白い古書、ぞっき本も、時を経て読むと面白いものです。

今月の一冊は、これ!


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 表紙カバー



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 乾分の証、桃の刺青



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 晩年の森田常吉



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 昭和10年3月17日付函館新聞の訃報記事



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 晩年の宮川勇



実録北海博徒伝
        
B
森田常吉聞書

著 者:大西 雄三
 みやま書房(1980年発行)

 40年ほども前になりましょうか。狸小路5丁目界隈の伯母の所に居候を決め込んでいた当時、南3条西4丁目北西角の「常盤湯」を利用しておりました。南隣にはアイスキャンデー、アイスクリームを製造・販売する「三河屋」が在って、夏場には銭湯帰りによく寄ったものです。今と違って、まだまだゆったりと時の流れゆく幸せな時代でした。この本が手元にあるのは、その「常盤湯」で見た老人の小さな刺青のせいなのです。

 2年も通っていて初めて見る顔でした。七十路も末、中背痩躯、柔和な顔は好々爺そのもの。湯船に浸かり、何気なく見た老人の左手首に青一色の小さい桃の刺青を認めてドキリとしましたが、素性を詮索する気などはなく、「ちゃちな彫り物だなあ」と思ったくらいなもの。老人を見たのは一度っきりで、それっきり思い出すこともなくおりました。昭和55年冬、ぶらりと立ち寄った書店で、『実録――』の題名と帯の「清水次郎長も顔負けの男」に誘われ、ぱらぱらっと目を通していた時のことです。偶然開かれた頁の挿絵に釘付けになりました。「これは常盤湯の刺青だ」。その挿絵は紛れもなく常盤湯で見た老人の“桃”そのもでした。二十有余年の時を遡り、一瞬のうちに常盤湯へ連れ戻された思いでした。内容吟味など不要、迷うことなくこの一冊を購入しました。

 帰って早速に読み始め、じきに探し求める桃の刺青の由来を知りました。46頁に「正式にB森田の盃を受け、乾分となったものは、その証しとして、左手の手首のこぶに、桃の刺青をした。桃はうす桃色、葉は青である」とありました。はて? 私が見た桃は青一色だったが、Bとは無関係なのか。著者が青一色の刺青もあることを知らなかったか、あるいは調査漏れ。いや、老人がB乾分気取りで刺青を真似ただけかもしれない……などなど。考えても結論が出る訳はありません。だから私は、それ以来「常盤湯の老人はB森田の関係者」と勝手に決めて、独り納得しているのです。この本を手にする度に、本との不思議な出合いを思わずにはいられません。

          ☆          ☆          ☆

 帯に「NHKほっかいどう7・30で放映された“北の首領(ドン)”の原本。明治末期最強の“地下軍団”を築き上げた清水次郎長も顔負けの男の一代記」とある通り、明治20年代から明治43年にかけて、函館を本拠に2万の乾分を持って一道一府六県樺太にまで侠名を馳せた森田常吉の疾風怒涛の生涯を記述しています。常吉につながる人々にも目配りして、豊富な史料・資料を織り込んだ一級の実録本と言えると思います。「あとがき」によると「北の首領」の放映は1979年12月13日ですが、見ていないのが残念です。

 そも森田常吉とは、どのような人物だったのか。本書に収録の昭和10年3月17日付読売新聞の訃報記事を紹介しましょう。「丸茂の親分逝く 任侠を謳われた生涯 『函館の丸茂』として本道は勿論のこと東京以北に侠名を謳われた丸茂の親分こと森田常吉翁(八四)は、函館市千代ヶ岱八十二番地の自宅において病気中のところ十四日午後二時永眠した。翁は明治二十年頃から函館を根城として全国に二万余の乾分を有し、本道各地に血腥い事件を惹起し、根室事件、大津事件など劇的な思い出があったが、その晩年はすこぶる淋しいもので、当時の乾分たる大沼紅葉館主宮川勇氏らによって助けられていた」

 同日付の函館新聞は「侠名全國に響く丸茂の親分 昨日午後遂に永眠 丸モの大親分として一道一府六県及び樺太に至るまでその侠名を馳せた函館市千代ヶ岱町八二番地の森田常吉(八四)さんは豫て病のため臥床中であったが十四日午後二時永眠された常吉さんは千葉県船橋に呱々の聲をあげ幼にして郷里を出て大志を抱いて函館に居を構え爾来豪侠を以って多くの子分を養ひその侠名東北に響き大親分として今日に至ったが遂に病のため訃に接したことは各方面から惜まれてゐる葬儀は来る十八日午後一時相生町常住寺において佛式により嚴執することとなった」と報じている。

 《目次》立待岬の墓標/森田常吉の死/博徒横行時代/B森田一家の創設/B森田一家と一丁一家の勢力分布/B森田一家の勢力拡張/最初の抗争/稚内の抗争/積丹の仙北殺し/宗谷房州殺し/根室の権八殺し/夕張登川中村弥吉弥之助殺し/大津警察分署襲撃事件/釧路事件/大津事件余録/青森/仙台/盛岡/東京吉原進攻作戦/宮川勇、工藤直蔵の離反/博徒の抵抗と賭博犯の検挙状況/刑法の改正と警察力の増強/宮川勇の後半生/B森田一家の一斉検挙/資料/あとがき

 ◆メモ◆ 電話帳を見ると、みやま書房は1980年当時と同じ場所に現在も存在する。が、同社の新刊本が書店から消えて久しい。現在も出版業務が続けられているのかどうか。過去の出版物を眺める時、地方・郷土史にこだわる地方出版社の良心を見るような気がしてならない。折り込みの「みやま書房図書目録'81・1」から幾冊かを記す。

  岡田文枝「北海道ことば風土記」/中村純三「江差の繁次郎」正・続/吉井民子「質屋の蔵」/河野常吉編「さっぽろの昔話」明治上・下/大山黙笑編「さっぽろの昔話」大正上/須藤隆仙「北海道意外史」上・下/川嶋康男「聞きがたり北の大衆芸」/「復刻三部作・明治の札幌」札幌繁盛記・札幌案内・最近之札幌/小樽啄木会編「啄木と小樽・札幌」/林義実「空知の文学」上/掛川源一郎「写真集有珠山」/永田洋平「新訂北海道動物記」/北海道開拓記念館編「にしん漁労」「縄文文化」/杉山四郎「私の民衆史」正・続/金巻鎮雄「増補中国人強制連行事件」/榎本・君共著「あたらしい北海道史」/「江差町史」全6巻/松下・君編「アイヌ文献目録和文編」/奥山亮「補稿アイヌ衰亡史」/奥山亮「北海道史概説」/海保嶺夫「幕政史料と蝦夷地」/竹内運平「箱館海戦史話」/みやま文庫=奥山亮「アイヌ」、辰木久門「北の味覚」、須藤たかし「北の夜話」、信賀喜代治「鉱山のSLたち」/復刻北海道文学選=1・鶴田知也「コシャマイン記」、2・寒川光太郎「密猟者」

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