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伊佐間とマチコも出てほしい漫画百器徒然。

先日行葉様のところでもちらっとお話をしたんですが、元海軍組が戦後どのように再会したのか興味あるところであります。
マチコ庵は鉄鼠で偶然再会なわけですが、
里村医師はもしかしたら木場修が刑事と監察医として知り合って、そこから榎さんにつながったという線もあるかと思います。

さて、伊佐間は?

榎さんも伊佐間も、両方ともわざわざ相手を探し出してまで会おうとする人間にも思えないので(笑)
偶然なんだろうなとは思うものの、
もしかしたら違うかもしれない。

伊佐間はある意味益田みたいな依願下僕に近い部分があると思う。
そして榎さんは伊佐間が気に入っていたということだし、
伊佐間に何か近いものを感じていたかもしれない。

伊佐間はエンジニアになりたかったが、商売には向かなかった。
技術だけあってもしょうがないわけで、
そういう世界に馴染まなかったという。

なんとなく、榎さんも目が悪くなければ機械いじりできる仕事とかしたかったんじゃないのかな、と妄想してるので(笑)。

長くなるので続きはまた後日。

進化なのか悪化なのか

以前、魍魎で榎さんは久保を見たとき、彼が犯人だと気付かなかったのだろうかということを書いたんですが、
頼子についても同じですね。加奈子を突き落としたのが頼子だとわからなかったのでしょうか。

分かったらその時点であの話はほぼおしまいですが(笑)。

榎さんは決して必要な情報、見たいと思うものを視られるわけではないので、それで納得するしかないんですが、
それだと鉄鼠や邪魅での発言が疑問だということも以前書きました。

思うに、姑獲鳥や魍魎のころは、視えるものがかなり断片的な印象を受けます。
鉄鼠、そして絡新婦でも碧のことを、よくないことをたくさんしていると言っているので、想像するに、視え方が写真から動画になったぐらいの違いを感じます。

そして陰摩羅鬼。目を瞑っていても視えるって……。
この疑問も前に書いたんですが、
こういう流れを見てみると、榎さんのその能力が進化しているというか、体質が悪化しているというか(笑)
そうだとすれば、疑問も多少解消されるんですがね。

そしてその間↓

結構前からちょっと気になってはいたんですけどね。
行方不明になってた間、着替えとかどうしてたのかな~と。
起き抜けに出てったんだから財布なんか持ってなかっただろうし
今と違ってカードもなかったろうしね。
それとも一度戻ってきたときに、財布掴んでいったかな。
和寅が持たせたとか。

軍務経験ありだからいざとなったら1週間や2週間着替えなくても平気なのかもだけど。
起きてきたときの服装は書いてあるんだけど
戻ってきたときの服については書いてないんだよね。
韮山の田舎で(すいません。でもかなり前だけど行ったことはあって、田舎だと思うの;笑)
自分で着替え調達してるとこ想像すると、可愛いような、おいたわしいような(笑)。

食べ物飲み物はなんとかなりそうな気がする。
山の中だから何かあるだろうみたいな。
榎木津の名前出せば後払いでも信用してもらえそうな気もするし(笑)


帰りがけ、ついでに伊豆の温泉街で遊んできてるかも、とかも思わないでもない。

塗仏をちらちら見直しております。

敦子と布由がさらわれた後、益田に、榎木津が後を追ったのかと確認した中禅寺。
そして榎木津が追ったのなら、「だったら騒ぐな」と。
いいですね、この信頼感。
もっとも中禅寺は事件の構造を見抜いていたから、敦子の身の安全について疑いを持っていなかったというのもあるんだろうけど。
これは単に腕っ節の強い榎さんが追ったのなら連れ戻してくれるとか守ってくれるとかそういったことに対する信頼ではなく
(もちろん万一のときには動いてくれると思っていただろう)
榎木津が行くべき場所を見誤らないという信頼でもあったと思うんです。

それにしても、1人戸人村へ向かう榎さんを想像すると
彼はきっと楽しんでいたのではないかと思えてしょうがない(笑)。

なんとかごまかせないか(笑)

作者のミスに違いないからもういいや、と思うことにしていた榎さんの年齢。
覚え書きを整理していてまた思い出してしまったんですが。


ふと思ったんですけど、
関君の年齢は特定できますよね。
で、木場修の年齢も特定できる。

そして榎さんに関しては、関君が自分より1学年上だと言ったことと
木場修がはっきり、あれは自分と同い年だと言った部分。
関君と木場はそれぞれ自分で述懐する形で年齢に触れてるんですが
榎さんについては他人がそう言ってるだけなんですね。
つまりやっぱり木場修が間違ってる可能性もありですよね?

なんちゅう無理矢理な(笑)。
でも学制を使った説明だって結構無理矢理ですから。

だって、それ以外では曖昧なんですよ。
魍魎の時点では、たしか榎さんは木場のことを竹馬の友とは言っているけれど、
同い年とは言ってない。
そして関君は榎さんのことを、三十を幾つか過ぎてもまだ独身、という曖昧な言い方をしている。

木場修が榎さんのことを同い年だと言ったのは絡新婦だったと思うので、作者は同い年にしたいんだろうなとちょっとがっかりするんですが(笑)
でも、同時に見かけは年齢不詳だとも言ってるわけです。

百器徒然になるともう、益田の言葉で三十半ばとか、三十幾つかとか、曖昧な言い方しかしていない。

ですからまだウルトラCもありうるんじゃないかと思うわけですが、
どなたか何か考え付きませんか?(笑)

あと、もし木場修と降旗が自分の年齢を「かぞえ」で言っていたら、なんて道も探ってみたわけなんですが(笑)。
木場はともかく、仮にも科学者の端くれの旗ちゃんはそれはないわな。