白い古書、ぞっき本も、時を経て読むと面白いものです。

今月の一冊は、これ!



BMP12D1.gif
「秘密の動物誌」の表紙






BMP30D4.gif
ペーター・アーマイゼンハウフェン博士






BMP4251.gif
写真説明には「ケニアの『アエロファンテ』のつがいが飛び立とうとしているところ。クロード・ブロムレイ撮影(1941年)」とある






BMP7381.gif
和名「ダソククサリヘビ」の攻撃直前の体勢






BMP90E2.gif
捕獲された「ダソククサリヘビ」のレントゲン写真






BMP6275.gif
第1本足の魚・和名「カゼクイウオ」の解剖デッサン






BMP5170.gif
巨大な両翼と、頭に長く頑丈な角を持つ尾長猿。和名「イッカクトビザル」





秘密の動物誌

著 者:ジョアン・フォンクベルタ
  ペレ・フォルミゲーラ
監 修:荒俣 宏/訳:管 啓次郎
筑摩書房(1991年発行)

 たまたま立ち寄った書店で、背の書名「秘密の動物誌」の下に黄金色に輝く象(実は身体発光する象=ホタルゾウ)の写真があって目に留まり、書架から取り出した一冊です。表紙の奇妙な動物写真と、帯に書かれた「未知の珍獣、続々発見。世界各地に生息する新種の動物たちを多数採集、膨大な写真と詳細な観察記録を残して謎の失踪を遂げた動物学者ペーター・アーマイゼンハウフェン博士の驚くべき偉業の全貌――。空飛ぶ象、多足蛇、水面直立魚……」の文章を読んだだけで興味津々。

 わくわくしつつページを繰る度に珍奇な動物が現れて、思わず「なんじゃ、これは?!」と叫びたくなるような気分でした。付随のレントゲン写真、染みや汚れの付いたフィールド・デッサンや地図や動物分類カード、解剖標本、骨格標本などの写真も豊富で、それら動物の実在を証明するに十分なものです。が、よくよく見ると、掲載の動物写真はどれも加工を疑わせる部分があって、「いんちきじゃないの」と思わせる雰囲気も醸していました。

 この本の“秘密”を知る由もない私は、即座に納得しました。「新種動物の発見に取り付かれたアーマイゼンハウフェン博士なる変人動物学者がでっち上げた新種動物の解説本に違いない」と。まあ、珍本であることは間違いなく、暇つぶしに眺めるのも一興と考えて購入しました。家に戻って早速読み(眺め)始め、約一時間後、解説を読み終えてやっと仕組まれた“秘密”を知って、この本の何たるかを理解することになったのでした。

 さて、その“秘密”とは……。著者の「製作ノート」の数行と、荒俣宏の「日本語版解説」の数行から推察してみてください。

 《製作ノート》 「秘密の動物誌」は1984年にぼくらふたり(ジョアン・フォンクベルタとペレ・フォルミゲーラ)が行った写真と文章による共同製作から出発したものだ。その当時の目標は、実際に存在しない想像上の植物カタログ製作によって、「それは写真にうつっているのだから実際に存在するはずだ」といった通俗的論理を皮肉りつつ、写真ドキュメントの説得力の薄弱さをしめすことにあった。ぼくらの仕事がインスピレーションを得てきた人々のひとりであるボルヘス風の格言でいうなら「存在するとは写真にうつるということである」。こうして現実とフィクション、自然界と想像界とを隔てる曖昧な境界線への旅を、ぼくらははじめたのだった。

 《日本語版解説》 どうか、おどろかずに聞いてほしい。冷静にこの話を受けいれてほしい。ここに集められた『秘密の動物誌』は、冗談でも人かつぎでもないのである。厳然としてこの世に実在し、長い歴史を積み重ねてきた営為なのである。むろん、ジョアン・フォンクベルタとペレ・フォルミゲーラとがはじめて世に問うた創作では、決してない。本書は、これまでほとんどの博物学者に無視されつづけてきた〈幻想動物学〉のとびきり豊かな領域をかいまみせる、望ましい継承物なのである。

          ☆          ☆          ☆

 ツチノコ、ネッシー、雪男……かつて目撃情報が相次ぎ話題となりましたが、徐々に目撃者が減って最近はとんと聞かなくなりました。しかし、だからと言って「やはり存在しなかった」と言い切れるでしょうか。目撃された個体が地球上に生き残る最後の一匹、一頭、一人であったとしたら、今はもう絶滅してしまって目撃しようがないのかも知れないのですから。私は過去の実在を疑おうとは思いませんし、むしろ信じたいと思います。

 ネッシーの写真や雪男の足跡写真、目撃者のスケッチ画は数多く、ツチノコ目撃者は「和漢三才図会」に載った図にそっくりと証言しています。写真はトリック撮影したもの、スケッチは想像で描いたものと言ってしまえばそれまでですが、そうでないかも知れない。「自分の目で実物を見ぬうちは信用できない」と言う理由だけで、彼らの存在を否定することはできないのではないでしょうか。UFO写真は偽物で、月面着陸のテレビ画面は本物――と断言していいのでしょうか。

 この地球上には人跡未踏の地は数多く、深海底もまたしかりで、見たこともない新生物がそこに生息している可能性を否定はできません。また、地球環境の汚染が進む中、各種の奇形生物が生み出されている現実を考えますと、この先、見たこともない異形の生物が出現してくる可能性も否定できないと思います。この本の解説を書いたバルセロナ国立自然博物館長のペレ・アルベルクは、アーマイゼンハウフェン博士の業績に対し「『実在するもの』は、存在しうるものの小さな一部分にすぎない」という言葉を捧げています。

