(A) サンショウウオ科特有の生殖現象の発見
オスに関して
(1) 精子変態完了後の秋の排精の不在(輸精管の変化1; 体内受精をする有尾両生類では、排精が秋と春に起こる)
(2) 早春の繁殖のため急激に、また一挙に起こる排精(オスの生殖器系; 体内受精をする有尾両生類では、精包形成のため排精が緩やかに、また飛び飛びに起こる)
(3) 排精と関連した血漿中の雄性ホルモン濃度の一度だけの巨大なピーク(体内受精をする有尾両生類では、血漿中の雄性ホルモン濃度の二度のピークは排精と関連する)
(4) 繁殖の初期段階にだけみられる排精完了後の輸精管上皮細胞からの分泌物一挙放出と、それに伴う輸精管内腔の精子の活性化(輸精管の変化2; 体内受精をする有尾両生類では、輸精管に精子が貯留している間を通して輸精管上皮からの分泌が起こる)
(5) 一年を通しての精子形成の波の不在と、全ての精巣小葉内で同調的に進行する精子形成(精巣小葉; 体内受精をする有尾両生類では、精巣の頭尾軸に沿って精子形成の波がみられる)
(6) 性的に活発な繁殖中のオスの精巣内精子の欠如(体内受精をする有尾両生類では、精子枯渇からの回復は精巣の精子に依存する)
(7) 8月から4月まで明瞭にみられる総排出口前端にあるクリトリス様生殖結節(総排出口の性的二形; この構造体は他の科では知られていない)
メスに関して
(1) 早春の第二次卵形成期の不在(体内受精をする有尾両生類では、第一次卵形成期と第二次卵形成期はそれぞれ秋と春にみられる)
(2) 早春の繁殖期に池に入った後で急激に、また一挙に起こる排卵と、繁殖直前に形成される一対の卵嚢(メスの体形; 排卵と卵嚢の形成; 腹腺からの分泌; 体内受精をする有尾両生類では、排卵と産卵が緩やかに、また飛び飛びに起こる)
(3) 早春の排卵と関連した血漿中のプロゲステロン(黄体ホルモン)濃度の突出した短いピーク(体内受精をする有尾両生類では、春から夏にかけての排卵と関連してプロゲステロン濃度が数カ月間も上昇している)
(4) メラニン顆粒が卵の表層に沈着する前に萌葱色に色付いた8月の卵巣卵(メスの生殖器系; 卵巣の色彩変化; 体内受精をする有尾両生類では、メラニン沈着または無沈着の黄白色卵が普通だが、この特徴は十中八九ほとんど全ての両生類に共通する)
(5) 10月に一度だけみられる血漿中のエストラジオール(発情ホルモン)濃度のピークとその後の生殖腺付属器官の発達(体内受精をする有尾両生類では、春にみられるエストラジオール濃度の二度目のピークは第二次性徴の発達と第二次卵形成期の両方に一致する)
(6) 卵嚢形成部位である「卵管子宮部弾性嚢」の命名(排卵と卵嚢の形成; この構造体は他の科では知られていない)
(7) 早春の第二次卵形成期の不在を示唆する、7月から1月までの卵巣の発達と脳下垂体主葉生殖腺刺激ホルモン産生細胞の増加との間の正の相関(ゴナドトロピン産生細胞; ウシガエル生殖腺刺激ホルモンβサブユニットに対するモノクローナル抗体を使用したため比較できる研究が他にない)
(B) 繁殖期の水生型のオスに起こる頭部の著しい膨らみ(典型的な水生型のオス)が、有尾両生類の他の科にはみられないサンショウウオ科だけの特徴である(つまり他の科のサンショウウオの頭部は季節的に変化することがない)ことの指摘と、頭部の膨らみを説明するための、オスの卵嚢独占に関する「争奪競争」仮説の提唱(繁殖行動)
(C) オスの精子競争と性選択に関して、多数のオスによる卵嚢の周りへのメーティングボール形成が、卵嚢独占オスの精子を枯渇させるための戦術であるという「精子枯渇」仮説、及び卵嚢争奪競争で体の小さいオスに卵嚢の独占を許すのは、低い受精率と不利な行動を示すオスが存在するせいであるという「下手糞な配偶者」仮説の提唱
(D) 有尾両生類の繁殖移動を説明するための「彷徨行動」仮説の提唱(プロラクチンを基盤とする入水衝動説に代わる仮説; プロラクチンと皮膚の変化)
(E) 「媒精後の日数の経過に伴い連続的に増加する卵嚢重量」を適用することによる産卵日推定のための回帰式の提供(卵嚢; 卵嚢群; 道路脇の湿地帯; 猿倉にある池の秋の様相; 釣り下がった卵嚢; 血染めの卵嚢)
