| ボーイズ・エコー・宝塚 |
| 「ボーイズ・エコー・宝塚」讃 |
「ボーイズ・エコー・宝塚」の名前を初めて知ったのは、平成11年の初詣で清荒神に行ったときです。広報掲示板の新春コンサートのポスターに他の音楽団体に混じってこの名前が書いてあったのです。名前からして、少年だけの合唱団らしいという感じがしたのです。たいていの大きな市には少年少女合唱団があります。しかし、名前は「少年少女」合唱団でも、たいてい少女がほとんどの合唱団です。日本に少年だけの合唱団の数は全国に数えるほどしかありません。その理由としては、次の三つが挙げられましょう。第一には、外で遊びたい盛り、いわゆる腕白時代の少年に長期間にわたる歌唱訓練が好まれないことです。歌とスポーツを二者択一するとき後者を選ぶ少年が多いと考えられます。第二には、最近ではかなり解消しましたが、ボーイソプラノを「女みたいな声」だと言ってからかうような風潮がまだ残っているということが挙げられます。同世代の少年に認められるかどうかということは、この年齢層の少年にとっては、重大なことです。小学校においても、コーラス部に男子部員が集まりにくい理由の一つがそこにあります。第三には、最近の少年の変声期が非常に早くなったため、実質的に歌える期間が、短くなってきたということも挙げられましょう。声は、訓練によって鍛えられても、音楽性は人格の発達と密接な関係をもち、急には高められません。いわゆる「歌心」は、その少年が持つ素質的なものに加えて、人の喜びや悲しみを感じる心が育っているかどうかによって違ってきます。美しいものを美しいと感じる心のない少年に、声の力だけで、人の心を動かすような歌を歌うことはできません。それだけ少年を集めてその歌声を育てることは難しいのです。
関西にも少年合唱団があるのだろうか、あったらうれしいなと思ってきましたが、忙しさにまぎれ放置してきました。ところが、インターネットを通して全国各地はもとより海外にも少年合唱ファンの友達ができるに至って、再び少年合唱への関心が高まってきました。
平成11年の初詣で清荒神に行ったとき、ポスターを注目していると、「ボーイズ・エコー・宝塚」の名前の入ったポスターを発見しました。そこで、ぜひ一度見て確認したいものと思って、べガ・ホールの第16回宝塚ニューイアーコンサートに行ってきました。出番が少なかったのが残念でしたが、少年達のやさしく美しい歌声を聴くことができてとても嬉しかったです。
あんまり嬉しかったので、面識がないのにかかわらず、プログラムに載っていた指導者の中安保美先生のおうちにお電話して感動の言葉を伝えました。中安先生はたいへん喜んでくださって、これまでの演奏会のプログラムなどを私に送ってくださいました。それによると、レパートリーは広く、世界の名曲・民謡、みんなの歌系のもの、ディズニーもの、サウンド・オブ・ミュージックの曲、手塚治虫の漫画テーマ、日本の子どもの歌、日本歌曲など多彩です。15年の歴史の中で常にいろんなことにチャレンジしておられます。また、音楽劇があるのも特色です。
中安保美先生は、児童発声の権威品川三郎先生の流れをくむすばらしい気骨のある教育者です。品川先生の名著「児童発声」は、昭和30年に音楽の友社から発行され、当時の音楽教育をリードしました。中安先生の情熱によってこの少年合唱団は支えられています。
前掲したことだけでなく、少子化、受験という大きな社会的問題や、わがままと個性の区別がつかなくなり、みんなと揃えて協調することを罪悪視するような今の日本の悪しき風潮の中で、少年合唱団を運営するのはたいへん難しいと思います。事実、「ボーイズ・エコー・宝塚」でも、団員の確保と音楽的水準の向上という課題は常に大きいと聞きます。その厳しい状況の中で少年合唱団の灯を掲げ守り通しておられることは素晴らしいことです。数年間だけ与えられたボーソプラノの美に気づかないで過ぎる少年が何と多いことでしょう。少年の日に美しいものを美しいと感じる心を育てたり、仲間と協力して一つのものを作り上げる喜びを知ること、また、規律ある凛とした態度を身につけることは、一生の宝となります。価値観の混乱した今の日本で、少年達に美しい精神を植え付けるためにも、「ボーイズ・エコー・宝塚」の発展を心から祈念するものです。
