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  同行二人

遍路旅はお大師さんと同行二人といわれる。
お大師さんに助けられての旅であったことは間違いないのだが、自分の場合はどう考えてもお大師さんに歩かされたというのが実感だ。

最初の遍路ころがしがある焼山寺ではお大師さんに助けられ助けられしながら登った。
事前トレーニングの笹子峠越えでは身体的に問題なかったけれど、ここ焼山寺の上りは完全に息が上がってしまった。途中でもう登れないのではないかと思った。ようやく上まで登ったら今度は急な下りがあり、下り終えたらさらにもう一度急な登りが待ち構えている。
金剛杖に頼りながら、どのくらい「南無大師遍照金剛」と唱え続けたか知れない。
最後の急坂を登り終え焼山寺近くで人影がちらちら見え出したときは、「助けられた!」という思いで目頭と胸がいっぺんに熱くなった。

ろくに事前のトレーニングもせずに荷物を背負いながら連日25〜30キロ前後(遍路が歩く距離としては短いが)の距離を歩けるわけがない。自分が歩いたのではない、お大師さんに歩かせてもらったとしかいいようがない。

焼山寺越えの後は山や峠を歩いても体調が悪くなることはなかった。結願間際までは。
遍路旅の最初と最後だけは普段の自分の体で、遍路の最中は普段の自分の体ではなかった気がしてならない。

話はいささか横道にそれるが、困っているときにあまりのタイミングの良さで助け船が出たりするとこれはお大師さんのなせるワザではないかと思うことが時々ある。 おそらく遍路をしていなければ、それは「ラッキー」という受け止め方をしていただろう。そういう「ラッキー」なことが何度か重なると、自ずと考え込んでしまう。
「ラッキー」と思えばそれだけで終わってしまう。しかし、仮にお大師さんの助けがあったと考えるとそういう事象やそうしてくれた人により深く感謝することが出来ると気がついた。感謝できる自分の気持ちも大事にしたいという気もする。さすればやっぱりお大師さんの助けだったと思った方が幸せなのではなかろうか。

遍路の旅が感謝する気持ちの大切さをよみがえらせてくれたのはそんなことからだった。
お大師さんと同行二人と考えた方がいい旅が出来ることに気づかされた。


二人卵

これは87番長尾寺の前にある あづまや さんに泊まった時のこと。
朝食にやや大きめの卵が出てきた。 おかみさん曰く「中に黄身が二つ入ってる」と。割ってみると確かにその通り。
話を聞くと、へんろは同行二人だから卵もわざわざ黄身が二つ入っているものを仕入れているんだそうだ。心配りに頭が下がりました。
それにしてもそういう卵を売っているところがあるとは知らなかった。
かき混ぜて食べるのはおそれおおい気もしたが、おいしく頂きました。


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