この式に当てはめると、60gの卵嚢は3.89日前に(SD = 0.89)、100gの卵嚢は9.88日前に(SD = 2.39)、それぞれ産出されたと推定される。
サンショウウオ科の水域生態、つまり繁殖行動の全体像を把握する試みとして、過去の関連文献の中から無視できないもの(良い意味でも悪い意味でも)をピックアップし、行動科学的に何が正しくて、何が正しくないのかを議論した(Hasumi, 2015)。特に、この科で真しやかに囁かれている「求愛行動」と「親による卵の保護」が、今だに証明されたものではないことを強調した。また、欧米の研究者は、日本語で書かれた文献の英語の要旨だけを読んで、日本語のテキストを読もうともせず、自分に都合の良いように(事の真偽を確かめもせず)引用する傾向が強いことを指摘した。(doi: 10.1007/s10211-015-0214-z)
1995年からは、主としてキタサンショウウオの陸域生態の研究に従事している。
釧路湿原のキタサンショウウオでは、秋(9月)の繁殖水域近辺(調査地(湿原); 趾切り用の器具)への冬眠移動(繁殖と関係しない季節的移動で、繁殖期は4〜5月; 気温)を定量的に証明した(体内受精をする有尾両生類では、秋の繁殖移動が起こる)。陸生型のオスの喉元が、半透明なグレー(6〜8月)から半透明〜不透明な白色(9〜10月)を経て、鮮明または不鮮明な黄色(4〜5月)に変化することを有尾両生類で初めて示した。他に標識再捕獲法による個体群センサスをおこない、繁殖移動のルートと年変動・繁殖期と非繁殖期の性比・生息場所使用の性差・夏場の行動圏等を調べた(捕獲された個体を次の5つのクラスに分類した: 成体オス、成体メス、性別不明の個体、幼体、当年変態幼体)。また低層湿原内で水深が40cm前後の比較的大きな領域(1.5m四方)が、繁殖場所として使用されることを示した(低層湿原の地勢図)。性的サイズ二型(SSD)の個体発生に関する進化理論に基づき、無限成長する外温性脊椎動物(魚類・両生類・爬虫類)でもSSDが性成熟前に生ずる可能性を検討した。555の独立データを用い、キタサンショウウオのメスの大きな体が、(1)成熟時年齢、(2)年齢特異的サイズ、(3)成熟前多様化成長、(4)選択的成熟後成長の、どの違いによって引き起こされるのかを骨年代学的手法で調べた。メスがオスより1年遅く3〜4歳で成熟した結果、オスよりもメスが大きなSSDが生じた。しかし、成熟前に検出されたSSDが成熟後のものよりも高く、メスが成熟後成長を続けてオスより大きな漸近的サイズに到達したことから、メスの大きな体は年齢特異的サイズの違いから生ずるものと結論付けられた。また、繁殖期に水生型のオスに観られるメスより大きな第二次性徴(体重・頭幅・尾高)は、雌雄間の性的衝突を解消するために、メスよりも小さなオスの体に一時的に発達することを示唆した。(doi: 10.1007/s11692-010-9080-9)
モンゴル・シャーマルでは、キタサンショウウオの夏季の日中の隠れ家の特徴を調べた。隠れ家である地下穴の深さは平均15.4cmで、0.704の割合で一時的に利用されていた。穴の中とカワヤナギ倒木の下の温度(16.22℃)は外気温(26.70℃)より低く、相対湿度(85.54%)は大気中(48.33%)より高かった。内照度は27 lx、外照度は17,188 lxであった。彼らが隠れている土のpHは7.52であった。地下穴の使用は、サンショウウオ科で初の報告である。(doi: 10.1643/CP-07-237)