| 第24回定期演奏会に寄せて |
ボーイズ・エコー・宝塚のみなさん 第24回定期演奏会おめでとうございます。
この1年間の日本における少年合唱界を振り返ると、かつては、3年に1度だったウィーン少年合唱団の来日が毎年になり、日本人団員も毎年凱旋帰国したり、リベラのオリジナル曲が映画の主題歌として使われて脚光を浴びる一方、日仏修好150周年記念として来日したパリ木の十字架少年合唱団の日本公演は関東で3回だけと、世界の聖歌隊や少年合唱団の来日は総じて少なくなってきた感がします。日本の少年合唱団に目を移しましても、南関東の3団体を除けば、地方の少年合唱団が創立50周年を前に人数的に一層厳しい状況が続いています。
さて、ボーイズ・エコー・宝塚は、今年創立25周年を迎えます。四半世紀は、一つの大きな歴史の区切りになります。その間一貫したポリシーをもって、指導に当たってこられた指導者の中安保美先生、辻潤子先生の献身的なご労苦に思いをはせると共に、団員の少年たちは、誇りをもって今だから出すことのできるボーイ・ソプラノの歌声で6年生の卒団まで歌い続けてほしいと願っています。
今日のプログラムを見ると、「崖の上のポニョ」が目をひきます。大橋のぞみは、昨年末の紅白歌合戦に、河野ヨシユキ(昭和29(1954)年)、萩原舞(℃-ute/平成18(2007)年)の11歳を更新し9歳での史上最年少出場しました。河野ヨシユキ以来ボーイ・ソプラノが紅白歌合戦に出場していないことを考えると、もしも、ボーイ・ソプラノが出場すれば、ボーイ・ソプラノに世の注目が集まり、全国の少年合唱団の入団希望者が増えるのではないかと考えたりします。今日のボーイズ・エコー・宝塚の歌には、少年が表現してこそ生きる歌の数々が並んでいます。楽しんで味わって至福のひとときを過ごしたいと思っています。
| 第25回定期演奏会に寄せて |
ボーイズ・エコー・宝塚のみなさん 第25回定期演奏会おめでとうございます。
ついに25回目を迎えるのか・・・という感慨の大きい定期演奏会になりました。その間一貫した指導理念のもと、歌を通して規律と気品を備えた数多くの卒団生を世に送って来られた指導者の中安保美先生、辻潤子先生の献身的なご労苦に対し、感謝の誠を捧げたいと思います。また、団員の少年たちは、この少年の時にボーイズ・エコー・宝塚と出会えたことに、時がたつにつれて、誇りを感じてくれるものと思っております。
この1年間の日本における少年合唱界を振り返ると、何と言っても栃木少年合唱団の解散という残念な事実が挙げられます。かつては、75人の団員を擁し、全国少年合唱祭を開催する原動力となった栃木少年合唱団の解散は惜しまれます。今年度訪問した西日本の少年合唱団も、音楽的によい演奏はできても、人数的には厳しい状態が続いています。
さて、ボーイズ・エコー・宝塚の今日のプログラムを見ると、「スタジオ・ジブリの世界」と「サウンド・オブ・ミュージック」が目をひきます。昨年は「崖の上のポニョ」が大ヒットしましたが、「スタジオ・ジブリ」がこの20年ほどの間に世に送った曲を集めると最近の児童合唱曲の縮図を見るようです。また、「サウンド・オブ・ミュージック」は、これまでにもボーイズ・エコー・宝塚が採り上げてきましたが、卒業演奏で何人もの6年生が独唱曲として採り上げるなど、45年ほど前の曲でありながら少年たちにとって魅力的な曲が集まっています。昨年の紅白歌合戦に、加藤清史郎やスノープリンス合唱団が出場したことを考えると、人と選曲にさえ恵まれれば、ボーイ・ソプラノに世の注目が集まり、全国の少年合唱団の入団希望者が増えるのではないかと考えたりします。今日のボーイズ・エコー・宝塚の演奏を心から味わって至福のひとときを過ごしたいと思っています。
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