          ☆          ☆          ☆

 ある人物が実在したとすれば、少なからず痕跡は残るものです。二十五歳でルートヴィヒ・マクシミリアン大学の教授となったアーマイゼンハウフェン博士であれば、なおのこと多くの痕跡を残していても不思議はありません。アーマイゼンハウフェン博士の生涯を詳細に叙述したページに挿入された写真は、年表と相まって博士の実在を疑い得ない方向へ誘導しています。以下に挿入写真の絵解きを列挙しましょう。

 《絵解き》 1900年頃のヴィルヘルム・アーマイゼンハウフェン/ペーターと妹エルケ、1907年/仕事机。手前の手は親友アアル・ルから贈られた「よき判断力をもつ手」の複製(日記第2巻より)と思われる/左からアルドロヴァンディ『全集』のうち「爬虫類誌」第2巻、C.G.ギーベル『両生類・魚類誌』、カール・リンネ『自然の体系』第10版(博士の蔵書より)/ミュンヘンの博士の家/1913年から32年までの間、まず学生として学び、ついで教鞭をとった、ルードヴィヒ・マクシミリアン大学の博物館展示品/ウリッセ・アルドロヴァンディ(16世紀イタリアの植物学者。最初の植物園を作った)の『全集』1頁/大学からの解雇通知/アメリカ合衆国時代の書斎の一隅/トレスケロニアの素描/ツバサガエルの研究/左:教授の使用した手術器具。右:解剖模型/ケニアの「アエロファンテ」のつがいが飛び立とうとしているところ。クロード・ブロムレイ撮影(1941)/博士の資料中に見つかった、データ不詳の剥製/アフリカへの調査旅行中に収集された呪物の品々/不揃いながら博士の蔵書中に発見されたウリッセ・アルドロヴァンディの『全集』より/研究資料中に見つかった、出典不詳の挿絵/グラスゴの資料庫の棚/若き日のペーター・アーマイゼンハウフェンがライプチヒの出版社のために描いた、動物学的スケッチ

 年表も節目節目をしっかり押さえたもので、「1895…ミュンヘンにて出生。父ヴィルヘルム・アーマイゼンハウフェン(1860年ドルトムント生まれ、1914年ダル・エス・サラーム没)、母ジュリア・ホール(1873年ダブリン生まれ、1895年ミュンヘン没)。難産のため母親は死亡」から始まり、「1955年…8月7日、スコットランド北部への単独調査旅行中に失踪。教授の車はなんら損傷のないかたちで、ラス岬のすぐ近くで発見される。教授の遺体は見つからず、2か月後、グラスゴーの家は火災に遭い、これにより教授の残した研究資料の一部は失われたものと考えられる」と続いて、「1980年…カタルーニャの写真家ジョアン・フォンクベルタとペレ・フォルミゲーラ、ペーター・アーマイゼンハウフェン教授の研究資料の残存分を、偶然発見する」でピリオドが打たれています。

          ☆          ☆          ☆

 《目次》 【日本語版への序:秘密の動物たちとの遭遇――われわれはいかにしてそれと出会ったか】

 【T】ペーター・アーマイゼンハウフェン博士の生涯  年表

 【U】新種・奇種の動物たち―― ソレノグリファ・ポリポディーダ/ミコストリウム・ウルガリス/トレスケロニア・アティス/アナレプス・コミスケオス/ミオドリフェラ・コルベルカウダ/ペロスムス・プセウドスケルス/イクティオカプラ・アエロファギア/うぉルペルティンゲル・バッカブンドゥス/インプロビタス・ブッカペルタ/フェリス・ペンナトゥス/ポリキペス・ギガンティス/コック・バシロサウルス/アロペクス・ストゥルトゥス/スカティナ・スカティナ/ぷセウドムレックス・スプオレタリス/トレトラステス・プルトニカ/エレファス・フルゲンス/ケンタウルス・ネアンデルタレンシス/ピルセルペンス・エダックス/ペンナリンクス・インフェルス/ヘルマフロタウルス・アウトシタリウス/ピロファグス・カタラナエ/ケルコピテクス・イカロコルヌ

 *学術名・分類一覧―― ダソククサリヘビ/カイガラカリウド/コウラワタリガモ/ウサギアシキノボリガモ/ヘビオニオイネズミ/ニセワルモノモリウサギ/カゼクイウオ/オバケモリカモノハシ/オオグチビラキ/ツバサヤマライオン/カワリオオアゴウツボ/クナシリシンカイオオトカゲ/ハゲバカキタキツネ/ニンギョモドキ/ドクニセイワガイ/メイオウチョウ/ホタルゾウ/ネアンデルタールケンタウロス/オオグイケモノヘビ/ジゴクツバサヤマネコ/フタナリウシ/カタルーニャヒクイオオトカゲ/イッカクトビザル

 【V】解説 製作ノート ジョアン・フォンクベルタ+ペレ・フォルミゲーラ
       非存在の実在証明 ペレ・アルベルク
 日本語版解説:『秘密の動物誌」の歴史――われわれはいかにしてそれを追跡したか 荒俣宏



バックナンバー1011121314151617181920

                      |212223242526272829