内温性動物で一般化されている「動物は高緯度・低温地域ほど体を大型化する」というベルクマンの法則を議論の多い外温性動物で確かめるため、ユーラシア大陸の広範囲に分布するキタサンショウウオで骨年代学的手法を用い、年齢と体サイズの地理的変異を調べた(北緯43〜69度; 年平均気温8〜−15℃; 27個体群)。温暖な釧路より冷涼なダルハディンで、雌雄の性成熟年齢は2〜3年遅れ、成長係数も低く、体サイズも小さかった。しかし、変態時の幼生サイズは頭胴長が30mm前後と個体群間で一定しており、そこに遺伝的な決定因子が存在することを示唆した。分布域全体では、高緯度ほど寿命は減少し、体サイズも減少する傾向があったが、北緯57度、及び年平均気温−7℃を境に体サイズは増加した。このパタンは、この種にはベルクマンの法則が適用できないことを示し、温度と体サイズ間に関するTerentjevの最適化の法則とも真逆の関係(U型カーブ)を示すものであった。(doi: 10.1007/s13127-012-0091-5)
モンゴル・ダルハディン湿地でカラマツ倒木に隠れているキタサンショウウオの個体を探し、微小生息環境評価をおこなった。倒木の物理的パラメータを2種類の一般化対数線形モデル(ポアソン回帰モデル・負の二項回帰モデル)で解析した。夏季の日中、個体がカラマツ倒木を隠れ家として100%利用していることを発見した。別の倒木への移動が2回以上捕獲された125個体中4例のみであった(96.8%の個体は同じ倒木への執着性を示した)ことと、多数の個体が隠れ家を共有した(一日あたり最大9個体が同じ倒木から捕獲された)ことから、体外受精をおこなう有尾両生類の原始的な科にも複合社会性が進化する可能性を示唆した。倒木に隠れている最大個体数と倒木の腐朽度に強い関係性がみられたことから、ダルハディン湿地のキタサンショウウオの保全には、より腐朽した倒木を維持することが必要不可欠との提言をおこなった。(doi: 10.1007/s00300-013-1443-0)
キタサンショウウオ(北海道釧路市釧路湿原(大楽毛湿原; コッタロ湿原)にて1995〜1997年、湿原での繁殖生態・空間分布のフェノロジー・個体群動態と年齢構成。モンゴル・ダルハディン湿地(お気に入りの写真)(ロシアンジープ; ゴムボート; ホワイトハウスホテル; プロペラ機; 倒木に潜むキタサンショウウオ; 鉄製の竈; キャンプ地; ウランバートルの観光地; 峠のオボー; モンゴルの遊牧民; ウスユキソウ; ボックス・ツァルツァ; シカの壁画; 厳寒; エーデルワイスホテル; 交通事情; 自然史博物館; ダルハディン湿地プロジェクトの2005年メンバー; 陸生のメス; ナイロンメッシュトラップと水棲動物; 体サイズの計測; 8月の霜; 虹; たそがれどき; エアロ・モンゴリア; 2005年のオボー参り; ゴリオ; ラクダ; ロタロタ; アムールイトウ1; アムールイトウ2; ヤク; 屋外トイレ; 湧き水のオボー; レンチェンフンベ; サウナ; ゲル; 手作りの乳母車; 新産地の記録; キタサンショウウオ(オス); 池の中の環; 疾走中の馬; 観覧車; ストーンサークル; ポスター発表; モンゴルとロシアの女性たち; 日本、モンゴル、ロシアの男性たち; PITタグ)にて2004〜2005年、陸域の微生息環境)。モンゴル・シャーマル(サンショウウオによる地下穴の使用; 痕跡的第5趾)にて2005年、地下穴の使用)
長野県白馬村で、1986年から、懸川雅市さんと共同でヒダサンショウウオの繁殖生態の研究に従事している。
ヒダサンショウウオでは、水中越冬地への秋の移動や産卵のタイミングなどの繁殖生態を調べた。この種は、毎年、秋になると水中越冬のため陸域から水域へと移動する(Kakegawa et al., 2017: doi: 10.1016/j.jcz.2017.04.003; Kakegawa and Hasumi, 2017: doi: 10.1002/rra.3162)。雌雄の体形は、水中越冬のため秋に水の中に入った後で1回目の変化を起こし、冬眠明けの春の繁殖期に2回目の変化を起こした(Kakegawa et al., 2017)。この違いから、これら長期間(秋〜春)にわたって変化する二段階の変化は、陸上で冬眠する他の移動性サンショウウオでは、春の水生繁殖活動の短い期間に集中していることが示唆される。一般に両生類では、一年の中での繁殖のタイミングは水温が通常より早く上昇するときに速まり、水温が通常より遅く上昇するときに遅れる。しかし、ヒダサンショウウオの産卵は、春に高温に早く晒されると遅れ、冬眠中の水温が高いと速まった。水に入ってから産卵までの日数は、積算温度に対して感受的であった。水中に滞在する日数の増加率は、個体群内では不変であった。これらの結果は、水に入ってから産卵までの日数に生物時計が存在し、それはより温暖な、またはより冷涼な環境で生き残ることが出来ることを示唆するものである(Kakegawa and Hasumi, 2017)。
