白い古書、ぞっき本も、時を経て読むと面白いものです。 |
今月の一冊は、これ! |
上・下巻の背表紙
総ルビ付きの組体裁
|
著 者:上田 景二 40余年以上も前に古本屋で買った本です。虫食い読みで通読していませんが、著者が序で「全著着手の態度、本巻執筆の用意、その参考せる書類、蒐集せる材料、又決して尋常には非ずして、読者諸君の賢明よく此の努力及び価値を認めらるゝに至るべき事は、之を彼等志士が殉難せし心を己が心として取扱へたる著者の、敢て揚言して憚からざる処なり」と言うにしてはいささか物足りなさを感じます。購入動機は以下の三つ。 チャンバラ時代劇映画には幕末・維新をテーマにした作品も多く、幾本か観るうちに史実を知りたくなって歴史書を漁っていましたが、この本もそのうちの一冊で、目次を一瞥、取り敢えず買っておこうと思ったのが一つ。二つ目は、発行年月が大正12年4月であること。この年の9月1日午前11時58分44秒、マグニチュウド7.9の関東大震災が発生していますので、「震災を潜り抜けた本か」とゆう思いがありました。三つ目は、奥付に貼られた「月賦販売方法」の付箋が珍しかったからです。我が国初の月賦販売は愛媛県桜井村の丸善呉服店が明治28年に始めたそうで、書籍が月賦販売の対象になったのがいつ頃のことかは寡聞にして存じませんが、付箋を見る限り28年後に本の月賦販売が行われていたことは確かです。 上(869ページ)下(878ページ)二巻で定価6円50銭、3か月月賦特価5円40銭は高いか、安いか。大正12年当時、『広辞林』(三省堂)の値段が3円80銭ですから、大部の二巻本とは言え結構な値段です。ちなみに1983年出版の第6版の値段5700円(税込み5985円)で考えますと、定価で9750円(同10240円)、月賦特価で8100円(同8505円)となり、やはり高価な本と言えます。 著者の文学博士・上田景二の略歴などは未だに調べがついていませんが、森鴎外が横井小楠殺害犯の一人について書いた『津下四郎左衛門』の中に上田景二の名が出てきます。津下を回護したと言う若江修理大夫量長の女・董子について記した部分で、「上田景二君の昭憲皇太后史には、『皇太后御入内後も董子は特別の御優遇を賜ったが、明治十四年に讃岐の丸尾において安らかに歿し、その遺蹟は今も尚残って入ゐる』と書かれて居るが、その拠る処を明らかにしがたい」と、上田の記述には懐疑的です。(『皇太后史』出版は大正3年、『津下』の初出は中央公論の大正4年4月号) ☆ ☆ ☆ 「嘉永六年より、安政・万延・文久・元治を経て、慶応四年まで、その間実に十有五年。明治維新の鴻業は、この十五個年にして行はれ、僅々一昔半の歳月は、幕府独裁の制度を打破して、立憲君主の時代を展開せり。十五代二百六十五年に亙って牢乎たりし徳川の覇業、諸藩を目付とせる公方の専制政治を葬むり去って、恰も泰西に見る皆兵主義、産業本位の帝制、代議政治の時代を産み出せリ。何たる快事! 何たる壮挙!……(略)……本書全六巻は、此の十五個年間に処して、苟くも当時の時運を看取し、大勢に順応し、直接間接、維新の大業に寄与したる人物に就き、その出所進退・材幹事績を忠実に叙し、近き過去の時局に現はれたる我が民族的精華を将来永久に記念するを目的とす。