとセンチメンタルな心情が同時に感じられ、振り付けも最後に鉛筆を形どるなど、視覚的にも楽しめました。「あなたに とどく そら」は、感情豊かな小曲で、「あしたをつくる うた」は、堂々としたフィナーレでした。新団員だからということではなく、20分を超えるような児童用の合唱組曲は、抜粋という形で演奏することも必要だと思いました。

   
人の一生を想像させる『筑後川』

 どちらかというと中学生を中心としたメンバーで構成されたであろう雅(みやび)によって歌われた混声合唱の名曲『筑後川』は、5年前の終了演奏会でも4曲の抜粋を聴くことができましたが、この日も「Ⅲ銀の魚」を除く4曲の抜粋でした。それなら、ぜひ全曲を聴きたいという気になってきます。「ダムにて」の途中のソロも生きており、壮大な「河口」へと流れ込んでいく川の流れだけではなく人の一生をも想像させるドラマになっていました。

   
女声合唱組曲『いのちのうた』より

 変声前男子と女子78名で構成される和(なごみ)によって歌われた『いのちのうた』も5曲からなる合唱組曲から「あの感じ」「遠くへ行こう」「いのちのうた」の3曲の抜粋でした。「いのちの煌めきを表現し伝える」という強い意志とテーマ性を感じましたが、メロディラインが美しいだけでなく、遊び心もありましたが、群像劇のような動きがもう合唱の振り付けとは思えないほどで、時間が経つと、次第に歌そのものよりも一番心に残ったかもしれません。

   
現代的感覚のドブロゴスの「ミサ」

 京都市少年合唱団は、これまでに、ミサ曲をメインに採り上げてきたことがあります。今回は、ドブロゴスのミサで、ドブロゴスは、1956年生まれのアメリカ出身でスウェーデン在住の作曲家・ピアニストということですから、この作品も20世紀末(1992年)に作曲された比較的新しい曲です。伝統的なミサの構成1.lntroitus 2.Kyrie 3.Gloria 4.Credo 5.Sanctus 6.AgnusDeiを踏襲しながらも、ジャズ風の味わいがあり、変拍子の使用もあり、個性的なアレンジが特徴的な、現代的な作風のミサ曲です。そのような意味で、先日フレーベル少年合唱団の演奏で聴いたフォーレの小ミサ曲とはかなり趣の違った、従来の典礼様式とは一線を画すアプローチが聴きどころでした。やはり200人を超える合唱には迫力があります。

 なお、今回、全員合唱を除いて、どのグループも合唱組曲の抜粋を採り上げられましたが、このような選曲は、たとえ充実した演奏であっても、いわゆる「合唱ファン」には好まれても、普通の「歌好き」には、必ずしも好まれない傾向があるのではないでしょうか。プログラムに祝辞を書かれた松井孝治市長も参加された「防災合唱コンサート」の歌声を聴いて、この日のコンサートに参加された人は、知らない曲の連続に戸惑われたかもしれません。幅広い観客のニーズを満たすためには、コンサート全体が日本特有の合唱形態である「合唱組曲」中心に構成するようなプログラムでは、途中にみんなに親しまれている曲を交えるなどの工夫をする必要を感じました。