ヒダサンショウウオ関連写真: 卵嚢; 2対の卵嚢; 卵嚢中の胚発生; 卵嚢中の胚発生2; 陸上のオス; 繁殖後のオス; 産卵場所と卵嚢; 渓流中の越冬オス; 繁殖のための渓流; 越冬用の流れ; 移動と彷徨のための斜面; 生息地への動物の足跡; 秋の調査; 幼体とカタツムリ; 降下中の移動個体と斜面; ヒキガエルの幼体; オレンジ色のヒキガエル(喉元); オレンジ色のヒキガエル(体全体); 越冬場所; 簡易pHメータ; 渓流の中の卵嚢群; 越冬幼生
他に手掛けた6種
(1) トウホクサンショウウオ(東北・北関東一円にわたる19個体群(道路脇の産卵場所; 池タイプの産卵場所; 最大級の繁殖個体群; 卵嚢)から1983〜1985年、同所的に生息する種の体の大きさ、外部標徴(尾椎骨; 胴椎骨)・歯(前鋤骨歯列の形状)・後肢骨(後肢骨の構成; 後肢骨の変異)・頭骨(頭骨の変異)、等々に代表される分類学的形質の傾斜・地理的変異)
(2) ハクバサンショウウオ(林床(生息地); 新しい産卵場所; 繁殖水域と卵嚢; 産卵場所; 最大繁殖地; 最大繁殖地2; 白馬地方の積雪; 捕食されたメスのヒキガエル; 湿地帯(絶滅個体群?); 繁殖のための湧き水; 湿地; 湿地の上の湿地帯; 湿地帯にある繁殖のための溜め池; 繁殖期のオスと卵嚢; 水生型の雌雄; 喉の白パッチ; 水生型のメス; メスの総排出口; 痕跡的第5趾; 卵嚢; 条線のある卵嚢; 開けた場所にある卵嚢; 急流の中の卵嚢; 開けた繁殖地; イモリの防御姿勢; 越冬幼生; サンショウウオ科2種が混生する湿地; 陸生のオス(ハコネサンショウウオ); 共同繁殖地; 長野県白馬村にて1990年〜現在に至る、幼体・亜成体・成体による成長・性成熟・生殖周期、折に触れて生息調査)
(3) エゾアカガエル(北海道厚岸町(厚岸水鳥観察館)にて1997年、別寒辺牛湿原(ヒグマの足跡)での分布調査、繁殖と幼生の成長のための生息域)
(4〜6) Pseudepidalea raddei (formerly Bufo), アマガエル, Rana amurensis (モンゴル国セレンゲ県シャーマル(シャーマルのメンバーとロシアンジープ; シャーマルにある池; シャーマルのキャンプ地; ヒキガエルのオス; ナイロンメッシュトラップと変態中の幼体; 調査道具; 調査道具2; ハリネズミ; キャンプファイアー; シャーマルのログハウス; シャーマルの近くにあるオボー)にて2005年、両生類と他の水棲動物種の多様性) (doi: 10.1007/s10201-010-0319-z)
私がクロサンショウウオの繁殖生態の研究を開始した当初(1985年頃)、サンショウウオ科の種では、繁殖に関する基礎的なデータは皆無であった(当時の私の研究目的のひとつは、日本の爬虫両棲類学の遅れを取り戻すことであった)。今日まで、この件については相当量のデータが蓄積されている(基礎は既に確立されたと言える!!)。現在は、もうサンショウウオ科の種に関する研究を、発展させる時期に来ている(日本の有尾両生類研究のレベルとは?)。
*キタサンショウウオの取り扱いについては、北海道釧路市の条例による規制がある。また、ハクバサンショウウオの取り扱いについても、長野県北安曇郡白馬村の条例による規制があり、最近では長野県希少野生動植物保護条例(2005年3月22日発行)による規制もある。これら2種に関する研究は、全て当該自治体による許可を受けて遂行されたものである。
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