故に全著着手の態度、本巻執筆の用意、その参考せる書類、蒐集せる材料、又決して尋常には非ずして、読者諸君の賢明よく此の努力及び価値を認めらるゝに至るべき事は、之を彼等志士が殉難せし心を己が心として取扱へたる著者の、敢て揚言して憚からざる処なり。」の序で始まり 「一日にして滅ぼされた彰義隊の終末は、徳川幕府最後の惨劇である。やがて五陵廓の追討、会津征伐など、多くの犠牲を払った余禄は豊富であるが、幕末志士の活躍舞台は、江戸の鎮定を以て閉ぢたものと云ふべく、回顧すれば嘉永六年以来十有五年、其間敵味方に分れての志士の活躍は、互ひに表面の利害を異にして戦ひつゝも、遂に家康以来二百七十九年の覇業を葬むり去り、鎌倉以来六百七十二年の武門世界を打破し去って、産業中心、立憲君主の新日本を建設するに、共同一致の実効を貢献したのである。仏蘭西のヂャコパン党は、一日に二百数十人の血を殺して、反動襲来まで一両年の共和政府を維持したに過ぎぬ。然るに日本の幕末志士は、勤王佐幕両派の調合その宜しきを得た為に、仏蘭西人の流した幾割かに過ぎぬ流血を以てして、旧勢力を永久に葬り去ったのである。」で終わります。 ☆ ☆ ☆ 《目次》(注:「章」以下の小見出しは省略、旧字体は新字に書き換え)【上巻】 第一輯〈第一章 開化の先駆・華山と長英/第二章 海防の急務と佐久間象山/第三章 村塾の血盟と吉田松陰/第四章 幕閣の新人阿部と堀田/第五章 開国論と公卿九條尚忠/第六章 井伊直弼と安政の志士〉 第二輯〈第一章 安政の大獄と橋本左内/第二章 桜田の壮挙と水薩二十余士/第三章 坂下門の事変と斬奸の七士/第四章 寺田屋事件と各藩 志士/第五章 公武の融和薩長の諸士/第六章 薩長土の活動と生麦の椿事/第七章 守護職の設置の会藩の大功〉 第三輯〈第一章 頻々として起る天誅事件/第二章 木像梟首事件前後の志士/第三章 姉小路暗殺まで公卿と浪士/第四章 外艦砲撃と鹿児島戦争/第五章 親征問題と策士真木和泉/第六章 中山侍従と天誅組の活躍〉 【下巻】 第四輯〈第一章 政局の一変と公卿及び浪士/第二章 天誅組の戦乱と吉村寅太郎/第三章 生野の旗挙と平野二郎/第四章 天子及び将軍時代と志士/第五章 池田屋事件の志士と新撰組/第六章 筑波の旗挙と藤田小四郎〉 第五輯〈第一章 長州の逆襲と浪士隊の奮闘/第二章 禁闕侵襲と久坂・真木・桂/第三章 長州の主戦派と高杉晋作等/第四章 開港の勅許と諸藩の志士/第五章 将軍の薨去と長州人移檄/第六章 岩倉の暗中飛躍と天皇の崩御/第七章 統幕の密計と西郷・大久保〉 第六輯〈第一章 政権奉還の建白と土州の志士/第二章 統幕党の活躍と二士の暗殺/第三章 復古の大号令と諸藩の志士/第四章 納地問題と諸侯及び志士/第五章 西郷の江戸撹乱と伏見鳥羽役/第六章 慶喜追討軍・江戸の騒擾/第七章 江戸明渡しと南州・海舟・鉄舟〉 《国会図書館蔵の上田景二・編著書》「維新勤王志士活躍史・上下巻」 (文教社、大正12)/「維新烈士史談.・上下巻」 (共益社出版部、大正13)/「近代用語の辞典集成4」(大空社、1994)/「模範新語通語大辞典」(松本商会出版部、大正8年)/「国語漢字音仮字遣ひ表」(製嘉堂、大正2)/ 「薩摩琵琶歌・前集」(鳳鳴会、明43)/「薩摩琵琶淵源録」(日本皇学館、明45)/「昭憲皇太后史」(帝国教育研究会、大正3)/「新言海」(中央タイムス社、大正9)/「正式書翰文活法」(明誠館、大正2)/「幕末裏面史」(有宏社、昭和3)/「模範新語通語大辞典」(松本商会出版部、大正8) |