 奏やんの音楽旅行
令和7(2025)年8月23日(土)常盤アリーナ 小ホール


   
このコンサート(リサイタル)の位置づけと特色

 日本で、ボーイ・ソプラノのソロコンサートのステージは、コンクールの優勝者等が限られた招待客の前で2~3曲歌うことならときどきあるのかもしれませんが、コンサートホール等でリサイタルという形でで1時間を超えて10数曲歌うコンサートとなると、極めて珍しいことです。この日、神戸市の常盤アリーナ 小ホール(138名収容)で行われた「奏やんの音楽旅行」は、変声期を迎える直前の最初で最後のソロコンサートということで、まさに一期一会のコンサートとなりました。さて、奏やんというのは、YouTubeチャンネルやInstagramのネット上のハンドルネームが、そのまま芸名になったようなもので、将来ともこのまま芸名にしていくかどうかは不明ですが、特にInstagramでは、この日の434日前より変声期の進行記録を撮って発信するなど心の準備もしていたようです。現代の日本で、中学3年生までボーイ・ソプラノを維持していること自体が希少価値のあることなのですが、YouTubeチャンネルに残された小学5年生から、中学3年生の最近までの歌を聴き比べると、ボーイ・ソプラノの歌声にも花を愛でるのと同じものを感じることができます。梅や椿のように咲き始めを尊ぶ花もあれば、牡丹や菊のように満開を尊ぶ花もあり、桜のように散り際を惜しむように尊ぶ花もあります。
 これを奏やんに当てはめてみるならば、時間的な重なりはありますが、小学生から中学1年生までのスコラカントラムのコンサートに特別出演するまでが蕾から咲き始め、高音に挑戦し、一人〇部合唱等レパートリーを次々と広げていく頃が満開、高音を維持しながらも、声が少しずつまろやかに変化していく中、歌そのものに取り組んできた時期を散り際へと向かう時期と考えるならば、「ボーイ・ソプラノの集大成」として企画されたこのコンサートの位置づけは自ずから明らかになってくるでしょう。もともと、奏やんは、ボリュームのある歌声で聴き手をうならせるようなタイプではなく、歌に情感を載せて歌う繊細さと抒情性を持ち味としたボーイ・ソプラノです。しかも、この日は、クラシック ボーイ・ソプラノ定番曲 合唱曲 JーPOP ボカロ(ボーカロイド)の5領域の歌を聴かせるというプログラムで構成され、「奏やんの音楽旅行」と名付けられました。最初の挨拶の中で奏やんは、このコンサートを「小さなごちそう」という謙虚な表現で紹介しましたが、確かにこのコンサートは、宴会向けの大皿に料理が豪勢に盛り付けられた皿鉢(さわち)料理や、大テーブルに大皿で運ばれてきて数人で取り分ける中華調理のフルコースのようなものではなく、精選された小皿料理を一つずつ味わうようなコンサートであったと言えるでしょう。

  
プログラム

   ~第1部~

森の小さなレストラン 作詞:御徒町凧 作曲:森山直太朗
いのちの名前  作詞:覚和歌子  作曲:久石譲
贖罪  作詞・作曲:傘村トータ
明日への手紙  作詞・作曲:池田綾子
しあわせ運べるように 作詞・作曲 臼井真
含唱曲 群青 作曲;小田美樹 作詞:福島県南相馬市立小高中学校平成24年度卒業生(構成:小田美樹) 編曲:信長貴富

      ~第2部~

Le violette Alessandro Scarlatti
Ombra mai fu(largo) Georg Friedrich Händel
絵本『ピカルとピカラ』テーマソング いっしょに 作曲 作詞・作曲:やまもと てつや 編曲:おかむら あやか
いのちの歌 作詞:竹内まりや(Miyabi) 作曲:村松崇継
彼方の光 ~Far Away~ 作詞:Robert Prizeman 作曲:村松崇継

        アンコール

あなたの夜が明けるまで  作詞・作曲:傘村トータ
Lascia ch'io pianga  Georg Friedrich Händel

   
情愛あふれる曲で奏やんの持ち味発揮
 
  このコンサートの始めに、奏やんは、マイクを手にして意外なところから登場して「森の小さなレストラン」を歌いながら階段を上り下りして客席と一体化する工夫等を採り入れてステージを構成していました。純然たるクラシックのコンサートではないのですから、このような意外性のある登場の工夫もあってよいのではないでしょうか。ただ、緊張もあったでしょうし、マイクの位置や角度の関係もあってか、歌声は、第1部の中頃から次第によく響くようになってきたように感じました。3曲目の「贖罪」は、ボカロと言うジャンルの曲ですが、重い内容ながら、誰もが気付かぬうちにしてしまいがちなことを「罪」と捉えてそれが次々と並べられ、心に迫る曲になっていました。
 奏やんは、それぞれのステージの最後にその持ち味がよく現れるようなプログラムを組んでいました。奏やんが所属する神戸室内アンサンブル少年少女合唱団は、東日本大震災後に誕生した合唱団ですが、歌による青少年育成と被災地の復興支援を理念とした合唱団でもあり、そこで歌い続けることでこのような歌に添えられた心を深いレベルで把握することにつながったのではないかと感じました。第1部の最後を飾る「しあわせ運べるように」は、30年前の阪神淡路大震災で被災した神戸の復興を歌っていますが、この歌は「第二の神戸市歌」として市内では、各小学校、追悼式典、ルミナリエ、成人式等で歌い継がれています。また、復興の歌として全国各地でも歌われています。これが、ご当地在住の奏やんによって歌われると、格別な味わいがあり、歌にこれまでの積み上げのようなものを感じます。「群青」は、東日本大震災で被災して、全国各地に散りじりにならざるを得なかった福島県南相馬市立小高中学校の生徒たちの言葉をつないで作曲された曲だけに、歌に情愛が盛り込まれて、たとえ今は離れていても、きっとまた会おうという心のつながりを感じました。このあたりに、奏やんの歌の特性がよく発揮されていたのではないでしょうか。
 歌のコンサートは、歌い手だけによって成り立つものではありません。伴奏の小縣一正は、常に歌を支えるような伴奏や舞台上での出入りを含む所作を支えようと心がけ、司会の大西寧々は、単なる曲の解説以上の人と歌との関わりを伝えようとしていることを感じました。

   
ボーイ・ソプラノの最後の時期に歌われることが多い“Ombra mai fu"

 第2部は、イタリア古典歌曲の“Le violette”で始まりました。この曲は、優美さにおいて優れた曲であり、また、中間部のfra le foglie の部分の歌唱は、器楽的な表現が求められると同時に、声楽的な柔らかさの両面が求められます。こういう曲において技巧を目立たせずに歌ったのはさすがです。“Ombra mai fu"は、ヘンデルの作曲したオペラ『セルセ』(Serse, Xerxes)第1幕冒頭のアリアで、ペルシャ王セルセ(クセルクセス1世)によって、プラタナスの木陰への愛が歌われています。また、この歌は、多くのボーイ・ソプラノの少年にとってボーイ・ソプラノ最後の時期に歌われる歌になっています。それだけに、華やかさよりも静けさ、技巧よりも滑らかな歌い方、感情の爆発ではなく穏やかで慈しみある表現が重視されます。奏やんのこの歌には、そのような自然で気高い美しさを感じました。
 絵本『ピカルとピカラ』テーマソング「いっしょに」は、初めて聴く曲で、どうしても手話的な動きの方に目が向きがちだったのですが、温かい心の通う曲です。なお、この曲の作詞・作曲者の山本哲也(やまもと てつや)先生は、翌日の神戸室内アンサンブル少年少女合唱団の司会と指揮をされることでその姿に初めて接しましたが、穏やかな語り口と指揮する姿に感じられる秘めた情熱に「音楽は人」ということを強く感じさせる方でした。さて、「いのちの歌」は、奏やんのテーマソングのように、蕾だった頃から歌い続けられてきました。 この日の演奏は、何よりも落ち着きのある情愛あふれるまろやかな演奏で、この歌の行きつく先はきっとこういうところにあるのだろうと感じさせる歌になっていました。プログラムの最後を飾る「彼方の光 ~Far Away~」は、「清澄さ」や「宗教的荘厳さ」を感じさせる歌に仕上がっていました。この2つの歌に共通することは、作曲者が村松崇継であるということで、哀しみと希望を同時に感じるような聴き手に共感を与える作風で、これが奏やんの歌声と親和性が高かったのではないでしょうか。

   
ボーイ・ソプラノとして奏やんの歌の集大成

 アンコール曲は、この日の最高音が出る「あなたの夜が明けるまで」とヘンデルのオペラ『リナルド」のアリア“Lascia ch'io pianga”が歌われましたが、“Lascia ch'io pianga”は、レチタティーヴォ(叙唱)の部分から歌われる完全版で、驚いたのは、装飾音(カデンツァ)が、これまで聴いたことのない独自なものだったことです。この曲が作られた時代は、カストラートの全盛期で、当時の歌手たちは、自分独自の装飾音(カデンツァ)の華やかさを競いあったことでしょうが、この歌にはその時代の歌唱の片鱗のようなものに触れることができました。
 ボーイ・ソプラノは、最初は高い声が出るというところから、だんだん歌声がまろやかになってきて、変声期の直前に最も美しく輝き、やがて変声期を迎えると言われます。それが、ボーイ・ソプラノの歌声の成長の特質ならば、この日の演奏は、ボーイ・ソプラノとしての奏やんの歌の集大成と言えるのではないでしょうか。




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